三人の兄
翌日、やはり康介には行かないと断られ、六人でショップ街に出かけた。昼に中華料理店で集まることを約束し、柚子はケーキ屋へ、慧と蓮は男物を扱うショップへと別れる。
咲希が最初に連れてこられたのは、若い女性向け高級ブランドだった。
「財布が欲しいんでしょ? ここなんてどうかしら」
「え、だって……恐ろしい値段が見えるんですけど」
一番安いものでも一月分の小遣いと同額なのだ。財布でこれだけ使ってしまえば、確実に入学祝いでは足りない。咲希がそう言うと、今度は園香が口を開いた。
「咲希、渡された券を見てみなさい」
【全ての商品と引き換え可能】
券の裏側にはそうあった。
「その券一枚で好きな商品一つ、何でも買えるのよ。値段の上限もなし」
「上限なし!?」
「そう。だったら高くていいものにした方が得でしょ?」
「十枚あるのだから今日は七枚くらい使ってしまいなさい」
やっぱりこの学園は異常だった。二人にアドバイスを貰いながら選んだのは花柄とブランドのロゴが入った、携帯と同じ色の二つ折り財布。
「それでいいのね?」
「はい」
「じゃあバッグとアクセサリーも選ぶわよ」
「へ?」
「ここを見て」
姫に指されたのは、Walletコーナーという表示の下に小さく書かれた文章。そこには。
【HAPPY Bag set
Wallet+Bag1点 900苑
HAPPY Accessory set
Wallet+Accessory1点 700苑
SPECIAL set
お好きなもの3点 1200苑】
とある。
「これって……」
「セットも商品一つとして数えられるの」
あまりに世間離れした設定に、思わず言葉を失った。
「ショップ側も儲かるのよ。券で買われた物の代金は学園が払ってくれるから、出来るだけ高い物を買ってほしい。だからSランクくらいしか行かない高級ブランド店は全て、こういったセットを用意しているわ」
だからどうせならいい物を選ぶわよ、という園香の言葉に戸惑いながらも頷くと、バッグが並ぶ一角に引っ張られた。
大きめのトートバッグと首飾りを買って店を出る頃には、入ってから一時間が経過していた。太陽もだいぶ高い所にある。
「あと一軒見たらお昼にちょうどいい時間ね」
「じゃあ……ここからだったらアベイラかしら」
「マリアーズですって」
「あ、でも梅雅も……」
「咲希はこれから身長が伸びますから、着物はまだ買わない方がいいんじゃないですか?」
「それもそうね。じゃあアベイラに行きましょう」
「マリアーズで先に服を見ちゃいましょうって! 午後は絶対混みます。咲希もそう思うでしょう?」
「ええっ!?」
本人そっちのけで買い物を楽しむ二人は、次にどこに行くかで揉めて、両者一歩も引かない。
「咲希、ポーチやケア用品を見に行きましょう」
「だから、アベイラなら混みませんから、先に服を見ますよ!」
姫は行きたいお店があるようで、まるで駄々をこねるように一歩も引かない。
だけど結局、正論を言っている園香が勝った。
「いらっしゃいませ」
「この子に合いそうなもの持ってきてちょうだい。トータルコーディネートセットで」
「かしこまりました」
マリアーズもやはり高級ブランドで、素晴らしいセットが用意されていた。
帽子かスカーフ一点、イヤリングかピアス一点、ネックレスにブレスレット、洋服一式と靴、バッグがセットで……値段は実に咲希の小遣い一年分だ。
「あの、すごく恐れ多いんですけど……」
「あら、このボレロいいわね。これに合うミュールはあるかしら?」
「今、お持ちします」
「このスカートは新作?」
「はい、こちら春の新作でして……」
奥のソファーに案内されて飲み物まで出された上に、店員が一々商品を持ってきてくれるという待遇の良さ。咲希が恐縮しても姫と店員には聞こえていないようで、目の前の大きなテーブルには次々と商品が並べられていく。
「諦めなさい。こうなった姫は止まらないから。」
「あの、後でもうちょっと安いお店に連れて行ってもらってもいいですか? 普段着や部屋着を……」
「大丈夫よ、後で私が案内するわ。そこは現金で十分だから、ここで二、三枚券を使っておいたら? ここの服はどれもいいものばかりよ」
「……ありがとうございます」
そんなことを話していると、姫に呼ばれた。姫によってコーディネートされた十セットの中から、気に入ったセットを選べということらしい。
正直助かった。今までずっと、服は由羅や玲央のお古か心菜の趣味だったから、自分で選んだことなんてない。
散々迷った挙句、咲希はその中から二人に似合うと褒められたセットを三つ購入した。
「すみません、持ってもらっちゃって」
「私、買った物を持つのは好きなの」
「いいよ、別に! 姫、すごく目キラキラしてたでしょー?」
マリアーズで買った荷物は、巨大な紙袋三つにわけられた。先程買った財布やバッグの紙袋も合わせると四つ。急遽柚子を呼び出して、一人一袋ずつ持って歩く。
「ケーキは買えたの?」
「はい! 今は部屋の冷蔵庫です! 限定五十個のうち半分を私が買い占めたもんだから、店員さん涙目で詰めてました!」
「あんまり苛めるんじゃないわよ?」
「はい! あ、咲希にも後でお裾わけするから、楽しみにしててね」
一月に一度しか発売されないケーキを、半分も買い占めた柚子は、とてつもなく機嫌がいい。それこそ巨大な紙袋をぶんぶん振り回しそうなくらいに。咲希も姫も園香も、思わず笑ってしまった。
「あ、そういえば寮の見学って先端技術科もあるんですか?」
「……あるわよ。すごく面倒なのだけど、許可しないと支給されるお金が半額になってしまうの」
「そういえばそんなのあったねー……」
見学会。それは禁句だったらしい。園香は苦笑いで、柚子に至っては明後日の方を向いてしまっている。
「毎年大変なのよ」
「昨年は夕方五時から八時まで、好きな時間に見学許可したんだけどね、最悪だったんだから! ほとんどの新入生が礼儀知らずなの! こっちは食事中なのに騒ぐし、大浴場は勝手に中まで見ようとするし」
「頼まれて部屋を見せたのだけど、もう騒いで騒いで……。その子達はAランクだったらしくて、ランクが高ければ誰でも入れると勘違いしてたの。最終的に自分の部屋にもこんな家具を置くとか、この部屋なら八年間住みたいとか、幻想を抱いて帰っていったわ」
「喫茶店にでも避難していたいのに、見学時間中、寮長は必ず寮にいなくちゃいけないのよ」
「……お疲れ様です」
もうそれしか言えなかった。今年もかなりの人数が来ることは覚悟しておかなくてはいけないらしい。
「咲希、あなたも覚悟していなさい」
道連れよ、と言わんばかりの姫の言葉に、咲希の笑みも固まった。