4. 素性
「ヴァン様!?」
「何事だ」
私とレイフォーン殿下の間に割って入ったのはなんとヴァン様だった。彼は、私と殿下の間に入り、殿下の手首を掴んでいる。
ヴァン様の鋭い声に殿下はビクッと体を震わせた。
「貴様は誰だ」
「質問に質問で返すとは王国の王族は礼儀がなっていないようだな」
この言葉に殿下が苦い表情を浮かべる。いくら王子であろうと、人質の身。ヴァン様の身分はわからないが、これ以上は強気に出られないのだろう。苦々しげに口を開く。
「そこの女が言いつけを破って部屋から出ておりましてね。主人として叱責しようとしただけですよ」
「ほう。なぜ彼女は部屋から出てはいけないんだ?」
「そんなのあなたには関係ないだろう。そろそろ名前くらい名乗ったらどうだ」
バチバチに睨み合っている様子にオロオロする。あまりの様子に少しずつ人が集まっていた。
「ヴァン様、私が……」
「黙っていろ」
決して強くはない。だが、その言葉に漂う明らかに厳しい雰囲気に思わず口をつぐむ。
「そうだな……こんな予定ではなかったのだが、もう明かしてもいいか……。
ーー私の名前はエヴァンディール・フォン・ミスティナ・テイルズ。昨日ぶりだな、王国の王子よ」
えっ……?
その言葉に絶句した瞬間、まばゆい光があたりを覆う。眩しすぎて思わず目をぎゅっと閉じる。
その光が収まった時、目の前にいたのはヴァン様ではなかった。代わりに立っていたのは長い金髪に豪華な服とアクセサリーをまとった男。
そう、昨日のパーティーで挨拶をしたあの皇帝陛下が立っていたのだ!
陛下は彫りの深い顔立ちで、ヴァン様とは似ても似つかない。だが、その金の瞳は、確かにヴァン様の、心の底まで見すかすような澄んだ瞳だった。
同じ瞳を持っているとは思っていたけど、まさかヴァン様が陛下だったなんて......!
呆然としていると彼が口を開く。
「この国の皇帝には特別な力がある。一族の皇帝になるべき者にだけ代々受け継がれる、自分の姿を偽ることができる力がね。それを使っていたのだよ」
「そんな力っ……聞いたことない!」
「この国の者なら普通に知っているがね。海を渡った先にあるそなたの国にまでは伝わらなかったのだろうよ。むしろ当たり前すぎて、誰も不思議に思わないからな」
「そんな……そんな……」
殿下は顔を青ざめさせている。人質として、国と国の関係を良好なものに保つために来たのに、皇帝陛下に無礼な行いをしてしまったということに気づいたからだろう。
私も同じ気持ちだ。むしろ私の方が酷いかもしれない。泣いて縋って、部屋に運んでもらう? 最悪としか言えない。
「しかし、気になるのだが、なぜ、そなたはそこまでティアフレア嬢のことを嫌っている?」
陛下の問いに殿下が信じられないという表情を浮かべる。それは私も同じだった。
どういうこと? 陛下は私が忌み子であることに気がついていらっしゃらない……?
混乱しているうちに、殿下が口を開く。
「当たり前でしょう。その女は忌み子なのです。存在するだけで国に害をもたらす存在を嫌いにならないわけがない」
「忌み子……? そなたらの国では白髪に青い瞳の女性のことを忌み子と言うのか?」
そなたらの国では? この国では忌み子とは言わないのかしら……?
「まさか……この国では言わないのですか!?」
殿下が声を荒げる。だが、その様子を気にもとめず陛下は頷いた。
「あぁ、むしろ神の子と言われている」
「「神の子!?」」
「白髪に青い瞳を持つ女性は国に幸福をもたらすと言われている。まぁ、反対に傷つければその国に災いを呼ぶ存在でもあるが。
そなたらの国では間違った言い伝えが広まったのだろう。そして、白髪に青い瞳を持つ女性に酷い行いをしたために災いが降りかかった。それだけの話であろうよ」
陛下の話に愕然とする。じゃあ、今までの私の人生は……。
「まあ今は関係なかろう。この話を信じるも信じないもそなた次第だ」
陛下は一方的にこの話を終わらせた。殿下は未だ呆然としている。
「さて、そなたの処遇は追って伝える。部屋に戻れ」
陛下はそんな殿下を一瞥すると言い捨てた。
「は、い……申し訳、ございませんでした」
「ああ。ティアフレア嬢は私と一緒においで」
「か、かしこまりました」
さっと身を翻した陛下に慌ててついていく。殿下の横を通り過ぎた時、彼は愕然とした表情を浮かべていた。