3. 手紙
翌朝。
「んっ……眩しい……」
陽の光を感じて目を開くと、自分の部屋の天井が目に映る。
「いつベッドに入ったのかしら……っ!?」
昨夜のことを思い出して体が熱くなる。
「私ったらなんてみっともないことをっ……!」
思わず顔を伏せる。恥ずかしすぎて足をジタバタさせたい。さすがにそんなことはしないが。
少しの間悶えて落ち着くと、昨日のことを丁寧に思い出す。のだが……。
「ヴァン様……温かかった……」
自分の体を抱きしめるようにしてぼんやりとする。彼の温もりが、匂いが、眼差しが、忘れられない。
「もう一度、お会いできるかしら……」
彼の笑顔を思い出すと途端に体温が上がる。
「この気持ちってなんていうのかしらね……」
初めて感じる気持ち。戸惑うが暖かくて心地よい。
「ここにはヴァン様が運んでくださったのかしら……」
泣き疲れて眠ってしまったのだろう。彼に縋り付いて泣いた後の記憶がない。だが、ちゃんとネグリジェを着てベッドに入っていた。
「も、もしかしてヴァン様が着替えさせてくださったのっ……!?」
コンコン。
恐ろしい想像をした瞬間、ノックの音が響く。
「誰か来る予定なんてないはずなのだけど……」
侍女1人ついていない自分に来客というのを不思議に思いながら返事をすると、侍女服を着た少女が入って来た。
「おはようございます、ティアフレア様。今日からお世話させていただくことになりました、侍女のエリカと申します。よろしくお願い致します」
お辞儀する様子を呆然と見つめる。な、なんでいきなり侍女がつくの……?
「ど、どういうことですか? な、なぜ急に……」
今回の使節団の中で、私の存在は一応公爵令嬢となっている。侍女を連れてくるのが当たり前で、帝国側がわざわざ侍女を用意しているはずがなかった。
もちろん、誰かに頼むことは可能だし、言えば用意してくれる可能性が高かったが、私は誰にも頼まなかった。忌み子の世話係なんて嫌がらせ以外の何物でもない。
それなのに一体なぜ……? 戸惑った表情で見ると、エリカさんが笑みを浮かべる。
「宰相閣下から直接ご指示があったのですよ。ティアフレア様も侍女を連れてきていないのでしたら言ってくださればいいのに」
「い、いなくても平気ですので……」
「あら、宰相閣下からのご厚意を無駄にするおつもりですか?」
エリカさんの笑顔が怖い……。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「わかっていただけて良かったです。では、早速お着替えしましょう!」
「は、はい……」
顔を引きつらせて頷くと、手早くドレスを着せてくれる。髪をまとめながら、思い出したようにエリカさんが口を開いた。
「昨日はぐっすりお休みになっていらっしゃったのでお召し替えは勝手にさせていただいたのですけど、大丈夫でしたか?」
「あ、エリカさんがしてくださったのですね。ありがとうございます」
「いえいえ。ヴァン様から頼まれて来て見ればドレス姿で寝ていらっしゃったので」
ヴァン様が着替えさせてくれたわけじゃないことにホッとするが、そんな状態を見られたことに頬が熱くなる。
エリカさんがにニヤッと笑う。
「あのお方のあんな表情初めて見ました」
「そ、そうなんですね……」
面白がられているような気がするがなぜだろう……?
「そういえば、ヴァン様って何者なのですか?」
私の問いにエリカさんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「申し訳ございません、それについては言わないように言われておりまして。ただ手紙は受け取っておりますよ」
エリカさんから白地に金の模様が入ってるおしゃれな封筒を受け取る。微かに震える指でそっと開くと一枚の便箋が出てきた。
『また会おう』
それだけが書かれて、手紙というにはあんまりな物。だが、ヴァン様の温もりを感じて自然と心が温かくなる。
その様子を微笑ましげに見られていたことに私は気づかなかった。
「そういえば、ティアフレア様。私に敬語は不要ですよ」
エリカさんの言葉にハッとする。普通の公爵令嬢は侍女に敬語なんて使わない。侍女と話したことなどほとんどなかったから、うっかりミスをしてしまった。
いや、外で初めて会った男性に縋り付いて泣いて寝落ちしている時点で今更ではあるのだけど……。
「わかったわ。よろしくね、エリカ。私のことはティアと呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
エリカがいい人でよかった。この容姿を見ても何も言わずによくしてくれることにも、心の底からホッとする。
「今日は何をしますか?」
「そうね……。そういえば、図書館って見ても平気かしら?」
聞かれて、ふと、前に帝国の図書館について何かの本で読んだことを思い出す。気になって聞いてみると、エリカは頷いた。
「大丈夫です。案内致しましょうか?」
「お願い」
本はいい。ずっと一人だった私にとって唯一の救い。王国にいた時も、家から出られないから、よく家にある本を読んで1日を過ごしていた。
案内してもらいながらそんなことを思い出していると、不意に背後から怒鳴られる。
「貴様! なぜ部屋から出ている!?」
後ろを振り返ると、そこにいたのはレイフォーン殿下だった。そういえば、昨日部屋から必要以上に出るなと言われたいたのをすっかり忘れていた。
ずんずんと大股で近づいてくる様子に恐怖を覚えながらも、頭を下げる。
「レイフォーン殿下ご機嫌よう。図書館に行こうとしていまして……」
「言い訳はいい! 部屋から出るなと言っただろう!」
怒鳴り声に身を縮める。手を振り上げた気配がした。
ーー叩かれるっ。
そう思ってぎゅっと目を瞑る。
だが、衝撃は一向に来なかった。
恐る恐る目を開けるとそこには……。
「ヴァン様!?」
彼が、いた。
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