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ピンポンダッシュの神

作者: 東京 素直

なんであの子はピンポンダッシュをしているんだろうと、あの頃考えていた。


それは考えることじゃなかったのかもしれない、感じることだったのかもしれないと。



いつも輝いていて人より抜きん出ていて、この世の全ての物を持っているような

そんな男の子がわたしのクラスにはいた。


わたしはその子に話しかけられるタイプでも無く、陰からそっと見つめているような小学生だった。


これからもあまり話すことがないであろう彼の秘密を知ってしまったのはいつだっただろうか?

彼はわたしが下校する道でいつもピンポンダッシュをしていた。


インターホンを押して少し立ち止まり、そして物凄い速さで走っていった。


わたしはすごくそれに驚いた。


ピンポンダッシュをしている事に驚いたのではなく、


なんであの子が、、と。



彼はクラスの中でも人気者で顔もなかなか良く、男女共に好かれていた。

可愛いというよりは小学生ながら大人っぽく、爽やかなかっこよさがあった。


スポーツも勉強も出来る文武両道タイプ。他人が放って置くはずがない。


クラスでも物静かで、自分の意見なんて発言出来るはずもない私が彼と関わることなど無いに等しかった。


でもそんな私に、たった一度だけ彼が話しかけてくれたことがあった。


わたしが小学校の校舎裏で捨て猫を見つけた時だった。


ダンボールに入った子猫をどうしたものかと一人アタフタして悩んでいると、

彼がやってきて一言「先生に言ってくる」とだけ言って走っていった。


その後、彼が呼んできてくれた先生によって子猫の件は無事解決したのだった。

まさに救世主、わたしにとっての神になった。


そんな優しい彼に救われた人はクラスにも沢山いた。

いつもイジメられていた男の子がいたのだが、彼が話しかけるといじめていた周りの人たちもいじめるのをやめて、そんなの初めから無かったかのような日々が訪れた。


運動会のリレーでもアンカーに抜擢され、第一走者がこけ出遅れ負けていたチームを見事1位にしたりと

ほかにも彼の神的な行動はたくさんあるのだが、書ききれないのでここまでとする。


誰からも好かれ嫌われることなど無い人生を送るであろう彼の、

見てはいけないあの行為を目にしたのは寒い2月の事だったと今思い出した。



ーー10年前の冬ーー


わたしは一人学校からの帰り道を歩いていた。

その日はクラブか委員会だか忘れたが、何かの用事で帰りが遅くなったのもあってか下校中周りにはあまり人がいなくシンと静まり返っていた。


曲がり角を曲がろうとしたところで前方に誰かがいるのが見えた。

夕方で日も暮れかけていたので、誰だか判別するのに少し時間がかかった。


でもそれが彼であると分かると何故かすごく緊張してきてしまい、わたしはすぐに家の陰に隠れてしまった。


彼も今ちょうど帰り道なのだろうか、、?


『ピンポーン』


インターホンを押す音がする。


「はい」


『・・・』


「どちら様ですか?」


『・・・』


彼は何も話さない。


彼はずっと下を向いていて、時が止まったかのようにじっとそこに立っていた。


そして急に何かを思い出したかのように、一目散に駆けて行った!


私のいる方とは逆の方向に走って行ったので見つからずに済んだのだが、

もしかして私は今とてつもなく見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか。


周りには誰もいなかったので、それだけで何故か安心している自分がいた。


もしこんなところをクラスの誰かが見ていたら、、と思うと、寒気が一層強まった気がした。


でも何で彼はなにも話さなかったのだろう?

いつもとは違った見たことのない彼の顔だった。



次の日学校に行くと、彼はいつも通りそこに存在していた。

昨日のことなど何もなかったかのように。

周りの誰も違っていなかった、有るべき場所に有るといったように。


自分は何も見てはいないんじゃないのか?


あれはもしかしたら私の勘違いで、別に悪いことでもなんでもなく何か事情があったのだろうと。

考えた所で答えが出るはずもなく、ましてや彼に聞くわけにもいかず、、。


なのであの事はわたしの心の中だけに閉まっておこうとーー。そう思っていたにも関わらず


私は今日も彼を目撃する。

昨日と全く同じ場所で


『ピンポーン』


、、、


今日は、家の人は誰も居ないみたいだった。


彼は昨日と変わらずインターホンの前で下を向いて立っている。


そして誰も居ない事が確認できたのか、急にまた勢いよく走り出して行ってしまった。


ベルを押していたのは昨日と全く同じ家だったこともあってか、もしや知り合いの人の家なんじゃないかと私は考えた。


私は気になってその家の前まで行くと、表札には知らない人の名前が書いてあった。

それもそのはずなのだが、もしかしたらクラスの誰かの家なのではないかと思ったからだ。


私は急に違和感を感じるーー、

ふと見られているような視線を感じた。


上からだ。



恐る恐る見上げるとカーテンの隙間から女の人がこちらを覗いているのが見えた。


「ーーーッ」

私は怖くなって、その場から急いで走って逃げた!



あの人は確かに私を見ていた。

もしかしたらベルを押したのは私だと思ったかもしれない。


でもそれなら何故、出なかったのだろう?

居留守?

カーテンの隙間からずっと見ていたのだとしたら、押したのは私ではないと分かったはず。。


もう考え出したら頭が混乱してきて訳がわからなくなった。


元はと言えば彼がインターホンを押したことから始まったのだ。

わたしに分かるはずもない。


その日はすぐに家に帰り、小学生だった私は驚きのあまり少しの間放心状態であったことを記憶している。



翌日学校へ行くと珍しく彼は休みだった、今まで休んでいるのを見たことがない。

何かあったのだろうか。


先生が朝礼で彼が体調不良で今日はお休みだという事をみんなに伝える。

少しだけクラスが騒つく。



その日の帰り道は、遠回りして帰ることにした。

昨日の今日であの家の前を通りたく無かったからだ。


鮮明に覚えているあの女の人の顔。


睨むでも無く怒るでも無く、冷気を漂わせているような女の人だった。


彼はなぜ俗に言うピンポンダッシュなんてしていたのだろう、、


彼の性格からは考えられない、でも私は彼の何を知っているというのだろうか?

クラスのみんなから好かれていて、性格も成績も良く先生達からも一目置かれている彼。

よく考えればそれは誰から見てもわかるような事で、

多分きっとそれ以外のことは知らないという事が分かっただけだった。


彼はあの優しさの裏に何を抱えているのだろう?


あの女の人との関係は?


一体彼は何故ピンポンダッシュをしていたのか?



色々詮索している自分が嫌になったので、今日はもう考えるのを辞めた。




それから1週間後、


彼のことを詮索していたのが自分だけではなかったことを知ることになる。


朝教室に入ると、有るべき場所に有るものが無かったーー、


クラスのみんなが彼を避けて教室の隅に固まっている。


いつもより空気が乾いて張り付くーー。


教室の扉の前で一人立ちすくんでいると、クラスの子の一人が私に話しかける。


『いま、あそこに行っちゃダメだよ!』


「え、なんで?」


『だって、気持ち悪いじゃん!彼ね、小5にもなってピンポンダッシュなんてしてたんだよ!』



私は私以外にもその瞬間を見ていた人がいたことに、バレて欲しく無かった事がバレてしまったことに、恐怖で居ても立っても居られなかった。


彼はみんなに背を向け机に座っている。


あの時のように下を向いて。


すると待ってましたとばかりに、彼を良く思っていなかったクラスの人たちが話し出す。


『あいつ普段は優等生ぶってるけど、外ではやってる事クソ以下だぞ』


『クソって言うなよ!可哀想だろ(笑)』


『だってピンポンダッシュなんて、俺でもしねーよ!』


『そうだよな!お前でもしねーよな!幼稚園児だったらするかもな?(笑)』


クラス中に響き渡る声でーーー不快な声で



誰も彼を庇うものはいなかった、


誰もが彼に憧れていた尊敬していた理想だった。


だからこそショックがより大きい


それから彼は、クラスでもクラス以外でも常に一人になった。


暴力を振るわれたりはしなかったものの、

彼に話しかけるような人は現れなかった。



私は誰かがこの状況を変えてくれることを祈った!

自分ではこの空気を変えられない。クラスの中でも発言できるような立場には無い自分が、彼にできることなど無い。

かえって状況が悪化するだけだ。


そうやって自分に言い訳をして自分の弱さを隠していた。


あの時勇気を出せていたら、、話しかけるチャンスはいくらでもあったはずなのに、、

そう思うと今でもやるせ無くて、涙が出る。


わたしは変えられたはずなのだ、でもできなかった。



知っていたはずなのにーー、



彼があの時、



泣いていた事を



『ピンポーンッ』



「どちら様ですか?」


『・・・』



「、、もしかして、ーーなの?」彼の名前を呼ぶ



『なんで、僕を捨てたの?』


「・・・」


『どうして?』



それは私が彼を下校中に見つけて5回目になる頃だった。


彼が初めてインターホンの前で話している時でもあった。



『どうして!?』



その時だった!


私の背後から下校中の生徒の声がする。


それに気付いた彼がこちらを振り向くーー、

目が合った彼の目には、涙が浮かんでいた。


彼は腕で涙を拭い、すぐに後ろを向き走り去っていった。


わたしの胸は騒つくーー。

彼に見ているところを気付かれ動揺したのもあるが、

それだけじゃなく この答えの見つからない感じ、、




あれから数週間が経ったが、

わたしは未だに何も出来ずにいる。


彼はずっとクラスでもそれ以外でも、全てにおいて孤独だったのかもしれない


もしかしたら彼は、バラしたのが私だと思っているかもしれない。

クラスのみんなにピンポンダッシュの事を言いふらしたのは私であるとーー。


彼が泣いていた事を知っているのだから、クラスのみんなに何かしら伝えられたらよかったのだがそれも言えなかった。孤立している彼に話しかける勇気すら持てなかった。


自分の不甲斐なさに落ち込んだ。



それが自分を守る為だった事に気づいたのは、彼が居なくなってからだった。



春を待たずに彼はこの街を去った。


後から聞いた話で分かったのだが、

彼がピンポンダッシュをしていたのは彼のお母さんの家だった。

彼が小さい頃に離婚してあの家に別の人と暮らしていたそうだ。



彼はお父さんと二人暮らしだったが、その父も再婚することになりそれと同時に引っ越していった。




あれから何年経ったのだろう。


今でも彼のことを思い出す、


懐かしさではなく罪悪感として。


何もできなかった自分がまだ心の中にいる。

格好付けて正義のヒーローになりたかったわけじゃない、

そうじゃない。


申し訳なさがずっと消えない。



もう月日は流れたのだ、何年も、、。


彼も思い出したくなんてないはずだ、

でもそれはまた私の中での言い訳に過ぎないのかもしれない。


私はこの罪悪感から解放されたい。


叶うのなら許されたいーーー、




私は覚悟を決め、思い切ってペンを執った。




「突然、手紙を送ってしまってごめんなさい。


もう私のことを覚えていないかもしれないですが、伝えたい事があって手紙を書いています。


何年も前のことで今さら言われてもどうしようもないことかもしれないけれど、どうしてもあの時のことを謝りたくて。


ーーくんが引っ越す前に何も出来ずにいたこと、ごめんなさい。


私は状況を変える勇気がありませんでした。

あの場所で偶然あなたを見かけた時は正直驚きました、でも何か事情があるのだろうと感じていました。


どちらにしても今となっては言い訳です。


今も何かできるわけじゃないけど、、ずっとあの時なにか出来たんじゃないかと思うと今も心が痛みます。

私たちの住んでいた街は小さな街だったので、一緒に卒業できなかったこともとても悲しかったです。




こんなこと突然言われても、困るだろうことは分かっています。


でも、ちゃんと伝えたかったんです。


私はあなたに助けられてました、ありがとう。」





それから何ヶ月か経った後、





遠くにいる彼から、手紙が返ってきた。



『正直手紙が来て、

驚きました。


でも、懐かしくて笑いました。



もうあれから何年、いや何十年も経つんですね。



みんなは元気ですか?



僕は今幸せです。



あの頃は戸惑って悩んで立ち止まっていたけれど、いまは自分の道が見えた気がします。



信じられないけれど、こうやってまた話すことが出来て本当に嬉しいです。


僕のことで気を病まないで下さい、大丈夫だから。





どうか幸せで



ありがとう。 』




それが彼と話した最後の会話だった。


こちらこそありがとう。


君はいつもいつまでも、神である。



どうかお元気で、

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