第14話 旅立ちの朝
聡い 聡い
本当にこの子は聡い、とアレクサンドラは思った。
「そうよ、ユメ。ロザリアはね、私のお姉さんなの。後学のために、どうしてそう思ったのか聞かせてくれる?」
決してユメを責める口調ではない。
むしろ、温かく優しく、これはただの好奇心だよ、とでも言わんばかりに。
「えっと…いくつかあるんですが。1つ目は、ト…おっと…その魔法使いさんについて、先生は詳しすぎます。噂話で聞きかじった程度でしたら、ここまでお話はできないと思います。」
アレクサンドラはそれを聴いてそうだねと言わんばかりに無言で頷いた。
「2つ目は、生い立ちから話されたことです。魔法使いさんと私を会わせたくないのであれば、現状だけお話しされても問題ないはずです。現状だけ聴くと魔法使いさんのことを狂人や怖い人だと思ってしまいますし、遠ざけたいのであれば、むしろそうするべきです。でもそうしなかった。先生は魔法使いさんから遠ざけようとはしていますけど、嫌ってほしくはない…だから生い立ちから話されたのではないですか?」
「そうね。確かにその通りだわ。」
アレクサンドラはここについては無自覚だったのか、驚いたように頷いた。
「3つ目は、私がロザリアさんが亡くなられたことに悲しくなって泣いてしまったときです。先生は『ありがとう』と仰いました。これはご遺族でないと出ない言葉だと思いました。」
アレクサンドラはこれも自覚がなかったようで
「確かに…確かに言ったわね、私。」
と大きく頷いた。
「それじゃあ、ユメはあの人がこの屋敷に月1回訪れる理由も何となく察しているのかしら?」
「そうですね。これは憶測でしかありませんが、ここにロザリアさんのお墓があるのではないですか?大切な人を失って引きこもっている人が定期的に通うといえばお墓参りしか思いつかなくて…。」
アレクサンドラはにこやかにほほ笑んだ。
「半分。半分正解ね、ユメ。確かにこのお屋敷の敷地内に姉・ロザリアのお墓があります。あの人にね、頼まれたのよ。自分ではきっと満足に管理できず、荒れ果てさせてしまう。だからお墓の手入れをお願いしますってね。」
「もう半分は?」
「私に会いたいのよ。いえ、正確に言うなら、私の中に残るロザリア姉さんの面影に会いに来ているんでしょうね。あの人はここで飲むカフィーが美味しいからだとかなんとか理由をつけているけどね。」
アレクサンドラがトイフェルに姉と同じような恋愛感情を抱いているのか、逆にトイフェルがアレクサンドラに恋愛感情を抱いてるのか、それを尋ねるのはたいへん野暮なことだと思った。
私はそれ以上は何も聞かずに、アレクサンドラの部屋を後にした。
午後からはレフィーナとたくさん遊んだ。
レフィーナは私が屋敷を出ると知ったら、きっと泣きついて「行かないで」と言うだろう。
そう思っていたのだが、意外なことにいつも通り接してくる。
ところがふとした瞬間にとても哀しい表情を見せるので、レフィーナなりに気を使ってくれているのだと察した。
そんな健気なレフィーナに私の心はチクチクと痛んだ。
「ねぇ、レフィーナ?」
「ん?どうしたの?ユメ。」
「あのね、私、このお屋敷を出た後もレフィーナをいつも身近に感じていたいの。だからね、何かお揃いのアクセサリーとか買わない?」
「え!?えぇえええ!?」
予想をはるかに超え、レフィーナは絶叫するような叫び声をあげた。
「あ、その、嫌ならいいんだけど、えと…」
レフィーナの大声に動揺する私。
そんな私を見てレフィーナは得心した表情を浮かべた。
「そう、そうよね。ユメは記憶がないのでしたねっ。えっとですね、ユメ。お揃いのアクセサリーを買うというのは、プロポーズの言葉…なんですよっ?」
あああ。しまった!そうか、そういうことだったのか。
前世では女の子同士お揃いの物を買うなんて、仲が良ければ普通のことだと思っていたけれど、ここは異世界だ。前世の常識が通じるわけではない。
「ご、ごめんね!レフィーナ!私、その…。」
「うーん、でもユメだった私、結婚してもいいかも!」
いやいやいや、よくないでしょ?
「だ、ダメよ!レフィーナ。だって私たち…女の子同士じゃない。」
「あら、私は気にしないけど?あぁーあ、初めてのプロポーズだったのに…」
レフィーナが意地悪く笑う。
異世界では百合カップルとか百合結婚とかは普通のことなのだろうか…。
わからない。けれど聞くに聞けない…。
「はい、これ。」
困ってモジモジしている私にレフィーナが何かを差し出した。
両手で受け取ると、それは紅玉のついたイヤリングだった。
「え…?レフィーナ、これって…?」
「私からの贈り物。えっとね、離れて暮らすことになる友人や家族には、何か自分の持ち物をあげるのがこの国の習わしなの。紅玉ならユメの帽子にもついてるから似合うと思ったんだけど…。」
レフィーナは早くつけて見せてと言わんばかりに私の顔を覗き込んでくる。
このイヤリングは耳たぶに挟んでつけるタイプなのだけれど、どうにも紅玉が大きくて実際につけたら痛そうだ。
意を決してつけると、まったく重さを感じない。引っ張られる感じも痛みもない。
なにかそういう不思議な力が込められているのだろう。
「やっぱり!思ったとおり良く似合うわ!」
そう言うと、レフィーナはポンッと手を叩いた。
「でもレフィーナ、こんな立派なもの…いいの?」
「いいの、いいの。昔、街のアクセサリー屋さんで買ったのだけれど、私には紅玉が大きすぎて似合わなかったから。ユメが貰ってくれると嬉しいわ。」
「ありがとう。大切にするね…。」
不意に私の両目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
餞別の品を貰ったことで、私の中でレフィーナとお別れすることが改めて実感として沸いたのだ。
それは私が抑えていた感情の堰を切るのには十分だった。
「ありがとう…ありがとう…」
そう言って泣きじゃくる私を、レフィーナは温かく抱きしめてくれた。
それは遠い昔の記憶にもある温かさ。
「もう…。ユメが泣くから…。私、絶対に泣かないって決めてたのに…。」
レフィーナも抑えきれなくなったのか泣きだした。
こうして私たちはしばらく抱きしめ合いながら泣き続けた。
もう、これじゃぁどちらが年上かわかんないよっ。
冷静になった私はものすごく恥ずかしくなり、レフィーナを誘ってアクセサリーショップに向かった。
何か他のことを考えないと、恥ずかしさで死んでしまいそうだったからというのも理由だったし、レフィーナにお返しの贈り物を買うというのも理由だった。。
残念ながら転生者の私には、相手にプレゼントするような持ち物がない。
レフィーナは私からのプレゼントだったら、なんでも嬉しいと言ってくれた。
ほんと、なんていい子なんだろう…。
大通りから一本隣の狭い路地に、お薦めのショップがあるというのでレフィーナと向かった。
私はそこでレフィーナの瞳と同じ色であるエメラルドグリーンの玉がついたペンダントを買ってプレゼントした。
「ありがとう、ユメ。肌身離さず付けるわね!」
レフィーナは満面の笑みで喜んでくれた。
旅立ちにあたって、オルデンブルク伯爵家の皆から色々な物を頂いた。
アルスベルド・オルデンブルク伯爵からは、領地内で医者を開業することの開業許可証と私の身元証明書。身元証明があるので、オルデンブルク伯爵家の領地以外でもおそらく開業許可は認められるだろうとのことだった。
アリアナ・オルデンブルク伯爵夫人からは盗難防止の加護がついたお財布。この財布にお金を入れておけば、スリどころか置き引きの被害にもあうことがないという逸品だ。
ウィリアム執事長からは、ナイフを頂いた。武器というよりは、生活用。とはいえ、絶対に刃こぼれはしないし、錆びたりもしない業物らしい。間違いなく高級品だよ、これ…。
レフィーナとアレクサンドラからはすでに立派なものを頂いている。それなのに二人とも隙あらば何かを渡そうとしてくるので、さすがに貰いすぎだと固辞した。
アレクサンドラからはミューレンの町に行くことを薦められた。
ここオルデンブルク伯爵領の南端で徒歩だと5日はかかる田舎町らしい。
町の南側にはホルン山脈という標高4000メートル級の山脈がそびえていて、ミューレンの町も標高1000メートルあたりに位置しているのだそうだ。
人口は500人程度と少なく、僻地ということも相まって、長年医者の不在が問題だった。
特に行く当てもない私。
田舎でのんびりと暮らせて、しかもお医者さんを必要としている町だなんて、まさに私にうってつけじゃない!
そしていよいよ旅立ちの朝がやってきた。
「ユメ、何かあったらいつでも頼ってくれていいんだよ?」
…伯爵様、優しいなぁ。ほんと非の打ち所のないいい人だわ。
「いつでも屋敷にいらっしゃい。ここはあなたの家、私たちはあなたの家族、貴方は私の娘よ、ユメ。」
…伯爵夫人も優しい。また泣いちゃうよ、私。
「ミューレンの町は、夏の避暑地として人気なの。夏はこちらから遊びに行くわね!」
…うんうん、レフィーナ。またいっぱい遊ぼうね。
「よき旅立ちであらんことを…」
…ウィリアムさんにもいっぱいお世話になったわ。ありがとうございます。
「体調には気を付けてね。医者の不養生なんて師匠が許さないわよ?」
…アレクサンドラ先生、何から何までお世話になりっぱなしでした。
「みなさんもお元気で!落ち着いたら、またご挨拶に伺います!本当に…本当におぜわになりまじだぁ…」
最後は涙声になってしまった。
オルデンブルグ伯爵家にお世話になってから、すっかり涙もろくなったなぁ。
我ながら締まらない言葉になってしまったが、こうして私は一路、ミューレンを目指したのだった。
出発から2日間は何事もなく、移り行く景色を楽しみつつ、宿場町で寝泊まりする旅を私は送っていた。
草原を抜け、ブナのような樹が生い茂る森の道に差し掛かった時、私の頭上から声が聞こえた。
――何者ですか!止まりなさい!




