第13話 粛清のトイフェル(後編)
ポロリ ポロリ
頬を涙がつたった。
そんな私の頭にアレクサンドラは手を当てる
「ユメは優しいのね。ありがとう。」
アレクサンドラはそう言うと、続きを語り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ロザリアが殺害された直後、近隣の誰かが通報したのか、王都警備隊(前世でいう警察のような組織)が現れて襲撃者達は、すぐに逮捕された。
ロザリアという心の支えを失ったトイフェルは悲しみに暮れ、三日三晩泣き続けた。
食事も喉を通らなくなり、飲まず食わずで過ごしたという。
4日目、襲撃者達の被害者として、トイフェルは裁判に出廷するよう通達があった。
あの襲撃者達を見るのは腹立たしかったが、裁判の判決を見届けることがロザリアへの供養になる…そう思ったトイフェルは出廷要請に応じた。
忘れもしない、あの下卑た顔。
人を殺すことを何とも思っていないあの目。
自分の魔力をもってしても敵わなかった屈強な体躯。
でも、法廷でトイフェルが見たのは、襲撃者達とは似ても似つかぬ者達だった。
トイフェルは混乱した。
どうしてだ?どういうことだ?
あんなヒョロヒョロ男を相手に不覚をとるわけがない。
わけが分からず呆然とする。
その間にも裁判はどんどん進み、加害者と言われた見知らぬ者達には終身刑が言い渡された。
トイフェルはそこで我に返り、その者達が加害者ではないと訴えた。
しかし「トイフェル君は大切な人を失ったショックで記憶違いをしているのだろう」と判断されてしまったため、聞き届けてもらえなかった。
また、加害者たちの自供も決め手となった。
本人がやったというのだから、間違いないだろう、と。
結果、判決が覆ることはなく、トイフェルのやり場のない怒りと悲しみを残したまま閉廷した。
裁判後のトイフェルは人が変わってしまった。
何を言っても何をされても無反応でされるがまま…まるで廃人のようだった。
暖簾に腕押しではイジメる価値なしと判断したのか、はたまた殺人事件まで起こしたのはやり過ぎだと思ったのか、貴族の生徒達はトイフェルに何もしなくなった。
しかしトイフェルが廃人に見えたのはあくまでも表向きのもの。内には秘めたる思いがあった。
ロザリアの無念を晴らす、真犯人を捕らえ罪を償わせる…それだけが裁判後の彼の支えになった。
そんな彼にとって学院生活や他人とのかかわりは些末なことになり下がった。
彼は独学で魔法を研鑽、修練し、そして極めていった。勿論そこには血のにじむような努力もあっただろう。
しかし誰に知られることもなく、こっそりと…。
ところで、魔法学院の生徒達は最終学年になると自らテーマを決め、研究し、卒業発表をするというのが慣例だった。
と言っても何ヵ月もかけて研究発表する者はごく稀。
多くは…特に貴族の生徒達はやる気のない者が多く、研究といっても例えば「正しい呪文詠唱による魔法効果の上昇について」や「玉石の違いによる魔法の比較」など、既に研究し尽くされてきた結果が分かるようなものを研究発表としていた。
その年も簡素な研究発表がほとんどの中、トイフェルの発表は一味違った。
彼が発表したのはオリジナル魔法「ゲシュテンドニス」。自白を強要する魔法だ。
卒業発表の会場はどよめきが起きた。
それもそうだろう。なぜなら、自白強要魔法は、裁判所や王都警備隊が喉から手が出るほど欲しくて、国家の一大プロジェクトとして研究を進めていた魔法だからだ。
トイフェルの自白強要魔法「ゲシュテンドニス」の魔法理論は完璧な出来上がりで、卒業発表会に在席していた裁判所の高等魔法使いや王都警備隊の魔法部隊長、そして王宮魔法使い達のみならず、誰の目にもこの魔法を使うと対象者が嘘偽りなく自白することは明らかだった。
湧きたつ会場。しかしその必要条件に全員が落胆した。
この「ゲシュテンドニス」の魔法を発動するのに必要な魔力値は1000。
王国いや、人類史上魔力値が1000を超えた者はいない。
魔法理論は完璧だったものの、誰も発動できない魔法と誰しもが思った。
しかしその場でトイフェルは宣言した。
自分なら、その魔法を使える、と。
それは即ち自らの魔力値が1000以上あることを言っていることに等しかった。
魔力値1000超えは人類未到達の領域。誰もがみな、トイフェルは嘘をついているのだと思った。会場内に野次や怒号が飛ぶ。
そこでトイフェルは提案した。
「ならば、今収監されている犯罪者に試してみても良い。ただし、誰に使うかは選ばせてもらう。」と。
自白強要魔法の使用については今でこそ明確なルールが定められているが、当時はこの魔法を使用することについて、法的・倫理的な問題は解決されていなかった。
しかし、収監者であれば問題が無い、として裁判所は特例を認めた。
魔法が発動しなければただそれだけ。しかし発動するのであれば…
――世界の魔法の歴史を変える場面に立ち会える・・・。
自白強要魔法の試験は裁判所の高等魔法使い、王都警備隊の魔法部隊長、そして王宮魔法使い立ち合いのもと、即日行われた。
トイフェルが指名したのは、ロザリア殺害の加害者として収監されている者。
収監後、加害者(とされた者)は、裁判中の自供から一転、自分は無実だと訴えていた。
裁判の時に自供したのは、暗示をかけられていて本当のことは言っていないのだ、と。
しかし収監されてから訴えたところで、誰も取り合おうとはしなかった。
トイフェルは加害者(とされた者)に自白強要魔法の魔法をかけた。
発動しても、加害者(とされた者)は無実を訴え続ける。
冤罪が判明したことに、その場でどよめきが起こる。
トイフェルはさらに問いかけた。
では、貴方に暗示をかけたのは誰だったのか…と。
ここで加害者(とされた者)は口をつぐもうとした。
それを言うことだけは勘弁してくれ、もし喋ってしまうと例え釈放されても3日と生きていられない、自分は消されてしまう、と。
しかしトイフェルの魔法には逆らえない。自白は強要されるのだ。自分の意志とは無関係に口が動く。
そして加害者(とされた者)の口から出たのは、この国では名高い貴族のお抱え魔法使いの名前だった。
裁判所、王都警備隊、王宮魔法使い…国の重鎮たちが立ち会った中での自供だ。
ことは大騒動に発展、今度はその貴族のお抱え魔法使いに自白強要魔法を使うことになった。
――なぁに、無実だと思うのなら魔法を受けても平気だろう?
こう言われて拒絶するのは、自らを真犯人と認めてしまうようなものだ。
また名指しされた魔法使いは、自白強要魔法を受けても防御魔法を使えば防げると高を括っていた。
魔法使いは誰にも悟られぬように防御魔法を発動させ、トイフェルにどうぞ魔法を使ってみろと言わんばかりに相対した。
しかし結果はトイフェルの自白強要魔法の圧勝だった。
魔法使いは偽の加害者に暗示の魔法を使ったこと、自分は貴族の暗部のまとめ役であること、これまでも数多くの悪事に手を染めてきたこと、ロザリア襲撃は貴族の息子に指示をされた暗部の部隊が実行したこと、ロザリアの予想以上の抵抗に力の加減ができず殺害してしまったこと、貴族(息子の親)からもみ消すように指示されたこと…と立て続けに胸糞の悪くなる自供をした。
こうして、当初は加害者とされた者については無罪、釈放。
暗部はまとめ役の魔法使いを含めて全員死刑、貴族は一家全員、爵位のはく奪・王都追放が言い渡された。
トイフェルは逆にこの件をきっかけに爵位が与えられ、裁判所の高等魔法使い兼宮廷魔法使いとなった。
そして、この一件以外にも他の貴族達が隠していた罪を次々と明るみにし、裁きを下していった。
王都に住まう者はそんな彼に畏怖の思いを込めて「粛清のトイフェル」と呼んだ。
これまでに王都を追放された貴族の人数は、その家族まで含めると500人は超えると言われている。
この者たちがトイフェルを逆恨みし、命を狙うことは容易に想像できた。
トイフェルはこの頃「自分の知らないところで自分への悪事の企みを放任した結果がロザリアの死に繋がった」と思うようになっていた。
どんな小さな企みもどんな小さな悪事も見逃してはいけない。
いつも…いつも噂話は監視しなきゃいけない。
そこで彼は盗聴魔法「アブホルン」を完成させ、王国全域を盗聴し、徹底的に降りかかる火の粉を払っていった。
案の定、ロザリア殺害に関わった元貴族達も辺境の地でトイフェルの暗殺と、さらには国家転覆を企てていた。
盗聴魔法で動かぬ証拠をつかんだトイフェルは、自ら軍の一隊を率い討伐に向かった。
元貴族達は武力抵抗をしたため、軍によってその場で斬殺された。
そしてトイフェルは生きる意味を完全に見失った。
ロザリアを失ってからの彼は、ロザリアを殺害した真犯人を裁くことが生きがいだった。
それが達成されてしまったのだ。
今現在、彼は王宮魔法使い。
王はトイフェルには迂闊に口出しができず、やりたいことをやりたいようにさせている。
そして噂では、王宮の奥の自室で取りつかれたように強大な魔法、強大な魔力を求めて研究しているとか、外に出てくることはほとんどないとか。
国のどこかで魔力に長けた者がいると聞きつけると、王宮に招き入れているとか。
トイフェルに招待されて王宮に入った魔法使いはその後王宮から出てきたことがないとか。
また、盗聴魔法を常時発動させるため、収監者たちの魔力を吸い上げているとか。
噂話に過ぎないのか、はたまた火のない所に煙はたたないのか、今やそれを知る者はいない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「とまぁ、こういう人物なのよ。長話につきあわせて悪かったわね。」
アレクサンドラがカフィーを飲み干す。
「今の彼の専らの関心事は、強大な魔力。彼は夜天の装備については知らないはずだけれど、もしかしたら彼ほどの魔力値なら看破してしまうかもしれない。だからね、ユメ。あなたを彼に会わせたくないの。」
なるほど。ようやく理解できた。と同時に疑問も抱く。
「でも先生、その人王宮にこもりっきりなんですよね?だったら、このお屋敷に居ても会う機会はないのでは?」
「たしかに普段は王宮にこもりっきりなんだけど、それがね…この屋敷にだけは月1回は来るのよ。」
え!?どういうこと。
なんの理由で。
…もしかして。
私は脳裏に浮かんだ疑問をつなぎ合わせ、紐解き、ひとつの結論を得た。
そしてそれをアレクサンドラに尋ねる。
「先生…先生はもしかして…」
――ロザリアさんの親族の方ですか?




