94 すべて解決
ということで……。
……憂いはすべて消え去った!
やったー!
『ビーストファンタジー4』の世界に転生して約二十年。
本来なればゲームの主人公に殺される悪役だった俺が、奮励努力の末に様々な問題を廃し、ついに死の危険をすべて取り去った。
悪の帝国として滅び去るはずだったベヘモット帝国を更生させ、曲がりなりの統治国家とした。
正義の勇者として帝国を滅ぼすはずだったセロの家族を助け、復讐の理由を取り去った。
帝国への反抗組織レジスタンスも兼ねてからの交渉が実ってめでたく解体となったし。
これで帝国が滅ぶ危険も、俺がまとめて滅び去る予定もなくなった。
フラグが折れたってことだよ。
これで安心して余生を穏やかに送ることができる!
破滅回避の過程で貰った嫁さんが二人もいることだし。
これからはフォルテやサラカたちとの間にたくさん子どもを拵えて、育児に全身全霊を注ぐ人生を邁進しようではないか!
あと妹セレンに近づく悪い虫を撲殺し続ける人生を!
「そのためにも帝国の仕事を頑張ろう」
俺、依然として『帝国守護獣十二使徒』の一人。
主要任務は帝国の安泰を守ることであった。
そんなわけで今日も俺は、十二使徒第一位で次期皇帝第一候補であるグレイリュウガに呼ばれていた。
◆
「ワータイガの後任?」
「そうだ」
グレイリュウガは、それまで秘密にされていた皇帝のご落胤である事実が公表され、今では立派な次期皇帝として政務を采配している。
現皇帝ヘロデは半ば引退しているような状態で、それはここ二年でまた身体を獣魔気が蝕む段階が進んだからでもあった。
当人ももはや自分が長くないことを悟って、グレイリュウガへの権力移譲を精力的に進めていた。
その段階で俺がよく呼ばれるようになった。
「何故なのか?」
「そりゃ将来、お前が私の片腕として帝国経営に手腕を振るってもらうためだぞ」
ははははは。
何のことやら。
「智聖術で父の病状を抑えてくれることもあるし、先のブレズデン戦争でも大活躍ではあった。直近ではレジスタンスを解体に導いた功績もある」
「いやいや……」
「お前の手腕はいまや誰もが認めるところであるし、これからも帝国に尽くしてほしい。私も新たな皇帝として、あらゆる褒賞をもってお前の忠節に報いる所存だ」
だったら穏やかな生活が欲しいな。
明日辺り引退するんで充分な年金支給してくれませんかね?
「差し当たってはワータイガが抜けた第二位をお前が継承してはどうか? お前ほどの実力功績でいつまでも最下位というのはおかしな話だ」
「そう言うのはいいんで……。てか、さっきの話ですが……」
ワータイガが抜けた分の欠員補充ですっけ?
ワータイガことライガさんは記憶と家族を取り戻して、元の生活に帰っていったからな。
今頃はきっとどこかで家族に囲まれ健やかにお過ごしであろう。
羨ましい。
「彼の後任に新しい誰かを十二使徒に入れようと?」
「うむ、私もいずれ皇帝に即位したら、十二使徒と兼任というわけにもいくまいし抜けるつもりではいる。さすればまた欠員が出てしまうだろうから、今のうちに補充や継承の段取りを固めておくのもいいかと思ってな」
グレイリュウガとワータイガ。
最高クラスが立て続けに引退か。
いやそう言うことじゃなく……。
「欠員補充は反対ですね、俺は」
「なんと?」
「というかこれ以上獣魔気に頼ることに俺は反対します。あれが大きな代償を伴う力だというのはアナタも承知でしょう?」
獣魔気とはそもそも獣神ビーストが人間に貸し与えた力。
ヤツは人間にとってけっしてありがたい神ではなく、むしろ悪神、荒神といった類だ。
ヤツが人間を助けるのはあくまで利用するための目的でしかない。
獣神の手先となって破滅していった人間の、シリーズ通してなんと多きことか。
そもそもウチの帝国の皆さんだって俺が介入していなければ揃ってこのコースですよ。
「獣神との付き合いなんて長く続けていいものじゃ絶対ありませんて。帝国も大陸全土を制覇していい塩梅。そろそろヤツとも手を切ることを考えましょう」
「なるほど、十二使徒を補充するとなると自然、獣神に頼らざるを得なくなるからな……」
でしょう?
そもそも十二使徒になるにはビーストピースが必要なんだし、しかもあれは一旦体内に取り込んだら二度と取り出せない。
新しい十二使徒を作り出すには獣神に頼んで新しいビーストピースを貰わなきゃならんのです。
「そんなことしたら現皇帝の負担は果てしなくなるし、獣神との縁もいつまで経っても切れません。ここはもうこれから一切獣魔気に頼るのをやめてはどうでしょう」
「話としてはわかるが、しかし今の帝国が獣魔の力を失うのも危険ではないか? これ以上の拡充を必要としないと言っても、国家の維持にも武力は必要だ」
これまで獣魔気ありきで侵略しまくってましたからね帝国。
「その点は心配いりません。獣魔気から智聖気にシフトしていけばいいんですよ」
「え?」
互いに相反する力のため、一度獣魔気を取り込んだ者がその上から智聖術を学びえることは不可能だ。
しかしまだ獣魔気を得る前のピッカピカの新兵であれば、そうした懸念なく智聖術を叩き込むことができる。
「指導は俺がやっていきますよ。そうやって少しずつ新陳代謝を促し、獣魔から智聖へと移り変わっていけばいいんです」
智の力は修得に辛抱がいるだけで代償とか下心とかはまったくないからな。
「しかし……、それは教義的に大丈夫なのか?」
「教義的?」
何それ?
「いや、智聖術はどうも秘術的なイメージがあるから。みだりに広めていいものなのかと思ってな。こないだ遭遇したタヌキ? いや、お前の師匠も隠棲して俗世に関わらぬ風ではなかったか?」
「ああ、そういうこと?」
あの件のあと、たぬ賢者はさっさと帰っていった。
迂闊に留まったらウチの妹に撫で繰り回されて腹がハゲると言いながら。
……それでもけっこう未練がましくしていたがな。
「智の力は基本、寛容ですよ。門を叩く者に分け隔てしません。智はあらゆる者の共有物だという認識ですから」
「そうなのか?」
「それに実際、智聖術を主戦力にしている国家はありますよ。ダブラ王国がそうです」
「ダブラ王国? たしか海の向こうにそんな、そこそこ大きな国があったような……?」
そう。
そしてそこは『ビーストファンタジー』第一作目の舞台となった地だ。
『ビーストファンタジー3』と『ビーストファンタジー4』が時系列で繋がっていたように、あの国も世界的に同一線上にあった。
「二年前の十二使徒お披露目会にも使者が出席していましてね。同じ智聖術の使い手同士で仲良くなりました」
「いつの間に……!?」
『ビーストファンタジー1』の舞台となったダブラ王国は、ちょうど今から三百年前に獣魔王の侵攻を受けて、ゲーム内でのような戦いを繰り広げたらしい。
要するに智聖術を得た一人の勇者と、獣魔王率いる魔獣軍団との壮絶な戦いだ。
その戦いでは、『1』の主人公に当たる勇者(名前はプレイヤー入力式)がロールプレイングに各地でアイテムを集めたり敵幹部と戦ったりして、最終的に敵の城へ乗り込む手段を整えてから順序よく突入し、ラスボスからの『世界の半分いらへん?』の甘言をはねのけてからの激闘で殺戮フィニッシュというヤツだった。
それ以来、獣魔王(1のラスボス)を討ち滅ぼした智聖術は、あの国の必須能力となり、今なお連綿と受け継がれているそうな。
「今でもあの国は智聖術の使い手のみで構成された最精鋭部隊を組織していて、国防の屋台骨となっています。かの国を手本としていけば、ウチも安全かつ頑強な大国に生まれ変われることでしょう」
「それはいい話だな!!」
獣魔気のもたらす代償の大きさをグレイリュウガも身に染みてわかっている。
捨て去れるものなら捨て去りたいとかねてから考えていたようだ。それが次代の統治者としてどれほど得難い適正であることか。
これからの展開で不安なことがあるとしたら唯一、あらゆるすべての元凶である獣神ビーストの動向だけであったが、それも杞憂で終わりそうだった。
神自身も今頃、白玉天狐によってボコボコにされていることだろうし。
「しかし、やはりジラットに相談するとすべてが捗るな! 悩ましい問題がことごとく氷解していく!」
「う……!?」
「これからも帝国のために惜しみなく力を振るってくれよ! 新兵への智聖術訓練、お前持ちの案件で進めて行ってくれ! 第二位への昇格も考えておいてくれよ!」
次期皇帝からの俺への期待が高すぎる。
これからはもうあまり目立たず静かに暮らしていきたいんだがなあ。
もう山場も越えたことだし、下手に表だって目立ちたくはないんだが、段階的にもこの国を獣神ビーストから縁切りさせるのは放置しておけない必要ごとだし、やらないわけにはいかない。
『苦労が続くなあ……』と思いながらグレイリュウガの執政室を辞去。
……すると変なものと遭遇した。
物陰からグレイリュウガの部屋を覗く女性がいた。
めっちゃ怪しい。




