89 凶星蹂躙
『狐七化け、狸八化けというたぬー』
たぬ賢者が言った。
相変わらずセレンの頭の上に搭載されながら。
『キツネは七つの変化を使うたぬ。かつて仙狐だった頃のアホキツネも一度に七種の変化が限界だったぬ。それが千年生き、天狐になったことで九化けまで可能になったぬ。つまり七から九、増えた二つこそアホキツネの天狐たるべき力たぬ』
これまでの七星は、天狐より一ランク下の仙狐でも扱える程度だってことですか?
ここからが妖狐最上位、天狐の本領発揮!?
『正直お前らがここまでやるとは思わんかったわ。既に一度、人の子から手痛くやられているというのに、わらわも教訓が足らんかったようじゃの』
既に美女キツネの尻から分かれた八本目の尾は、暗黒の変化を開始していた。
キツネ特有の黄金色の体毛が変色し、ドロドロとした黒色へと変わっていく。
ヘドロのような粘性の液体が尾から分泌されて滴り落ち、やがては滝のような勢いでヘドロを吐き出し落とす。
墨汁よりも真っ黒と思われるほど、艶もない黒ヘドロを。
『アレに触れるなよ!? 見るからにヤバいもののようだ!!』
『命令されたって触りませんよ!?』
黒ヘドロの落ちた地面には大きなヘドロ溜まりができ、いやそれ以上の規模で黒ヘドロのため池になっていた。
『敵わんのう。これをやるといつも部屋が汚れて閉口じゃ』
だったらやらなきゃいいのに!!
いつの間にか空中に浮かぶ八本目の尾は跡形もなく消え去っていた。
その代わりに段違いの存在感を持つ黒ヘドロのため池。その水面がブクブクと泡立ち……。
女が這い出してきた。
今まで戦った化身よりもなお巨大な女が。
『来たあああああああッ!?』
ヘドロ塗れの女。
というかヘドロが凝り固まって女の形になったバケモノ。
あれこそ八人目のナインテール!
光を消し去る暗黒の星、羅睺星を司るヨモツシコメだ!
『気を付けろ! あの巨大女はすべての光を飲み込む暗黒の塊だ! あの泥みたいなのに触れたらすべてのエネルギーを抹消されて死ぬ! 絶対触れるなよ!!』
『そんなのどうやって気を付ければいいんすかああああッッ!?』
本当にな。
触れるだけでアウトという、これまでの化身とは何もかも違うぐらいにヤバいヤツ。
しかも体格自体、今までのナインテールとは二回りぐらい大きく、その分今にも触れんばかりに迫ってくる!
『ぎゃあああッ!? 手が! 手が来るううううッ!?』
『<鉄鉄奔鼠神蔵>ッ!!』
苦し紛れに霊体ネズミをけしかけるものの、あの黒ヘドロに触れた傍からエネルギーを吸収されて消滅してしまう。
水以外なら無敵と思われた俺の切り札も、全エネルギーを吸収して消滅させる羅睺星の力には勝てなかったか。
『遠距離系の攻撃が使えるヤツはガンガン撃ちまくれ! ヤツを押しとどめるんだ!』
『く……ッ、聖獣智式<猛き龍勢>!!』『聖獣智式<皇神>!!』
飛び道具持ってるヤツ意外と少ない。
おかげでヨモツシコメはズンズンこっちに迫ってきて、逃げないと飲み込まれる!?
『無限の迷い館』の廊下を全力で走る。
皆で。
逃げるしか術がなかった。
そのすぐ後方を津波の勢いで黒ヘドロが迫ってくる!?
『おああああああッ!? もっと速く走れ! でないと飲み込まれるうううッ!?』
『帝国最強の十二使徒がここまで揃って、逃げることしかできないなんて……!?』
仕方ない。
あれこそ白玉天狐の切り札の一つ。
世界を滅ぼせるという大妖狐の、真の力の一端だ。
あれ見て『世界を滅ぼせる』って実感が湧きまくるでしょう!?
『ジラああああッ!? 何か!? 何か手はないのかよおおおおッ!?』
『俺に聞かれてもなあ!』
まあ、この事態を引き起こした発端である俺に問い詰めたい気持ちはわかるが。
無論あのヨモツシコメだって『ビーストファンタジー3』のボスキャラ。倒す手段がなければクソゲーになってしまう。
ただ『ビーストファンタジー3』では、その辺大きな救済措置が入った。
獣神ビースト、智神ソフィアすら超える上位神、事象神ラーファから加護を貰ってる『3』の主人公ライガ。
おかげでヨモツシコメの黒泥を遮断するバリアを張って、そのお陰で勝利することができたんだ。
俺たちにそんな加護は望みようがない。
だとすれば他にとれる手段はただ一つ……。
『……強力な遠隔攻撃で吹き飛ばすしかない。触れただけでアウトなヤツだが、物理攻撃は通じるようにできている』
だから触れずに倒すには、距離を開けて飛び道具をぶつける以外にない。
『そうは言うが、既に我々は持ってる遠隔攻撃技を全部解き放ったんだぞ? それでも怯ませるので精一杯だった』
そうなんだよなあ。
『クソ、オレたちも遠くへ飛ばせる攻撃技があれば……!』
『オイラたち魔法すら習いませんでしたしねえ……!』
走りながら悔しそうなガシやセキ。
仕方ない。獣魔気と魔法は相性が悪いから俺が勧めなかったのだ。
手元にないものを欲しがったところで仕方がない。今は手札の中から逆転の一手を探さなければ。
『……一つだけある』
今言ったすべての条件を揃える、都合のいい最強遠隔攻撃が。
『本当かジラ!? さすが私の旦那様!』
『<超獣義牙>という、使い手の全聖獣気を込めて放つ技だ』
『えッ? それってまさか……!?』
フォルテが不安そうな表情を浮かべる。
心配するな、全生命力を出し尽くす自爆系な技じゃないから。
『聖獣気を使い尽くしても死にはしないよ。ちゃんと人間本来の生命力は残るから』
『そうか、よかった……!?』
『ただ問題は、多分俺一人の聖獣気を全部注ぎ込んでもヤツは倒せないってことだ。大ダメージは与えられるだろうが、一気に吹っ飛ばすには足りない』
『そんな……!』
悲しいことだが神に匹敵する相手。
人間一人のキャパじゃどう足掻いても力負けする。
『だから……、皆の力を借りたい』
聖獣智式<超獣義牙>最大の特性は、自分だけでなく他者の聖獣気も上乗せして放てるということだ。
仲間たちが協力を承諾さえしてくれれば、規模と威力は無限大に高まり、最強の戦略兵器になる。
『わかった! やろう!』
真っ先に承諾するフォルテ。
『私は、アナタの妻になった時からすべてを託すと決めている。アナタの言うことなら何だって従うぞ!!』
『アタシも! お兄ちゃんアタシも!』
セレンもピョンピョン跳ねながら承諾した。
『あッ!? しまった出遅れた!? ジラ、オレだってお前にすべてを捧げるぜ! 正妻としてな!!』
『誰が正妻だあッ!?』
遁走しながらも言い争う我が妻二人。
逆の方を向けば、同期の友三人が俺の目を見ながら深く頷いてくれた。
ガシ、セキ、レイ。
俺たちの間柄にもはや言葉はいらないな。
『方針は決まりだな』
最後にグレイリュウガが言う。
『では私が時間を稼ごうジラット、お前が奥の手とするほどの最強奥義だ。準備に時間がかかることだろう。その間は私が支える!』
『頼りにしてますぜ第一位』
『当然だ!』
という相談もずっと逃げ走りながらしてたんだが、そうすると通路を抜け、なんか広いスペースに出た。
『くそ、おあつらえ向けに……!?』
俺たちが彷徨う『無限の迷い館』は白玉天狐が支配する亜空間。
俺たちの作戦会議もきっと筒抜けのことだろう。その上で最後の反撃を繰り出すのに打ってつけの環境を用意してきやがった。
この完全に遊ばれてる感じ!
『ここならデカいのぶっ放してもよさそうだぞ! 広くて遮蔽物がない!』
『ジラ! 早く必殺技の準備を!!』
しかし仲間たちは天の助けとばかりに最後の反攻に取り掛かる。
自分だけでなく仲間たちの全聖獣気までも振り絞って放つ最強技。
そして敵の恐ろしさも鑑みれば、どっちに転ぼうとこれが最後の攻防だと誰もがわかっている。
しかし転ぶ方向はわかっている。
何があっても俺たちの勝利だ!




