63 戦乱を生き抜く女
「うぐ……」
フォルテのお母さんも、今更自分の失言に気がついたのか口を押える。
もう遅いよ。
「今の言葉が皇帝の耳に入るだけで、ロボス族は地上から消えてなくなるぞ?」
一応帝国はね、反逆者に容赦しないからね。
一応悪役なんで。
「『皇帝にさえ知られなきゃ大丈夫』なんて甘い考えも通じないぞ。忘れるな。おれたちは十二使徒。皇帝への直言が許されている。つまりアンタの生死は完全に俺の気まぐれ次第ということだ」
これだとなんか俺がチクり魔キャラとしてやな感じだが。
そもそも悪役の俺だ。今更拘るまい。
「いやそれ以前に、アンタは十二使徒を舐めすぎている」
「……?」
「アンタを罰するのに皇帝の勅命がいると思ったか? 実は俺一人の判断でいけるんだぜ?」
「なッ!?」
「それが十二使徒だ」
皇帝が十二使徒に与えた権能は、それぐらい大きい。
『力がすべて』の帝国で、最強を条件に選りすぐられた十二人だ。
戦場前線での円滑な判断、帝国の威厳を徹底させるために十二使徒は、限りなく皇帝に近い権力を振るうことを許されている。
「具体的に言うと、……帝国に反抗的な態度をとった辺境部族の木っ端族長一人、俺一人の判断でいつでも処刑可能なんだよ」
「くッ!?」
フォルテのお母さん、距離をとり身がまえる。
ここにきて平謝りせず、逆に対決姿勢を見せようとは、さすが戦闘部族。
……と褒めるべきだろうか?
だが指導者としては失格だ。
「すぐさま土下座し、しどろもどろでも発言を撤回すれば命は助かったのにな。お前一人の命じゃない。ロボス族全体の命だ」
人の上に立つ者は、下から支える者たちのためにプライドを捨てることも求められる。
それこそ、こっちのフォルテのように。
「待ってくれジラ! 待て!」
すぐにでも聖獣モードを発動せんとした俺をフォルテが押しとどめた。
「お母さまを傷つけないでくれ! どうか、頼む!」
「それは十二使徒第十二位の俺に言っているのか?」
「……!?」
フォルテはすぐさま俺の意図を汲んで、言う。
「……そうだ、この十二使徒第四位ウルフォルテが言うのだ」
「では仕方ない。十二使徒の序列は絶対だからな」
十二位が四位に逆らえる道理がない。
俺は噴出寸前の獣魔気と智聖気を抑え込んだ。
「……どうだ、アンタの娘が手に入れた権力は?」
呆然とするお母さんに告げる。
「フォルテは既に、アンタなぞいつでも処刑できるだけの権力を帝国から与えられている。自分の一族のために獲得したんだ」
ロボス族が再び立ち上がり、発展していくために。
「敗北を受け入れられず、プライドに縋りついて一族を滅ぼそうとするアンタと、敗北を受け入れ、一族の発展と共に新しいプライドを築き上げようとしているフォルテ。果たしてどちらがよい指導者だろうな?」
「…………」
フォルテのお母さんは、反論もできず押し黙っていたが……。
「……わかりました」
絞り出すように言った。
「たしかに、ここでプライドに拘泥しロボス族そのものを滅ぼせば、前族長の遺言に背いたことになります。ロボス族の血は必ず後世まで伝えなければならない。どんな形であっても……!」
どこか悲壮な空気をまとい、言うお母さん。
「フォルテ。アナタも考えあってのことなら私から口を挟むことはありません。アナタのやり方でロボス族存続を成し遂げてみせなさい」
踵を返し、どこぞへと去っていくお母さん。
「お母さま!」
そんな母親へフォルテは焦り気味に呼びかけた。
「帰る前に皇帝陛下に拝謁してください! 今回の参列者には全員必ず時間を設けてくださるはずです!」
「わ、わかったわ……!?」
「私が十二使徒入りしたことで何かお言葉をいただけるでしょうから、そこで何か殊勝なことを言えばロボス族の格も上がります! せめて失礼のないように!」
「わかったってば……!」
そしてそそくさと去っていった。
場に残るのは俺とフォルテの二人きり。
「……典型的な田舎大名という感じだったな」
自分の引きこもる土地の界隈しか知らず、自分が一番偉い気分になっているというか。
「それ以前にお母さまは指導者には向いていないのだ。本来の族長であるお父さまが戦死し、やむなく引き継いだのだから。帝国に下ると同時に就任した族長。さぞや苦労が多かったことだろう」
彼女自身と同様、帝国への反感を抑えられない者たちはいるだろう。
そういう勢力を抑えるためにも同意する素振りくらいはしなければならない。
「私は、そんなお母さまの助けになりたかった。だからみずから望んで帝国への人質になった。こちらでできることは何でもやって故郷のお母さまを支援できればと駆け上った先が十二使徒だ」
フォルテは言う。
「私を捨て石にしようとしたことだって気にすることではない。それがロボス族の生き方だ。部族のためにこの命があるのだ。一族の役に立てるならいつでも散らして本望」
「いや、やめてくれよ……!」
キミに死なれたら俺が困る。
命は大事にしてほしい。
「なんだ? ジラは私に死んでほしくないのか?」
「そりゃまあ……!」
「心配性な男だ。ロボス族では妻を気遣う男など軟弱者と蔑まれるが、そういうところは帝国流の方が勝っている気がする」
本当に戦闘民族ですな!?
……。
今発言の中に不穏なフレーズがあったような?
妻?
「この場に駆けつけてくれたことも過保護の極みだしな。嬉しいが、この際ハッキリ言っておくぞ? 私は妻の在り方だけは帝国流に染まる気はないからな?」
「何の話です?」
「夫婦になったからと言って、家で夫の帰りを待つだけの妻など絶対にならん! 戦場でも夫と共にあり、死するまで一緒にいる二人でありたい! ジラもそう思うだろう!?」
何と答えたらいいかわからないが、とにかくフォルテのピンチを救えたのならそれでよかった。
「そろそろ戻ろう、今日の主役は俺たちなんだから、あまり長く空けてたら皇帝から怒られる」
「たしかに私のいない間にサラカのヤツがあることないこと吹聴するぐらいはしそうだな。あとで不利な状況にならないよう目を光らせておくか」
彼女の中でのサラカの評価が相変わらず酷い。
そしてパーティ会場へと戻ろうとする、その一瞬の弾みを狙って……。
「……んッ」
「ぶぅッ!?」
フォルテが唇を重ねてきた。
キス? これはキスですか?
「むちゅ……、ちゃぷ……、ちゅる……」
予告もなしにいきなり!?
しかもこのけっこう舐ってくる感触!?
「……ぷはぁ」
熱烈なキスのあと唇を離すと、フォルテは無言のまま会場へ向けて走り去っていった。
際の表情がなんとも妖艶で、ペロリと唇を舐める動作に背筋がゾクリとなった。
「恐ろしい女子じゃあああ……!?」
いやまあ、彼女からの好意はかねてから気づいていたけれども、ここまで直球で来られるとは……。
今は十二使徒としての仕事に慣れるとか未来への対策で頭がいっぱいなため、一息つくまで気づかぬふりでやり過ごそうかと思っていたが……!?
「このままだと押し切られるな……!?」
ゲーム原作ではどうだったんだろ?
ジラットとウルフォルテの間に恋愛関係なんてあったのかな?
そんな敵側の人間関係を詳しく描写することもないから想像するしかないが……。
これに関しては『なるようになれ』と思うしかないな。




