45 変身・聖獣
ビーストモードは、俺としても馴染み深い姿だ。
『ビーストファンタジー』では、ボスキャラは戦うとき必ずビーストモードに変身するからな。
その方が敵として恐ろしげがあるし、戦闘も盛り上がるってことなんだろうけど。
十二使徒も『ビーストファンタジー4』では戦闘前に変身し、ビーストモードになってから襲い掛かってきた。
こうして転生し、実際に十二使徒となる者たちと触れ合ってもいまいち実感が持てなかったのは。
ゲームの画面越しに見てきたのはおぞましい、人とも獣ともつかない怪物の姿だったのだから。
しかし今、その人とも獣ともつかない怪物が目の前にいる。
「やっと実感出てきた……!」
間違いない。
これこそ『ビーストファンタジー4』の戦闘画面に出てきた十二使徒グレイリュウガ(変身第一形態)だ。
『くらえ! があああああッ!!』
振り下ろされる腕。
その先端の爪は魔剣のように鋭く、触れただけで体が引き裂かれそうだった。
咄嗟にバックステップでかわす。
しかし完璧には間に合わず上着が裂け、胸部にうっすら血が滲んだ。
「さすがにあれは<回し受け>できんな……!」
やっても受け流しきれずに腕を斬り落とされる。
直接斬りつけてきたという違いもあるが、ヤツの爪は人間形態で飛翔斬撃を放ってきた段階とは威力に天地の差がある。
ビーストモードに変わることで、ここまで力が上がるのか。
「怖い……!?」
「マジかよ……!? ビーストピースって、あんなことまでできるのかよ……!?」
離れて見守る仲間たちも、グレイリュウガのあまりに恐ろしい変貌ぶりに肝を潰したようだ。
そのおぞましい様相もさることながら、同じようにビーストピースを身に受けた自分たち。
その自分らもあんな醜い姿に変わる可能性があるかと想像すれば、背筋も寒かろう。
獣魔気に精神を支配され、狂暴性が増していたなら却って望むかもしれないが、まともな神経では耐えがたい。
『どうかな? この十二使徒の最強形態は?』
「大層クソのようにカッコ悪うございます」
『なッ!?』
意外な返答だったのか、グレイリュウガ意外に狼狽える。
『カッコ悪い……!? いや、大事なのは強さだ! この姿で元の何倍もの力が発揮できる以上、姿形など二の次だ!』
「それにしても限度があろうございます」
『煩い! こんな時だけ丁寧に告げおって!』
半分おちょくってるからね。
『フン、どれだけ見てくれにケチをつけようと、この姿が最強であることに変わりない。もはやヒラヒラいなし続けることもできん。それはさっきの一合でよくわかった』
<回し受け>できないと判断して咄嗟に避けたことを確認されたか。
さすがに目がいい。
いやそれ以前にビーストモードになれば精神の獣性も増し、激情に飲まれ、冷静沈着さも失う。
そんな状態で、観察眼を的確にできるというのも恐ろしい話だ。
第一位グレイリュウガ。
ただビーストモードに振り回されているだけでもない。
『卑怯、とは言わんよな? 何故ならお前も十二使徒だからだ。であるからにはおまえにも同じことができるはずだ』
「!? そうだジラ!」
聞いて外野も騒ぎ立てる。
ガシとかセキとか。
「お前も変身しろ! そうすれば同条件でまたお前が有利だぜ!」
「先にやってきたのは向こうっす! 旦那が後追いしても全然オッケーっすよー!」
勝手に言うなあ……。
「どうやって?」
「「え?」」
「お前らもビーストピースを得たんだ。やろうと思えばビーストモードになれるだろう」
で、どうしたらなれるんだ?
「た、たしかに? どうすればあんなキモい姿になれるのか全然わからん……!?」
「十二使徒になったら勝手にやり方わかるんじゃないすか!?」
と戸惑う連中だった。
「十二使徒になったからってそう簡単にビーストモードにはなれない。その姿になること自体、ビーストピースを得てから弛まぬ努力の果てに得られる成果のようなものだ」
簡単に変身できたグレイリュウガは、その分天才によるものなのだろう。
『わかっているではないか? 思えばお前は、私の戦いにおいても智聖術とやらしか使ってこないな? せっかく皇帝陛下よりビーストピースを戴いたのに、その力を少しも使おうとはしない』
「何か悪いか?」
『いや、使いたくても使えないのだろう? 獣魔の力とて、使いこなすには相応の訓練が必要だ。それなくして当てずっぽうにしても使いこなせはしない。逆に巨大な力に飲まれて自滅する恐れすらある』
「……ッ!」
俺は咄嗟に距離を詰め、竜人の胸部に掌打を叩き込んだ。
「智聖術<浸透波>!」
衝撃を体内に透過させ、内側から破裂させる攻撃技。
強豪魔獣スパイク・ビッグ・フェイスはこれで瞬殺してやったが……。
『……何かしたか?』
「やっぱり効かない……!?」
竜人グレイリュウガ、表面を竜の鱗で覆われているだけでなく、体内も竜のように剛健なのだろう。
浸透した波動がミッチミチの内部に遮られて掻き消されてしまったのだ。
「並大抵の智聖術ではお前を倒せないようだな」
『ではどうする? 旧来の手段を捨てて、新たに得た力に頼るか?』
ビーストピースの獣魔気。
……か。
『しかし無駄だ。底知れんお前なら今この場でビーストピースの獣魔気を使いこなすかもしれんがな。しかしそれでも私に絶対勝つことはできん』
「何故そう言い切れる?」
『言ったはずだ。ビーストピースにも当たり外れがあるとな。私の得たビーストピースが大当たりだとすれば、お前のものは大ハズレ。何しろ最下位、十二位が賜ったものなのだから!』
俺が得たビーストピースの象徴する獣性は……。
ネズミ。
『ネズミに竜が倒せるものか! 私たちの勝敗は、十二使徒のステージに立った瞬間決まっていた! だから言ったのだ、選抜の時点でもっと必死になっておくべきだったと! お前ほどの実力なら、もっと高位のビーストピースを与えられていたに違いないのに!』
『牛』や『狼』のか?
それはダメだ。そっちはセレンやフォルテの方が相応しい。
『ちょっとした慢心が才能を台無しにする! さあ、圧倒的力の差で叩き潰してくれよう! そして屈服した心で帝国への絶対忠誠を誓うのだ!』
「大きな体。強い力。……それだけが強さだと思っているなら帝国は滅ぶな」
『何ッ!?』
「しかもそう遠くないうちに」
事実ゲーム通りに進めばベヘモット帝国は、あと四、五年のうちにセロによって滅ぼされることになる。
武力だけに頼って繁栄しようとした者の、当然の末路だ。
「いずれ国を背負って立つ者よ、強さの多様性というものを俺が教えてやろう。至弱が至強を制することもある。そして、それをもっとも頻繁に実現させる動物が何かといえば……」
ネズミだろうよ。
どこにでも現れ、どこにでも忍び込み、尽きることのない繁殖力で爆発的に増え続け、戸を齧り柱を齧り、時に疫病を導き込み万の人間を殺す。
「さっきから俺が貰った力をけなし続けてくれるが、俺は充分に満足しているぞ。これからお前の貶したネズミの力で、お前を骨の髄まで食い荒らす」
『やはり、お前もなれるというのか……!? 「鼠」のビーストモードに!?』
「いや」
『!?』
いくら勝つためでも、そんな醜い姿になるのは俺は嫌だな。
それになる必要もない。
「そんな怪物の姿より、もっと強い形態になれるとしたらどうだ?」
『ッ!? なんだとッ!?』
「どうして俺が十二使徒の選抜会に参加したと思う? 強くなるなら智聖術を修めるだけで充分だ。それだけでお前を倒すこともできる」
それなのになお新たな力を求めた。
智に加え、獣の力をも得た。
その先に何がある。
「我が師よ、アナタの下で織り上げた奥義がついに今、大成します」
小憎らしい『たぬ賢者』。
アナタに教えてもらった智聖術と、皇帝から掠め取ったビーストピース。
その二つがどちら欠けても成立しない知性と獣性の融合。
今から俺が変わる姿は『獣』の力だけに頼ったビーストモードではない。
その上に『智』を加えた、いわば……。
「聖獣モード」




