42 轟竜、蹂躙す
グレイリュウガは無傷?
「さすがにウソだろ……!?」
俺ですら思った。
セレンの巨大鉄棒は、常人が食らえば骨も砕けて内臓もぐちゃぐちゃになり、絶命必至のシロモノだ。
それを何発も食らって、死なないどころか傷一つない!?
「頑丈なんてレベルじゃないぞ……!?」
「我が肉体の硬度は、竜の鱗に匹敵する。鋼鉄ごときに砕けるものか」
あれがヤツの獣魔の力。
それにしてもセレンの猛攻がまったく通じないなんて……。
「チッ、セレンめ……、ぬるい戦い方をする」
舌打ちしたのはフォルテだった。
「あのまま手を緩めず、打ち上げ続ければよかったのだ。それなのに途中でやめるとは。勝ちを確信したのか状況を甘く見たか。所詮ガキということだな……」
「…………」
おかしい、さっきから。
今まで一緒に笑い、頑張ってきた仲間たちの態度がいきなりおかしくなった。
まるで互いを嘲り合うように、ギスギスと。
これはまさか……!?
「フォルテ」
「なんだ? 最下位が気安く私に話しかける……、ッ!?」
フォルテを抱きしめた。
それでもって全身に智の聖気を流し込む。
「智聖術<浄化>」
「うわわわわッ!? 何をするんだ人前でッ!? 私にも心の準備が……、……あれ?」
フォルテ、俺の抱擁を受ける前とあととでは別人のよう。
憑き物が落ちた表情だった。
「私は……、どうしたんだ? 何かドス黒いものが胸の中で渦巻いていたような……!?」
「獣魔気の精神浸食を受けてたんだ」
ビーストピースに結晶化するほど濃厚な獣魔気。
それは親衛隊として与えられた量とは比較にならず、宿主の心にまで影響をもたらした。
「心まで獣になろうとしていた。酷薄で残虐。荒々しくより獣魔気にフィットした精神構造になろうとな」
「そんな……、ジラが治療してくれたのか? その……、抱きしめてくれて!?」
智神ソフィアの智聖の力は、あらゆる形で獣魔を制する。
彼女の体内に聖なる気を流し込み、獣魔気の精神影響を根絶した。
「あとで精神を制御する修練法を教えよう。そうすれば二度と心を獣に乗っ取られることもない」
差しあたっては手近の……。
「フン、セレンはもうダメだな……!」
「所詮はガキだぜ」
「身の程知らずがボコボコにされるといいっすよ!」
同期の仲間三人の、後頭部を順番に叩いていく。
「「「あいったーッ!?」」」
叩く手に智の聖気を込めておいたから、獣魔気の精神浸食は吹き飛ばせたはずだ。
「雑! 扱い雑!?」
「なんでフォルテさんは優しく抱きしめて、オレらは張り手一発なんすか!?」
やかましい。
野郎なんか抱きしめたくないの、わかるだろうが。
「残る身内としては……」
みずから挑戦に名乗りを上げ、言動もすこぶる物騒なセレン。
可愛い妹も、濃厚獣魔気の精神影響を受けているのは疑いない。
できることなら今すぐ駆け寄り、全身を抱擁して聖気に包み込みたいところだが、戦闘の真っ最中。
さすがにすぐさま手出しはできない。
「でももう勝負はついたようなもんだろう? セレン最大級の攻撃でかすり傷もつけられなかったんだ」
それはもう妹に、打倒グレイリュウガの手段はないということ。
ここは潔く『勝負アリ』ということにして、速やかに勝負を打ち切りませんか。
「ダメじゃ」
「ジジイッ!?」
皇帝が許可しない。
「セレンタウラはまだ立っておる。傷一つ負ってない。無傷のまま負けを認めるなど我が臣下であるうちは絶対許さん」
うっせえ、戦況の不利有利を検討して進退を決めるのは戦闘者の当然の仕事だろうが!
それを無視して進むだけとかアホでしかないわジジイ!
「セレン! もういい降参しろ! お前自身が戦いを放棄すればアホ皇帝も無理強いはできないはずだ!!」
「ジラさっきから口がすぎないか!?」
「お前こそ獣魔気に脳ミソやられてないか!?」
俺はしっかり智聖術で獣魔気を制御しているよ!
俺が皇帝に対して無礼千万なのは……俺自身の意志だ!
「お兄ちゃんは黙ってて!」
しかしセレンは頑なだった。
「アタシはまだ戦える! 戦わないヤツに生きる資格はない! アタシは死ぬまで戦うんだ!」
今の妹は狂暴性の塊だった。
荒れ狂う獣魔気に完全に飲み込まれている。
「その覚悟に免じて、全力で叩きのめしてやろう」
グレイリュウガ両手を広げ、その先端にある五指に獣魔気を込める。
目に見える輝きを放つほどに濃厚な獣魔気。
「知っているか? 我ら十二使徒に宿る獣の有り様は、ビーストピースに由来している」
もったいぶって解説してやる。
「獣神ビーストが与えた十二のビーストピースはそれぞれ『竜』のビーストピース、『虎』のビーストピースなどと決まっていたのだ。それを取り込んだ我らにはピースが宿す獣の特徴、能力も得ることになった」
それはなんとなくわかっていた。
セレンに埋め込まれたのはきっと『牛』のビーストピースだ。
だから猛烈な突進力を得て、敵を弾き飛ばすぐらい簡単だった。
それに対してグレイリュウガは……。
「私が宿したのは『竜』のビーストピース。十二の中で間違いなく最強の獣因子だ。竜の力を宿した私は、皮膚の硬度は竜の鱗と同等。そして……」
グレイリュウガは手を振る。
五指から放たれる斬裂は、地面を抉り深い溝を作った。
「この五指に宿るは竜の爪。空を裂き、あらゆる物質を両断する。防御のすべはない」
「汚えッ!!」
外野からヤジを飛ばすのはガシだった。
その表情には真剣な怒りが滲んでいた。
「それって要はビーストピースにもピンキリあるってことじゃねえか! テメエ真っ先に一番いいものを取ったのかよ!?」
「私は元来、帝国最強の闘士と呼ばれてきた。その私に最高の一つが与えられるのは自明の理」
「くそおお……!?」
力任せのごり押し理論でも、真の強者から言い放たれたら反論しようがない。
ガシもまた押し黙るしかなかった。
「お前たちもビーストピースを得て、さぞかし強くなったと感じているだろうが、学ばねばならん。上には上がいるということをな。お前たちが与えられた力に慢心し、制御できない野良獣とならぬよう躾けられる必要がある。正当な飼い主によって」
「それこそがテメエだっていうのか?」
「そうだ」
あまりにもハッキリ答える。
「最強の獣たちを飼い慣らし、率いる。それこそ私の務め。十二使徒の第一位、十二使徒の長として、私がお前たちを支配するのだ」
グレイリュウガの視線が改めてセレンへ向かう。
濃厚獣魔気に狂暴性が際立った妹ですら、その威圧感に身が竦む。
「他の者たちもよく見ておくがいい。これが十二使徒最強の力。お前たちが分際を取り違え、与えられた力によって帝国に牙を剥いた時、この力がお前たちを誅する」
竜人が、両手から発する濃厚な獣魔気を、投げ放つように飛ばす。
「獣魔術<竜砕死>」
右の五列と左の五列、計十列の斬裂がセレン向かって飛ぶ。
十の爪が描く軌道が、そのまま斬閃となって飛ぶ。ゲームによくある斬撃系飛び道具だった。
しかし十刃一斉というのは規格外だが。
「ぎゃわわわわあああーーーーーッ!?」
妹が上げたのは恐怖の悲鳴だった。
直撃したら悲鳴を上げることすらできまい。
だから俺は……。
妹に代わってその斬撃すべてを弾き飛ばした。
「ええええーーーーーッ!?」
「ウソおおおおおッ!?」
絶叫を上げるのは、周囲のギャラリーたちだった。
弾き飛ばした斬裂が四方八方へ向かうのだからしかたないが。
「お、お兄ちゃん……!?」
妹の前に庇うように立ちはだかる俺。
一騎打ちに割って入る感じになったが全然かまわない。
ここから先は俺が請け負おう。
「軍の規律、国家の法、いずれも大事なのはわかる」
しかし。
「大事な妹を傷つけるヤツは王でも神でもブチ殺す。それが俺の最優先の法だ」




