03 未来の恋人
「そ、そんな……!? 我が一族の男たちが、子ども一人にのされた……!?」
震えるのは大人たちをけしかけた方の子ども。
クソガキと言ってもいいが。
頼みの大人たちは、俺の手によって殴り倒されピクリとも動かない。
大丈夫。
死んじゃいないけど、まあ三十分程度は似たような状態であろう。
「子どもですらここまでの強さ……!? 帝国とは一庶民に至るまでバケモノ揃いなのか!?」
「そんなことはないと思うけど……」
あくまで俺が規格外なのであって。
帝国民すべてが同じ水準だとか思われるのは他の人たちにとっても困るだろう。
「アンタら、よそ者か?」
「ぐッ?」
目の前のクソガキといい、ソイツに絡まれていた女の子といい。
口ぶりから何となく雰囲気が伝わった。
別に悪いことではない。
帝都は大都会だ。人も多く集まり人種の坩堝と化すことだってあろう。
だが……。
「よそ者だからって、その土地の決まりを無視していい理由にはならない。公共の場で騒ぎを起こすのはどこの社会でも御法度のはずだ。『帝国の法を知らなかった』なんて言い訳は通らない」
「うるさい! これは山の一族と平原の一族とのプライドを懸けた争いだ! 部外者の口出しするな!」
「だからそれを帝国の中でやるなと言ってるんだ……!」
「ぴぃッ!?」
少し凄んだだけでクソガキは怯んで言葉を失う。
威勢がいいだけで胆力が少しもない。子どもだから当然かもだが。
「い、いいだろう……! ここは帝国の法を尊重し引き下がってやる……!」
そういう方便でビビってることを隠そうと。
「名前を聞いておいてやる。その凄まじい身のこなし、さぞかし名のある将軍とかの息子なのだろう?」
「俺の名はジラ。一般庶民の息子だが?」
「庶民!? 一般のッ!?」
「そう」
単に事実を述べただけで、謙遜とかではない。
「て、底辺ですらこの強さ……!? やはり帝国とは恐ろしい……! お、オレの名はサラカ! 山頂に君臨するハヌマ族の長セイテンの子! いずれこの名を帝国中に轟かせてやる! 覚えておくがいい!」
「あ、はい、どうも」
わざわざ名乗り返してくれるとは礼儀正しいな。
「今日はこれで引いてやる! でも忘れるな! そっちの犬っころ部族よりオレたちの方が優れていることをな!」
捨て台詞を吐いて、サラカというクソガキは逃げるようにその場を去っていた。
実際逃げたんだが。
ただ、その前に気絶した部下を一人担いで運ぼうとしたが、断念した。
やはり子どもと大人の体格差である。
「クソッ、待ってろ助けを呼んでくるからな!」
言い残して一人走り去っていった。
……一応仲間想いということになるのかな?
まあ、これで一件落着。
そして俺は、自分が助けた者たちに目を向けた。
「セレンー?」
「ごめんなさいおにーちゃ!?」
まずは実妹セレンへ。
やはり血を分けた妹のことが何より気になるし、コイツが乱入しなければ俺だってヒーローの真似事などしなかったろう。
「どうしてお前は、いつもお兄ちゃんに心配かけるのかなあ? 母さんだってそうだぞ? 急に家からいなくなって俺を探しに行かせたんだから?」
「ごめんなしゃああああ……!?」
お仕置きとばかりに、妹の両こめかみに握り拳を当ててグリグリする。
俺からのお仕置きは甘めにしておこう。
代わりにあとで母さんにたっぷり叱ってもらう。
「……アンタも災難だったな」
そしてもう一人の助けた人物へ、視線を向ける。
最初に対峙していた二人の子どものもう一方。
女の子で、しかも大勢に脅かされながらたった一人でいた方だ。
あまりに不均衡だったのでノリでこっちを助けてしまったが、そもそもなんで往来にてコイツらが揉めていたのか、なんにもわからん。
「……余計なことをしてくれた」
「えー?」
女の子からお礼の一言でも来るかと思いきや、第一声がこれ。
「一人でも戦い抜くことはできた。誇り高きロボス族。危難に遭って立ち向かわぬのは戦士の名折れ」
見た目的に俺と同じか、一つ上程度の年頃のはずなんだが。
……しっかりした言葉遣いだなあ。
「……とはいえ、キミに助けてもらったのは事実だ。これを素直に認めないのも戦士の誇りを汚すこと。ゆえに礼は言おう。かたじけない」
「あッ、はい」
お礼言うなら最初から素直に言えばいいのに。
いや、そう言う面倒くさい文化の人なんだろう。
なんとか族とか言っていたが、そういう部族系の人か? 『ビーストファンタジー』にそういう設定あったっけ?
「私たちロボス族は、ここから遥か西にある大草原に住まう民だ。地の果てまでも駆ける脚、道を失わぬ嗅覚、そして獰猛な牙を持つ戦士の一族だ」
「そうですか」
「さっきまでいたサラカは山の民ハヌマ族の者。ヤツらの住む山と、我らの住む草原は境界を接し、そのため昔から争い合ってきた。それを帝国にまで持ち込んだというわけだ」
「なるほどー」
聞いてるよ、うん、ちゃんと聞いてる。
要するに部族間でのいがみ合いが、子どもの間にまで浸透しているってことだろ。
その土地土地にある伝統は大切なんだろうが、それを領地の外にまで持ち込むのはどうなんだな?
「ここは帝国だ。帝国の法を守れないならわざわざ故郷を離れるべきじゃなかったな」
「それをキミが言うのか?」
「何を?」
「なるほど知らないわけか。口ぶりは大人っぽいがやはり子どもなのだな」
キミだってそうでしょ。
で、なんなんです?
「私たちは戦争に負けたのだ。キミたち帝国にな。草原へ侵入する帝国軍に、我々は必死の抵抗を行ったが通じなかった。矢尽き果ててあえなく降伏し、我が一族は帝国の支配下になった」
「な、なんかすみません……!」
「サラカのハヌマ族も同じだ。服従の証として人質を差し出すことになり、それが私。サラカもそうだ。もし故郷で、一族が反乱の素振りでも見せれば、私もサラカもすぐさま首を撥ねられるだろう」
そうだ。
俺の住んでいるベヘモット帝国は悪の帝国だった。
所かまわず侵略を仕掛けて領土を広げている。
だからゲーム中では主人公が立ち向かうべき敵として描かれてるし。目の前にいる女の子も、その被害者というわけか。
故郷を襲われ、支配され、人質として来たくもない場所へ送られた。
まだこんなに幼いのに……。
「いやあの……! なんというか、お気の毒と言いますか……!」
「何故キミが戸惑うのだ? 大人も打ちのめすほど強いのに、キミだって将来は兵士になって活躍するのが夢なんじゃないのか?」
「そんなことないです」
「そ、そうなのか?」
もちろんですよ。
帝国軍の兵士になったって、正義に倒され血煙になる未来しかないですからね。
「まあいい、今日はよき日だ。帝国にも猛者がいるということがわかった。そういう場所でこそ、我がロボス族の名を轟かせるには相応しい」
でも戦争に負けたんですよね。
「覚えておけ。私は人質として惨めに一生を終えるつもりはない。この地で頭角を現し、ロボス族の戦士こそ地上最強であることを知らしめよう。……そうすれば帝国も、我が一族を大切に扱わなければならなくなる」
とか言ってるうちに、なんか見慣れない服装の大人数人がどこかから駆け寄ってきた。
例の女の子に。
「姫様! お怪我はありませんか姫様!」
と大慌てで女の子を気遣っている。
やはり人質に出されるだけあって、部族の中でもやんごとない身分ってこと?
「すまぬ。一人で帝都見物をしたくてな。それがこんな騒ぎになるとは私も迂闊だ」
女の子、改めて俺の方を見て……。
「ジラ、といったな?」
「はい」
「私の名はフォルテ。誇り高き草原の狼、ロボス族の長フェリルの娘。帝国の強い子よ、キミの恩義と、キミの妹の気高さをけっして忘れないだろう」
族長の娘。
やっぱり偉い人だった。
「しかし私とて負けはしない。今は子どもだが、いずれ成長して力を得て、帝国の中枢に青き牙を突き立ててやる!」
「……ッ!?」
「その時にはキミとは戦友として並び立ちたいものだ。ではさらばだ」
そしてフォルテさんらは去っていった。
……最後まで子どもらしからぬ堅苦しい口ぶりの娘だった。
しかし俺には、それ以上の驚きを彼女のセリフに見つけた。
「さっきのセリフ……」
――『青き牙を突き立ててやる!』
フォルテが言ったそのセリフに、俺には覚えがあった。
他でもない『ビーストファンタジー4』の本編中、ある敵キャラが戦いの直前に、極めて似たセリフを主人公に浴びせかけるのだ。
――『貴様の喉笛に青き牙を突き立ててやる!』
と。
それを言うキャラは『帝国守護獣十二使徒』第四位ウルフォルテ。
帝国で上位クラスに入る強敵だ。
実際俺はゲーム中で何回も全滅させられたし。
「……フォルテと、ウルフォルテ……」
同名ではないが、名前の一部がそっくり同じ。
……やっぱりそうなるのか!?