35 混戦
ともかく選抜会は佳境へと進んでいく。
もうこの二次選抜で全部決めてしまうらしいので、十二使徒の定員ぴったりの人数になるまで続くようだな。
つまりまだあと数十人は脱落しないと終わらない。
「にゃはははは! アタシとお兄ちゃんが最強なのだー!!」
乱戦で一番暴れているのは、我が妹セレンだった。
自慢の得物、巨大鉄棒を振り回し周囲の競争相手を次々場外ホームランしていく。
あの小柄な体のどこに、そんなパワーがあるのだろう? と思うほど。
当たり前のように人を天高く飛ばし、それでいて少しも息を乱す様子がない。
スタミナ無限?
「アタシのお兄ちゃんはやっぱり最強だったのだー! ちせーじゅつ無敵なのだー!」
テンションたっかい理由はそれか?
「自分の兄貴が国一級の強者とわかって、よほど嬉しいんだろうなあ」
「慕われてますね、お兄さん?」
後ろからガシとセキの大小コンビが話しかけてくる。
コイツらも、親衛隊を相手に戦いのコツを覚えて着実に勝ち星を挙げているようだ。
「お前らまた親衛隊と戦ってるのか?」
「仕方ねえだろ。二次まで残った人数の大半が親衛隊だぜ? 嫌でも親衛隊と戦うことになるっつーの」
「でもアイツら、戦ってみると案外実戦経験ないことがわかりやしてね。不意打ち騙し手でなんとかかんとか戦えてますよ」
スラム育ちのガシセキにとってケンカはお手の物。
逆にエリートでルールに縛られた試合しか知らない親衛隊員たちは簡単に手玉にとれることだろう。
「……それでも、絶対近寄りたくない相手もいるがな」
「まず妹さんでしょう? それから間違いなくあの二人……?」
あの二人?
ガシセキの視線があらぬ方向を向く。
なんだと思って俺もその視線を追うと、その先には……。
この会場でもっとも熱く激しい戦いが繰り広げられていた。
「ジラはオレのものだああああああッッ!!」
「ふざけるなあああああああッッ!!」
フォルテとサラカ。
異民族の姫様同士で、かつ親衛隊のメンバーでもある二人が、熾烈な一騎打ちしている!?
「ジラの実力は本物だぜ! アイツを引き入れればオレたちハヌマ族の地位は跳ね上がる! 絶対アイツをオレのものにする!」
「ふざけるな! あの人は誰のものでもない! 強者への尊敬のないお前に、あの人に近づく資格などない!」
めっさ殴り合いながら言い合いもしておる。
「うっせえ! テメエにそんなこと言う資格があるのかよ!? テメエだってオレと同じだろうが! アイツを取り込もうとアイツに近づいてんだろう!?」
「お前と一緒にするなボケ猿! 私が彼に寄せるのは純粋な恩義だ! そして尊敬だ! お前のような不純さなどない!」
「いい子ちゃんぶりやがって! だからテメエは嫌いなんだよ!」
「私こそお前が嫌いだああああッ!!」
激突によって巻き起こる衝撃波。
ここまで届いてビリビリする。
まあ凄い気迫。
不用意に近づいただけでも弾き飛ばされそうなんで皆、努めて近づかない。
「やっぱ凄いっすねえ、親衛隊準最強格のぶつかり合いは」
「準最強?」
なんだその微妙な言い回しは?
「親衛隊最強はずっと前からグレイリュウガ様で決まりでしたからね。ワータイガ様もそのレベルにいて、ずっと後ろに三位以下が続く感じなんすよ」
「ああ」
あの人たちもそもそもは親衛隊所属だったってことか。
「グレイリュウガ様ワータイガ様を別格として、残りの親衛隊で誰が一番かってのが時たま議論になるんです。最近はもっぱら異族の姫様二人が最有力の準最強候補でしてね。その二人のガチ激突ですよ。そりゃあ凄まじくなるでしょう?」
本当にセキは何でも知ってるな。
格好の説明役だ。
しかしフォルテとサラカ、そこまでの実力を有するようになっていたか。
実は驚くほどのことでもないがな。
原作というべき『ビーストファンタジー4』の中で、彼女らは十二使徒の三位と四位を占めてるわけだし。
一位二位が早抜けした今、続く彼女らにもっとも注目が集まるのは納得の流れだった。
「……それでも妹さんの暴れっぷりに比べれば霞みますけれどねー」
「…………」
……あれ?
たしかに、さっきから一秒一人のペースで殴り飛ばしているセレンの存在感が段違いに濃い。
フォルテとサラカの戦いぶりもたしかに凄いんだが、さっきから一騎打ちを続けているだけに、どうしても閉じこもった印象が……。
「ジラはオレにこそ必要だああッ!」
「違う! 私こそジラを必要としている!」
……。
彼女たちがあれでいいと言うなら、あれでよかろう。
「それよかジラ、キミこそこのままでいいのか?」
「ん?」
レイが、また一人敵を仕留めて帰ってきた。
性格ゆえか、同期の中では彼が一番真面目にコツコツ戦っている。
「今度の敵は堪えた……、ジラ回復を頼む」
「あいさー」
全回復魔法<メホラザン>を唱えて、レイの各所に負った傷がみるみる消え去る。
「それってズルくね?」
「ズルいっす!」
ガシセキから回復魔法使用への抗議。
わかる気はする。
「ズルいものか、利用できるものをすべて利用してこその戦いだ。それができない視野の狭いものを皇帝陛下がお求めになると思うか?」
「それはそうかも、だが……!?」
「同僚のジラが回復魔法を使えるなら、それをあてにしてペース配分無視で戦える。それは大きなアドバンテージだ。獣魔気の援けがない我々にとっては必要な戦略だと思わんか?」
「そうだな……!? ジラ! オレも回復してくれ!」
ガシが丸め込まれた。
まあ別にいいけど。
で、何の話しだっけ?
「ジラお前は、前半で魔術師三人を圧倒してから一回も戦ってないが、それでいいのか?」
ああ。
「別にいいんじゃない? 何故かあれ以降、俺に突っかかってくるヤツもいないことだし」
「そりゃあんな滅茶苦茶な戦いぶり見せつけられたら誰だって挑む気なくすだろうよ。誰だって自滅したくない」
そんなわけで俺はこの修羅の巷にて、あれ以来平穏に過ごせている。
「皇帝は例によって生き残れば勝ちとしか言わなかったし。何もせずに合格できたら、それに越したことはないんじゃない?」
「その皇帝陛下が直にご覧になっているのだ。やる気を見せておいた方がいいに決まっている。この場限りのことでなく後々に影響することだぞ」
それもたしかに。
「ということで、キミに用があるという者を連れてきたぞ。コイツを血祭りにあげて勝ち星にするといい」
レイが凄いことを言ってきた。
よく見ればたしかに後ろの方、風来坊的な青年が控えておるではないか!
「彼が、俺に!?」
「向こうで戦っていたら繋ぎを付けてほしいと頼まれた。あえてキミに挑もうという剛毅さ快い、と思って連れてきた」
そんなわざわざ平和を壊す真似を!?
青年は、俺のことをまっすぐに見詰め憚りもしない。
「な、なんだやるかぁー!?」
俺は荒ぶる鷲のかまえでもって迎え撃つ気概を見せるが、相手は特に攻めかける様子もなく、むしろ……。
急に泣き出した。
「なんで!?」
彼は言う。
「誤解しないでくれ、私に戦う意思はない。キミには一言礼を言いたくて……」
「?」
俺、何かしましたっけ?
「一次選抜で、キミは多くの脱落者の命を救った。その中に私の弟がいた……!」
「あー?」
「弟の恩人に、せめて礼を言ってから選抜を去りたかった。やはり帝都のレベルは高いな。キミのような無双の英傑、私ごときでは逆立ちしても敵わない」
と言いつつ、明らかに達人の気配を発する人。
一礼してから踵を返す。
「きっと、十二使徒というのはキミのような心技を兼ね備えた英傑こそ相応しいのだろう。健闘を祈る」
「あッ、ハイ。お疲れ様でした?」
そう言って去っていく男の背中を、我々は茫然と見送るのであった。
「……」
「……着実に徳を積んでるんじゃねえよ」
すみません。
こうして和やかな雰囲気にて二次選抜のバトルロワイヤルは進んでいった。
そしてついに、最終的な十人まで絞り込まれた。




