02 少年、戦う
どこからだろうか。
唐突に騒ぎが起こった。
物が壊れる音。
女性の悲鳴。
それらは注意を引き付けるに充分な異常音だった。
「なんだ?」
それら剣呑とした音は俺の耳にも届いた。
何かが起こったのは間違いない。
本当なら好んでトラブルに近づきたくはないのだが、今は妹セレンの探索中。
万が一にも妹が関係していたらという想像に、確認しないわけにはいかなかった。
走る。
俺もまだ子どもなので、体が小さいのが幸いだ。
たくさんいる人の隙間を縫って、進むことができた。
そして到着。
ここが喧騒の音源らしい。
帝都にいくつかある大通りの一つで、多くの人々が行きかう通路。
平日の昼間だから露店も開いてるし、交通人も多い。
ゆえに注目が集まる。
そこはいかにも『喧嘩中』とでも看板を掲げていそうな二者が睨み合っていた。
睨み合っているのが双方、子どもだということだ。
見立て俺(10)と同じか、少し上といった程度の年頃か。
『なんだ子どものケンカか』と一瞬脱力したが、すぐさま『単なる子どものケンカではない』というのが窺えてきた。
その証拠に……、とでも言おうか、子どもの背後には複数の大人が並び立っていた。
ソイツらが徒党をなして一緒に剣呑な空気を放っているため、一目で尋常じゃないとわかった。
「大人なら子どものケンカを止めればいいだろうに? 何一緒になって殺気立ってるんだ?」
我ながら子どもらしからぬ感想を持つなと思った。
ただ、数人の大人を取り巻きにしている子どもは一方のみで、もう一方の子どもは単独。
あれではもし本格的に荒事になったとして、単独の方に勝ち目はあるまい。
一方的にボコボコにされるだろう。
なんだこの大人げない不均衡は?
野次馬は皆思っていることだろう。
「どうだ? この見苦しい犬っころ一族め。このサラカ様に跪く気になったか?」
取り巻きを従えている方の子どもが、単独の子どもの方に迫る。
アイツらがどういう間柄なのかは知らないが、まあでも大勢で脅しかけようとする連中の方が印象悪いな。
対して単独の子どもの方は、不利ながらも毅然とし、一瞬も視線を逸らさない。
本当なら怖くて腰も抜けるだろうに大したものだった。
当人が子どもだから余計に感心する。
……まあ、今は俺も子どもなんだが。
「……卑劣なサルども。威張り散らすことすら群れなければできないのか?」
掠れた声で言い返す。
声の調子で初めて気づいたか、あのたった一人の方、女の子じゃないか?
まだ体つきもハッキリしないほど幼いからわかりづらかったが。
つまり向こうは女の子を多勢に無勢で追い詰めてるってことか。
益々印象悪いな。
「共も連れずに出歩くお前の迂闊さが悪いのだ! ……フンッ、まったく草原の犬っころ部族は鈍臭い。だから帝国にも敗けるのだ!」
「帝国に屈したのはお前たちハヌマ族も同じこと。だからここにいるのだろう?」
「ぐぬッ!?」
なんだかよくわからない言い合いをしているが、俺は何より今、妹セレンを探し出さないと。
騒ぎにすっかり気をとられてしまったが、そう俺は妹を連れ帰らないといけないんだ。
急がないと母さんが夕飯の準備を整えてしまう。
見物は打ち切って捜索に戻ろうとしたところ……。
「まちなさい!!」
いた。
妹セレン、いた。
なんと騒ぎのど真ん中に。
睨み合っている二人の子どもの間に割って入ってるじゃないか!?
なんでッ!?
「いじめはめーっなの! よわい者いじめするヤツがホントによわいヤツだってパパ言ってたの!」
妹が義憤に駆られて乱入しとるううううッ!?
義侠気取りかッ!?
しかし相手は。そんな子どもの正義感を受け止める余裕などない。
何せあっちも子どもなのだから!!
「弱いだと……!? オレが……!?」
一方的な非難を浴びせかけられたのは、お供付きの方の子ども。
妹の言うことは正論だと思うが、正論って、言うほど相手の怒らせるんだぜ。
「一般人風情が図に乗りやがって……! かまわん! コイツも一緒に叩きのめしてしまえ! ロボス族の娘共々!」
やっぱり相手ブチ切れた!
しかし取り巻きの大人たちは戸惑いの態度を見せて……。
「ですが帝国民に手を出しては、あとあと問題に……!?」
「かまわん! 我らハヌマ族が舐められることの方が問題だ! いいからやれ! 逆らう者は皆殺しだ!」
あの子ども、よっぽど偉い誰かさんの御曹司なのか、いい大人たちが唯々諾々と従って動き始める。
狙いは、最初から対峙していたもう一方の女の子と、あと俺の妹。
「よっしゃ、こーい!」
だからなんでそんなやる気なの妹!?
迎え撃つ気!? 迎え撃つ気なのか!?
でもさすがに無理でしょ八歳の女子に大人数人は!?
「ああッ!! くっそーッ!」
ここで遅ればせながら俺参戦。
トラブルなんて真っ平御免であったが、肉親の危機とあっては飛び出さないわけにはいかない。
「んッ? ……なんだッ!?」
駆け寄ってくる俺に、取り巻きの一人が気づいた。
さすがに十歳児の体じゃ上手く動かず奇襲というわけにはいかない。
そこで俺は呪文を唱える。
「<リアマ>!」
かざした手から放たれる炎。
真っ赤に燃え盛る火炎は毬程度の大きさではあったが、たしかな高熱と燃え盛る危険さでもって標的めがけて飛ぶ
「うがわッ!?」
放たれた小炎をまともに浴びる男。
服や髪に燃え移り、熱さに耐えかね地面を転げまわる。
今俺が放った<リアマ>は、『ビーストファンタジー』で使用する魔法の一つ。
攻撃魔法で、炎系の一番弱い呪文だ。
前世で『ビーストファンタジー』をやりこんだ俺としては、作中の魔法はすべて記憶しているし、こちらの世界で物心ついてからは密かに練習してみた。
そのお陰でごく初歩の魔法なら一通り扱えるようになっていた俺。
本当なら人前でぶっぱなしたくなかったが非常事態だ。
可愛い妹の危機なんだから!
「まッ、魔法ッ!?」
「あんな小さな子どもが魔法を使うだと!? 帝国人は年端の行かぬ子どもまでバケモノなのか!?」
いや、俺は貴重な例外と言ったところですけど……。
しかし大勢で子どもを襲うような情けない大人たちに説明する義理はない。
驚き戸惑っている隙に駆逐してやる!
「ぐえッ!?」
「ぐぼッ!?」
「ふぎッ!?」
一気呵成。
初歩火炎魔法<リアマ>を連射し、怯んだところで懐へ入り込み、腹へ一撃叩き込む。
子どもの腕力でも柔らかいところに入ったら充分痛い。
鳩尾に拳がめり込んで、崩れ落ちるのを確認し、さらに新たな標的へ魔法をぶち込む。
そんなこんなを繰り返していたら、俺の周囲で立っている大人は一人もいなくなってしまった。
皆、地面に転がりうめいている。
「ななな、なんだと!?」
慌てふためくのは、その大人たちをけしかけた子どもの一方。
残りもう一方の女の子は、妹セレン共々呆気に取られてこちらを見詰める。
あとさらに遠巻きにして見物人。
「おッ、おにーちゃ!?」
妹も、俺を見つけて戸惑いの声を上げている
「このバカ、考えなしに飛び出すんじゃない」
「ごめんなしゃい……」
心配する方の身にもなってみろ。
お前が怪我でもしたら、こっちの身が削れるわ。
さて、子どもながら数人の大人を瞬時に殴り飛ばした俺。
もちろんそれは俺に前世の記憶があることと無関係じゃない。
一応前世分の人生経験というか、経験値が蓄積されているからな。
その分体の動かし方とか、相手の虚の突き方とかを上手くやれる。
しかしそれ以上に大きな要因としては、やはり前世で『ビーストファンタジー』をプレイしたことだろうか。
初歩ながらも魔法を使えたのはそのお陰だからな。
とにかくそのお陰で、可愛い妹のピンチを救うことができました。