27 皇帝登場
獣魔皇帝ヘロデは、ごく普通の小国の王だったとされている。
群雄割拠する有象無象の国家の一つ。いつ他国から攻め滅ぼされるかと怯えていた。
転機は、獣神ビーストと契約を果たしてから始まる。
契約の下に獣神から獣魔の力を与えられ、それでもって軍を強化する。
周辺諸国を切り従え、国土を爆発的に広げる。
そしてとうとう国王から皇帝へと名乗り替え、獣魔皇帝ヘロデとなった。
……生涯を、侵略と自国拡充に捧げた異才は、既に全身に老いのしるしが現れ、干からびた表皮はシワだらけ。掻きむしった油紙のようであった。
設定ではまだ六十代に入ったかどうかぐらいのはずなんだが、それであの老い方は尋常ではない。
彼の歩んできた人生が、いかに過酷であったかの痕跡だろう。
それなのに瞳の輝きは煌々と。
灰の中で輝く炭火のように熱い眼光は、遥か遠くの地べたから見上げる俺たちにまで畏怖が伝わってきた。
皇帝は、言った。
「……帝国は永遠である」
天から降り注いでくるかのような重く硬い響きだった。
「帝国は永遠に繁栄する。衰えることも、病むこともない。歴史上唯一無二の、終わることがない国、それが我がベヘモット帝国である」
なんか凄いこと言いだした。
この非常識なまでの自負が大帝国を築き上げたってことか。
「そのための礎を築くのが今日の目的だ。『帝国守護獣十二使徒』。新たに組織する精鋭たちは、まさしく、帝国を守護するための守護神である。余はこのたび……」
あッ。
これ演説が長く続くパターンだ。
「ジラ静かにしろ……ッ!? 何をブツブツ言っている……ッ!?」
隣のレイから小声で窘められた。
皇帝の演説は続く。
「……これを見よ」
皇帝のアイコンタクトに促され、隣に控えるワータイガが進み出た。
何やら豪華な箱を持っている。
箱を開けると、中には宝石がいくつか入っていた。
それは素晴らしい輝きで、はるか足下の地べたに這いずる俺たちにまで煌めく輝きが届く。
「この宝石を『獣魔因子』あるいは『ビーストピース』という。獣神ビーストより与えられた新たなる力じゃ」
その言葉にどよめきが起こる。
「この因子には、濃厚かつ猛烈な獣魔の力が宿っておる。これを取り込めば恐るべきほどの獣魔の力を得て何倍も強くなれるであろう。……『ビーストピース』は、全部で十二個あった」
……『あった』?
「この因子は貴重なものじゃ。無能においそれ与えていいものではない。そこでまず、もっとも信頼置ける我が右腕グレイリュウガと、我が左腕ワータイガにそれぞれ一つずつ与えた」
皇帝は左右に控える二人の偉丈夫を指示した。
双方ただ者ならぬオーラを発し、付き従うことで皇帝の威厳を高めるのに一役買っている。
「強さをこそ重んじる我が帝国で、最強たるはこの二人のどちらかで間違いない。よって『ビーストピース』を与えるのに何ら迷いはなかった。……十二ある『ビーストピース』のうち二つを使い、残り十」
地上に、緊張感が走った。
「この残った十粒の『ビーストピース』を誰に与えるか。それを決めるのが今日の催しじゃ。……皆の者、さらなる力が欲しいか?」
「恐れながら皇帝陛下!」
地べたに跪く者の中から、誰から立ち上がった。
「私に『ビーストピース』をお与えください! 私はこれまで以上に強くなり、必ず皇帝陛下の御ために! 帝国に役立って見せます!」
「いいえ私こそ!」
なんか別のヤツが立った。
「私こそ『ビーストピース』を拝領するに相応しい! より強大な獣魔の力を得て、十二使徒となり、帝国の力そのものとなりとうございます!」
えッ?
あれフォルテじゃない?
フォルテも負けじと自己アピール?
「いやオレの方が『ビーストピース』に相応しいぜ! 皇帝陛下! どうか機会をお与えください! 山の民ハヌマ族こそが西方最強であり、より皇帝陛下に忠勇であることを示す機会を!」
サラカまで対抗して名乗り上げ始めた!?
ここで遅れてはならぬと広場の猛者たち、一斉に立ち上がって自己アピールを始める。
「オレだ! オレこそが最強だ!」
「必ず『ビーストピース』を頂き、十二使徒となる!」
「ここにいる全員私に比べればザコよ!」
「トンカツ食べたーい!!」
ここでのアピールが合否に直結するとばかりに苛烈な主張合戦。
レイやガシまで立ち上がって必死に声を震わせる。
……どうしよう? 俺もなんか主張した方がいいかな?
「お兄ちゃん! アタシらもなんかゆっとこう!」
「おお! そうだな!」
妹セレンに促されて一緒に声を張り上げる。
「アタシが最強なのだー!」
「税金下げろー!」
「でもお兄ちゃんがもっと最強なのだー!」
「福祉を充実させろー!」
やかましすぎて収集がつかなくなりそうだったが、皇帝が手を上げただけでスッと波引くように静まった。
「……フッ、頼もしき精鋭どもよ、お前たちの気炎はよく伝わった。あと帝国の税制は適正である」
やべえ聞こえてた。
「しかし口だけなら何とでも言えるものよ。よってこれより皆の者には実力を示してもらう。『ビーストピース』を得るに相応しいかどうか」
そのための選抜会。
「奮え! 戦い、駆け抜け、用意した障害を乗り越えて見せよ。それらを切り抜け、最後まで残った十人に『ビーストピース』を与え、グレイリュウガ、ワータイガと同列に並ぶことを許す。その者たちこそが……!」
皇帝、溜める。
「……このベヘモット帝国に新たに創設される、この獣魔皇帝直属の最強精鋭集団『帝国守護獣十二使徒』である!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」」」
地を割らんばかりの歓声が巻き起こった。
みずからを強者と定める荒くれ者たちの……、野心と、自尊心と、闘争心が炎となって荒れ狂う。
「……ジラ! オレはやるぜ!」
隣でガシが猛っていた。
「必ず合格してやるって気は元々あったが、皇帝陛下のお言葉を受けてますますやる気が燃え上がった。『合格できなきゃ死んでやる』って気すらしてきたぜ!!」
「私もだ!」
レイも暑苦しくなっていた。
「ワータイガ様の言われたことの意味がようやくわかった! 私が忠誠心の処し方を覚えていないと! 私が忠誠を捧げるべきはまず誰より皇帝陛下なのだ! 皇帝陛下を第一に掲げることを知っていれば、私は間違うことはなかった! もう間違わない!」
皇帝の演説力すげえ……!?
こうまで人心を掌握してしまうとは。あの老人が、ただ悪神より貰った邪悪な力だけで大帝国を築き上げたのではないとわかる。
「その辺一作目のラスボス獣魔王とは全然違うよなー」
まあ関係ないが。
「それではさっそく選抜会を行うとしよう」
皇帝。
「無論、帝国最強の十二人を決める選抜だ。生半なことでは突破できぬこと、お前たちも承知しておろう。あって当然の覚悟を元手に挑むがいい。最初の障害は……」
高きテラスの上にいる皇帝が、パチンと指を鳴らす。
それを合図に遥か下方、地べたの広場で動きが起こった。
広場の端にある大きな門がギギギ……と音を立てて開く。
やたらデカい門だった。
人間の数人ぐらい余裕ですれ違いながら出入りできる。
そんな大きな門から、その規模に相応しい大きなものが姿を現した。
「あれは……!?」
「魔獣!?」
「魔獣だ! しかもデカいぞ!」
大門を、狭苦しげにくぐって現れる魔獣。
つまり大型。
俺が夜山で倒したスパイク・ビッグ・フェイスよりも遥かに大きい。
あの皇帝!
それってもしや、選抜会の第一関門から魔獣と戦えってことですか!?
ハードですなあ!?