26 猿姫との再会
「誰だ!? いかにもケンカ腰なことを言う子は!?」
視線を走らせ、暴言の主を確認。
姿を見つけて……。
「誰?」
ってなった。
やっぱり知らない人だ
第一の印象として若い女性だ。
出るところは出て着衣を押しのけんばかりに膨らんでおり。フォルテにも劣らぬグラマラス。
そのくせ服装は全体的に野暮ったく、胸元や腋がチラチラ見せそうな蓬衣は見られることに無頓着なのではないか? という風だった。
「ジラだな? やっと会えたぜ?」
「へ?」
なんかワイルドな出で立ちの女性に、そんなこと言われたんだけど。
困惑した。
彼女が誰なのかわからない。
たった今知らない人認定したばかりなんですけど!?
「この五年間、お前のことを考えない日はなかったぜ。こっちは一日も早く雪辱を果たしたかったのに修行の旅になんか出やがって。おかげで汚名返上がずっと先延ばしになったじゃねえか」
「ええ……、あの……?」
「でもお陰で、これ以上ない舞台が整った。オレがお前をブチ倒すのに皇帝陛下の御前ほど相応しい場所はない。五年前の屈辱を必ずここで晴らしてやるぞ」
「五年前!?」
五年前と言えば、ちょうど俺が修行の旅に出た頃だから、なんかあったのは納得できるが……。
この美人のお姉さんに何かやらかした心当たりがまったくない。
どういうことなの!?
『誰かわかりません』とか言ったら無礼千万すぎるし……。
そこへ、このワイルドお姉さんに気づいたのがもう一人いて。
「なんだサラカじゃないか。お前もいたのか?」
とフォルテが言った。
「ああ? いるに決まってるだろ。帝国最強を決める選抜会だぜ、オレがいないと意味ないだろう? そもそも親衛隊員は全員参加なんだからお前がいてオレがいないわけないだろうがよ!?」
「それは失礼した。しかし恥を掻く前に帰ったと思っていたのでな。私と戦うことになれば赤っ恥は免れんぞ?」
「逆だろうがよ! お前も、ジラもオレが倒し、今度こそハヌマ族が最強であると知らしめるんだ! 五年越しの念願が今日やっと叶うぜ!」
この時俺は、急激な既視感に襲われていた。
フォルテと張り合う、あのワイルド女の雰囲気に覚えがある。
以前見た時にはもっと小さかったが。
そして決定的なことは、さっきフォルテが口走った『サラカ』という名前。
その名前は。
「キミはまさか……!?」
震える手で彼女を指す。
「フォルテのことを苛めていたクソガキ!?」
「誰がクソガキだあ!?」
そうあれは五年前のこと。
帝都の大通りで二人の子どもがケンカしていた。
それだけならば大したことでもないのだが、一方の子どもが大人数人を引き連れて相手の女の子一人を取り囲んでいるので『義を見てセザール』と思って助けに入ったのだ。
思えばあの出来事がフォルテとの出会いであり、俺が強さを求め旅立つきっかけともなった。
その際フォルテを脅かしていたチンチクリンのガキが、サラカと名乗っていたが……!?
「キミがサラカ?」
「そうだよ! 五年ぶりだ! ちゃんと覚えてるだろう!?」
「うん、覚えているけど……!?」
つい今思い出したとは言えない、そこで……。
「いやでも最初わからなかったよ! 昔と全然違うんだもん!」
「そうか。……そうか!」
「いやあ、まさか女の子だったとは! 昔はチンチクリンだったから男だと思ってたのに! だから最初はまったく……!」
「え?」
上手く誤魔化そうとしたところ、サラカの表情が凍った。
俺なんかやっちゃいましたかね!?
「ジラは俺のこと男だと思ってたのか? 今日までずっと……!?」
「うん……?」
「そんな……! 俺はずっとお前のこと、一日も欠かさず想ってきたのに、お前はオレのこと男だと思ってたのかよ? つまり眼中にない?」
なんで涙目?
「煩え! こうなったら今日の選抜会で改めてオレのことを認めさせてやる! 二度と忘れられないようにな! 覚えてやがれええええッ!!」
そう言って駆け去っていった。
気まずい沈黙だけがあとに残った。
「……サラカは、ハヌマ族族長の娘。私と同じように一族が帝国の支配下に入り、人質として送り込まれた」
ちなみにフォルテのロボス族と、サラカのハヌマ族は生活圏が近く、ために仲が悪いらしい。
何百年も前から争い続けてきたが、結局外からやってきた帝国に両方飲み込まれてしまった。
「そうした因縁か、同じ人質の境遇なのにヤツとは張り合うことが多くてな。ジラが旅に出ていた五年間で私は皇帝親衛隊に入ることができたが、ヤツも同様だ。ロボス族のメンツに懸けて、帝国での出世レースもハヌマ族に負けるわけにはいかぬ」
そして今日、親衛隊よりさらに上の十二使徒の選抜が始まる。
「ヤツもまた十二使徒入りを狙っているのは間違いない。私はこの選抜会でヤツと競い、ヤツよりも上の序列についてみせる。……ジラ」
「はい」
「共に頑張ろう」
フォルテが差し出してくる手を、俺は握り返した。
戦いの前の、敵との握手。
競い合う相手に敬意を払う度量を彼女は見せつける。
それで綺麗にまとまろうとしていたところに。
「うおりゃあああああ……ッ!!」
駆け去っていったはずのサラカが戻ってきた。
なんで?
「言い忘れたことがあった! おいジラ! オレは今日の選抜会で、お前に受けた屈辱を必ず晴らす!」
いや、それは前に聞いたが?
「だから、もし今日の選抜会で、オレの方がお前に勝ったら! ……オレのものになれ!」
「は?」
何を言ってやがるんですかね?
「オレの部下となり、一生オレのために働け! オレの下で、お前もハヌマ族の一員となるのだ! いいなわかったな!」
「はー? 何を言っているのだ?」
その言葉に何故かフォルテが反応した。
「何故ジラがお前なんぞの部下にならねばならんのだ? 覚えておけ。ジラは私と共に、帝国最強の男女として君臨するのだ。お前の付け入る隙などない!」
「犬っころ部族が図に乗ってんじゃねえ! ジラの力は、ハヌマ族のオレの下でこそ輝くんだよ! オレがこの五年間どれだけアイツにまた会うのを心待ちにしていたか!」
「それはこっちも同じだあ!!」
おお、仲悪い。
さすが敵対部族の姫たちだけあって顔を合わせたらケンカするしかないらしいな。
困ったものだと眺めていたら、背後からガシ、レイ、セキの三人が寄ってきて。
「おおどうした三人共? ……うわッ? 何故俺の足を踏もうとする? しかも三人一緒に? うわ、やめろやめなさい三人がかりで足踏もうとするな! 俺よけまくって変なダンス踊るみたいになっとるじゃないか!? セレンまで交ざってやめなさい! これはそういう遊びじゃない!?」
何故か皆から一斉に足を踏まれそうになる俺だった。
頑張って全部よけた。
そんなことしてたら思ったより早く時間が過ぎ去り、いきなり周囲の空気がガラッと変わった。
広場の遥か上方にテラスがあり、そこから三人の男が出てきたからだ。
そのうち左の一人は、こないだ会ったワータイガ。
既に十二使徒の第二位に就いている強豪。
そして他の二人も知っている。
前世から持ち込んだゲーム知識で、面影で記憶と合致する。
右側の美青年は十二使徒の第一位グレイリュウガだろう。
その二人に両側を挟まれ、たたずむ老人。
朽ちたように老いながら、それなのに威厳と覇気が溢れたち、無言のままに平伏してしまいそうになる。
そして実際広場に集った猛者たちが次々、その老人に向って平伏しだした。
「ジラ! 何やってるお前も跪かんか!」
既に体を屈しているレイが咎めるように言った。
「わかるだろう、あの方こそ我々の主! ベヘモット帝国の支配者! 選抜会の前にみずから玉体を現しくださるとは……!?」
そう、あの老人こそベヘモット帝国の主。
獣魔皇帝ヘロデ。
獣神ビーストと契約し、帝国を最強侵略国家へと育て上げた魔の帝。
『ビーストファンタジー4』のラスボスとなる人物だった。




