01 生まれ落ちたのは
『ビーストファンタジー』は、かつて俺が生きていた世界におけるロールプレイングゲームの代表シリーズだ。
第一作目が発売されたのは前世の俺が小学生、……ゲーム機がまだ8ビットだった頃。
当時まだRPG自体が物珍しかったご時世に大ヒットを飛ばし、その勢いを受けて二作目、三作目と順調にシリーズを重ねて国民的ゲームソフトの一角に食い込んだ。
かくいう俺自身も、青春時代は『ビーストファンタジー』と共にあった。
記念すべき第一作目をプレイしたのが小学生の頃。
『ドハマリ』という言葉はその当時なかったが、まさに『ドハマリ』した俺は、以後の二作目、三作目も発売日と共に購入。
仮病を使って学校を休んでは一日中プレイしたものだった。
そんな『ビーストファンタジー』はシリーズを重ね、俺の知る限りで『11』まで発売された。
当然のように、そのすべてをプレイした。
ドハマりしすぎて、ただクリアしただけでなく周回プレイとか、スキルやアイテムコンプリートとか、縛りプレイとかも色々やったぜ。
そして『12』が発売されたかどうか俺は知らない。
その前に俺自身が死んだから。
そして『ビーストファンタジー』の世界に、俺は転生した。
まさかマジでゲームの世界に転生させてもらえるとは。
神様も粋なことをしてくれるぜ、ありがとうという気持ちでいっぱいだった。
俺が新たに生まれ落ちたのは『ビーストファンタジー4』の世界。
『4』だ。
俺の知る限り全十一作ある中で何故『4』がチョイスされたのかは俺にもわからぬ。
単なる偶然だろうか?
『ビーストファンタジー4』は、悪の帝国との戦いの物語だ。
邪悪な神『獣神ビースト』と契約したベヘモット帝国は、邪神から与えられた力でもって戦争を仕掛け、連戦連勝でどんどん領土を拡大していく。
その侵攻に、主人公とその仲間たちが正義として対抗していく。
最終的には帝国を倒し、世界に平和を取り戻す……。というのが全体の流れ。
まあ実にオーソドックスな、ストーリー重視のRPGらしいあらすじと言えよう。
そんな世界に俺は生まれ落ちた。
何故それがわかったのかというと、俺の生まれた国がまさしくベヘモット帝国であったからだ。
『ビーストファンタジー4』の最重要要素にして主な舞台でもある。
その帝国の名前を忘れようがなかった。
だから転生直後に気づけたんだが……。
しかし同時に困ることにも気づいた。
俺が帝国に生まれたってことは、帝国民ってことじゃないか?
悪の帝国の?
ベヘモット帝国は、野心を隠そうともせず隣接する周辺国と戦争しまくっている侵略国家だ。
典型的な悪役。
そんな帝国に生まれ落ちた俺も、悪の一員と言えなくもないだろうか?
もしこの世界が本当に『ビーストファンタジー4』の世界なら、ゲームの通りに進むなら。
いずれ帝国は、主人公に倒されて崩壊することになる。
その時俺はどうなっているのか?
一帝国民として?
ここは思案のしどころ。
選択を誤ると祖国もろとも破滅しかねない。
たしか前世でのプレイでは、皇帝が倒されると共に帝国も崩壊。
国民は解放されてヒャッホーという結末だったはずだ。
つまり帝国に所属していても、上位に所属さえしていなければ破滅は避けられるということ。
そこで俺の方針としては、こうだ。
帝国民ではあるけれども帝国とはなるべく関わらずに生きていこう。
公職や重職に就いたりせず、あくまで一庶民として。
そうすればストーリー通りの展開を迎えて帝国が崩壊したとしても運命を共にすることはない。
一時の混乱はあるだろうが、その後の世界を平穏無事に過ごせるに違いない。
というわけで俺。
二度目の人生を日陰で静かに暮らすことにしました。
◆
さて。
悪のベヘモット帝国に転生した俺だが。
具体的にはどこにでもある一般家庭の家に生まれた。
よいことだ。
貴族とか、軍人とか、重役の息子なんかに生まれてしまったなら、それこそ国家と命運を共にするしかなくなるからな。
一庶民なら国家からの扱いは軽いが、その分しがらみもなく自由に身を処すことができる。
帝国首都アービスの片隅にある我が家は、家族四人が暮らしていくのにちょうどいい慎ましさ。
父と、母と、俺と、妹。
それが俺の新しい人生での家族構成だった。
現在、帝国歴九十二年。
俺は十歳になっていた。
前世での記憶は物心ついた時からあって、そのお陰で注意深く行動することができた(自己評価)。
おかげで平穏無事に過ごすことができた。
しかし人生まだまだこれから。
むしろここからが本番と言える。
このまま最後まで平穏無事に過ごし、無難に成長して、ごくありふれた真っ当な職業について、美人でなくてもいいから気立てのよい嫁さんを貰って、その間に二人ないし三人の子どもを設けて育て上げ、定年で仕事を務め上げたあと孫たちに囲まれながらベッドの上で老衰にて静かに逝く。
そんな人生をまっとうするのだ。
このファンタジーな、ロールプレイングな世界で。
とはいえ、今の時点では俺もまだ十歳の子どもにすぎぬ。
「ジラ? ジラー、どこにいるのー?」
母さんが俺のことを呼んでいる。
ジラ、というのは俺がこの世界に生を受けて改めて得た名前だ。
当然、前世では別の名前が……姓名合わせて漢字四文字から五文字程度の和名があったはずだが、もうすっかり忘れてしまった。
それでいい。
俺はもはやベヘモット帝国生まれのジラくん(10)なのだ。
で。
母さんだ。
俺を呼んで何用だろう?
「どしたの母さん?」
「セレンがまたいなくなっちゃったのよ。もうすぐお夕飯だっていうのに」
セレンは俺の妹。
二つ下で、今年八歳になる。
年齢相応のお転婆で、ここ最近は断りもなく外へ遊びに出かけてしまう。
そして日が暮れるまで帰らず、帰ってきたら必ずと言っていいほど全身泥だらけになっている。
そのたび母さんに叱られ、遊びにいくたび注意されるので、仕舞には黙って出ていくことを覚えてしまった。
「わかった、また探してくればいいんだね?」
「悪いわねいつも……」
いつの間にかいなくなったセレンを捜しに行く。
それはもう俺の役割みたいになっていた。
手間のかかる妹だ。
知らないうちにいなくなって母さんや俺がどれだけ心配することか……。
「外がこんなだからな……」
家の外へ出ると、すぐさま雑多な人混みが立ちはだかった。
俺の住む帝都アービスは大都会。
多分この世界で一番栄えていると言っていいんじゃないだろうか?
であるだけに人はたくさん。
一歩大通りにでも出たら人でごった返している。
平日だというのに『祭りか!?』と叫びたくなるような賑わいだ。
だからこそ心配でもある。
これだけ人がいたら邪な人物とて紛れ込むのもたやすく、可愛い妹は標的となりやすい。
ウチの妹は本当に可愛いのだ。
比喩とか誇張でなく可愛いのだ!!
だからこそ心配でたまらない。
割と本気になって探し、いつもであれば、なんかやたらに見つけにくい路地裏の片隅にいるのを発見する。
妹は見つかると必ず言うのだった。
『みつかったー、おにーちゃは、かくれんぼが上手いなー!』
心底から明るい声で。
かくれんぼしてるんじゃねーよ、と内心ぼやくのだが、どうやら妹としては、そんな一日一回の兄とのかくれんぼが楽しくて仕方ないらしく、雨でも降らない限りこの日課を欠かさない。
言いつけを守って危険なところには近づかないから、とりあえず妹の心からブームが過ぎ去るまで日課のかくれんぼには付き合ってやるつもりではあった。
しかし今日は……。
……なにやら街の中心の方が騒がしかった。