17 訓練後の親睦
権力に屈したアテコロ教官が使い物にならないので、あとは自主訓練になった。
バテてリタイヤした訓練生たちも励まして、なんとか皆で一から行軍訓練をやり直す。
「『ビーストファンタジー』が出たぞ!」
「「「「「『ビーストファンタジー』が出たぞ!?」」」」」
「コイツはどえらいRPG!」
「「「「「コイツはどえらいRPG!?」」」」」
こういう時歌の力は偉大だ。
歩き進みながら、皆で一緒に歌うことで団結を増し、気力を高める。
俺が先頭で音頭を取って、後続の皆が熱唱する。
おかげでほとんどの訓練生が脱落することなく訓練終了時間まで疑似行軍を続けることができた。
「にゃははははー! 頑張れー! 皆頑張れー!」
そして妹セレンは、常に隊列の先頭に立って訓練生たちを応援していた。
つまりは一緒になって疑似行軍していたようなものなんだが、恐るべきことにあのクソ重い鉄棒を担ぎながら、ついに最後まで息切れすることなく踏破してしまった。
「セレンは凄いなー、体力あるなー」
「「「「「お前もな!!」」」」」
また周囲からツッコミが飛んできた。
一体なんだ。
この程度のペースで息を乱すわけがないだろう。
こちとら『たぬ賢者』との修業で、道なき山野を一昼夜歩き通したこともあるんだぞ。
遭難に備えて五十キロ以上の荷物を背負いながら(半分嫌がらせ)。
それに比べれば今日の疑似行軍は、道が平らなだけ全然楽だ。
「お兄ちゃん! そろそろ晩御飯だからアタシもう帰るね!」
「おう、父さん母さんによろしくな」
「明日もまた来るねー」
「「「「「明日も来るの!?」」」」」
こうして一日の訓練が終了となった。
もちろん訓練生たちは、このまま帰宅とはならず兵舎にて寝起き、戦時での共同生活や休養のとり方を学ぶ。
「いや旦那! 旦那には驚かされ通しですよコノコノ!」
そして訓練が終わるなりすり寄ってきたのが小男のセキだった。
コイツ訓練終了直後だっていうのに余裕あるな。
「まさか旦那の親族に超VIPがいらっしゃるなんて! これでアテコロのクソ野郎も旦那に手出しできなくなりますね! いい気味っすよ!」
教官をクソ野郎とは。
いや、そう言われて仕方ない性格はしているけれど。
「やっぱりそれは、妹がお偉いさんだから?」
「もちろんですよ! そもそも教官は、訓練生に対して神のようにふるまえる権限を持っていますが、実際には違います。訓練生を辞めさせることすら、一人の判断じゃ無理なんです」
「ほう」
新兵は、帝国軍にとって貴重な財産だ。
それを訓練段階で取りこぼさないためにも、脱落者の選別には慎重な判断が求められる。
担当教官一人だけでなく、最低でも別の教官職一人の意見具申を併せ、教導局長最終判断をもって兵士不適格が決まるんだそうだ。
「あんまり脱落者が多いと、教官自身の汚点になっちまうからな。できるだけ脱落者は出さないようにしっかり鍛え上げるのが錬兵所自体の方針なのよ」
「なのになんでアテコロは率先して脱落者を出そうとしてるんだ?」
「アイツ個人が、ヒトを苛めるのが大好きなんだろう?」
「クズだな」
「クズなんだよ」
しかし大ぴらに追い出してはヤツ自身の査定に響くため、目立たぬよう苛め抜いては自主的に辞めるよう仕向けて行くのだという。
しかしそんなことまでセキはよく知っているなと感心した。
「耳がいいのだけが得意なんでね。とにかくアテコロが何かやらかしたら妹さんを通じて上層部にまで伝わる。少なくとも今年は何もできないさ、あの野郎」
「俺を諦めて他の誰かをターゲットにしないか心配だな」
「だったら旦那が目を光らせといてやれよ。今期訓練生のリーダーとして!」
誰がリーダーやねん。
「そうやって取り入り先を転々と変えていくのか? 昨日まで慕ってた大男のアニキはどうした?」
「ガシさんすか? 彼ならそこでへばってますよ?」
指示されるままに視線を追うと、その先に息絶え絶えの大男がいた。
地面に大の字で倒れ、死んでいるのかと思えるほどピクリとも動かない。
「……ガシさん。死んだかと思って心配するから呼吸ぐらいしてください」
「……ぜぁ、ぜぁ」
よかった生きてた。
「ジラの旦那に張り合って飛ばし過ぎるからですよ。だからこんな会話も困難になるほどバテるんです。ほら水飲んで……」
「がぐっふ!」
セキは、腰に下がった革袋の水筒を、兄貴分の口内に捻じ込む。
ごっきゅごっきゅと喉を鳴らす音。
「……ぼげッ!? セキぁ! テメエ流し込むように飲ませるんじゃねえ! 鼻から逆流するだろうがあ!!」
「よかった蘇生した……」
案外面倒見のいい小男だな。
単に強いヤツらの懐を渡り歩く寄生男みたいな雰囲気を出しているのに。
見かけに寄らない人なのか?
「……おい、ジラ!」
「はい」
「今日は何もかもお前に負けたが、今に見ていろよ。いつかオレこそがお前を追い越してやる!」
はい。
「そんなのできるわけないじゃないですかアニキ。ジラの旦那は土台からしてバケモノのエリートなんすよ。オイラたち凡人が何やっても勝てないっす。アニキも一緒に取り入って旦那の舎弟になって、おこぼれに与りつつ甘い汁を吸いましょうよ」
めっちゃ明確な寄生目的あった。
「嫌だ! オレは、オレ自身の力で帝国最強兵になるんだ! そうでなきゃ意味がねえだろうが!」
「志高いなあ」
しかし最強となることに何の意味があるのか?
ここだけの話、ベヘモット帝国はゲームシナリオ通りなら遠からず滅亡する国だ。
智の勇者であるセロの手によって。
そんな国家のトップになったところで虚しいだけではないか。
「アニキは気負いすぎなんですよ。期待に押し潰されたんじゃ、兄弟たちが却って悲しむじゃないですか」
「ほう」
何か興味を引きそうな話題だな。
詳しく。
「……オイラもガシもね。スラムの孤児なんすよ。親の顔なんか知らずに育ちました」
「へー」
なんか思ったより重い話来たな。
帝国で孤児が増える事情は、他の国と若干異なる。
帝国では強いことだけが正しい。
弱さはそれ自体で悪であり、生まれつき弱い子供を産むのは親の悪とされるほどだ。
人間、どうしても体の強弱に生まれつきの差はある。
体が弱いと見做された子どもは、帝国の役に立たないからと捨てられてしまう。
帝国のすべての親がそうではないが、そんなろくでなしの親もある程度の割合いる。
それもベヘモット帝国がいずれセロによって滅ぼされる、然るべき理由の一つだろう。
「オレも今はこうだが、昔は体が小さくてよ。セキとは孤児同士兄弟同然に育ったが、十年前はセキよりオレの方が小さかった」
観念したようにガシも語り出す。
「だからオレの親も俺を捨てたんだろうな。こんなチビが将来帝国の役に立つはずがねえと。それが間違いだと思い知らせてやるために、オレはデカくなった」
「アニキは頑張ってましたよねえ。スラムの少ない食料を何とか掻き集めて、吐きそうになっても無理やり食って。それでここまで大きくなったんでさあ……」
彼と共に育ったというセキまで語る。
「いつの間にかスラムで一番体格の良くなったオレを、皆が頼るようになった。俺が正規兵として採用されれば、それで戦果を挙げれば、スラムの仲間を全員食わせるご褒美が貰える。そのために自分の食う分も我慢してオレに分けてくれた兄弟のためにも、オレは出世しないといけないんだ!」
「スラムにはね、オイラたちと同じような境遇の子どもらが、助け合って暮らしてるんすよー」
それでガシはこんなにも手柄を求めているというのか。
出世して、貧しい仲間を養えるだけの財力を得られるように。
初対面で俺に絡んできたのも、スラムの子どもたちに少しでも食べさせてやろうと。
お金を欲し、恐喝まがいのマネまでして……。
「……すまん、お前に倒されてやれなくて」
「何が!?」
慈しむようにガシの肩をポンと叩く。
「これから困ったことがあれば何でも言ってくれ。力を貸そう。俺たちも同期の訓練生だ。兄弟同然じゃないか」
「何か気持ち悪い絡み方してきた! やめろ怖い! なんで泣いてるんだ!? うわキッモお前!?」
初めて出会ったときはただのザコキャラとしか思わなかったのに、案外いいヤツじゃないか!
こうして俺の錬兵所生活は、実り多きことがよく起こるのであった。




