13 強くなった妹
「お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃあああああッ!!」
俺の姿を認めるなり、駆け寄ってくる妹セレン。
その足音が、ズドドドドドド……、と恐ろしい響きになっている。
「お兄ちゃん! 帰って来たんだねえええッ!!」
「ぐべしッ!?」
抱き付くのがタックルとそう変わらなかった。
衝撃で、内臓が口から飛び出しそうになる俺。
「お兄ちゃあああああッ!! 会いたかったああああッ!!」
「ぐえええ……!?」
本当に、本当に妹セレンなのか?
俺が十歳、妹が八歳になるまで常に一緒にいた。
それから修行のために離れて暮らすこと五年。
五年ぶりに会った妹は、何というか激烈に強くなっていた。
その姿は、俺が旅立つ前と変わらず小さく可愛いものだが、五年前と比べたら成長はしている。
今、妹セレンは十三歳のはずだ。
だとしたら年齢相応の小柄さではあるが、強さに関しては全然年齢相応じゃない。
ついさっき大の男を二、三十人と枯れ葉のごとく吹き飛ばした。それをこの目でたしかに見た。
我が妹の仕業だったのだ。
「……なんというか、変わったなあセレンは!?」
主に強さが……。
旅立つ前はたしかに世間一般の妹であったはずなのに、再会したら何故無敵の妹に?
「お兄ちゃんは変わらんねえ?」
「え? 変わっただろう?」
「変わんないよー、お兄ちゃんは変わってない!」
変わっただろうよ。
そのために五年間たぬ畜生の下で修業に励んだんだぞ。
俺だって成長期だし、背も伸びたし顔つきも変わっただろう。
「お兄ちゃん、変わってないー」
「…………」
……まあ。
可愛い妹が『変わってない』と言い張るなら従っておくか。
きっと本質的な話だろう。
きっとそうだ。
「お兄ちゃん、やっと帰って来たんだね。アタシずっと待ってたのに」
「五年経ったら帰ってくるって言っただろう。ちゃんと約束は守ったよ」
いやそれよりも。
気になるのは俺のことより妹のことだ。
妹の五年間に何があったというのか。
訓練場に散らばり倒れる気絶した男たち。
妹セレンの仕業だ。
何故可愛い妹がそんな物騒なことをしておるのか?
これが訓練場での出来事ならば、それは考えるまでもなく戦闘訓練の一環。
しかし妹セレンが何故戦闘訓練などしているのかということからして謎だし、そのために数十人を動員し、かつそのすべてをのし倒したということも謎過ぎる。
既に俺の理解の許容範囲を超えていた。
「妹が……、俺の可愛い妹が……!?」
飲み込み切れずに脳みそバーンしそうだった。
「セレン……! お前この五年間何があったんだ!? お兄ちゃんの知らないうちに何が起こったんだ!?」
「それを聞きたいのはこっちだよー。お兄ちゃん、旅先でどんな修行してきたの?」
いや明らかにセレンの方が気になる!
それに比べたら俺のことなんかどうでもよかろう!
「えー? でも説明するのめんどくさいー?」
「ものぐさな妹め!」
「あ、じゃあこうすればいいんだ。……お姉ちゃーん! フォルテお姉ちゃんーん!!」
お姉ちゃんとな!?
「ちょっと来てー! お兄ちゃんが帰ってきたよー!!」
その声に反応して、振り返る者が一人。
女性だった。
まあ『お姉ちゃん』と呼ばれたんだから当然かもしれないが、
ただ絶世の美女だった。
体つきの曲線、その色香、遠目からでもわかる凛とした雰囲気は生唾飲み込む魅力に溢れている。
その女性は、同じく訓練場の別区画で数人を横一列に並べ、何かしら述べていた。
何やら指導を行っているようだったが、セレンの声に反応して振り返ると、何やら戸惑うような気配を発しつつ、こちらへ駆け寄ってきた。
「ジラ! まさかジラなのか!?」
「はい、そうですがアナタは?」
「忘れたのか! 私だフォルテだ!」
んんー?
そういわれて考え込むこと数秒。
思い当たった。
それは五年前、俺が修行の旅に出るきっかけとなった出来事。
往来のケンカで助けた少女ではないか。
「あの時の……!? 久しぶりだなあ、また会うことになるとは」
「私は必ず会えると思っていた。お前ほどの強者だ。同じ場所を目指すなら、必ずどこかで道が重なると」
「同じ場所?」
「最強者の頂!」
いやいやいやいや……!?
俺はそんなところ目指したこと一度もないんですがね。
俺が目指すところは常に平穏ですが。
「しかしジラは変わらんな。一目でアナタだとわかったぞ?」
彼女までセレンと同じことを言う。
しかもそう言うフォルテの方は目に見えて変わった。
率直に言って女になった。
……いや、彼女の性別は最初から女で変わりないのだけれども。
五年前の、まだ子どもの幼さを残した少女とは打って変わって豊満な女性の体つきになっている。
出るところは出て、引き締まるところは引き締まり、理想的な丸みを持つ体つきは、あらゆる男の視線を引き付けるだろう。
よりぶっちゃけて言うと、おっぱい大きくなった。
俺も健全な男子なれば、その巨乳を前にして惑乱されてはならぬと理性を保つのに大変だ。
こんな時こそ『たぬ賢者』の下で鍛えた理性が役立つ。
「まあ、それよりも何故キミがウチの妹と一緒に?」
理性を保つための対処法その一、話題ずらし。
強引に話題をすり替えることで興味を別のことへもっていく!
「それをアナタが言うのか? ……今から五年前、助けてくれたお礼を述べるため改めてアナタを訪ねた。しかしアナタは修行に旅立って数年は帰ってこないという」
「あー」
俺が旅立ったあとにそんなことがあったのか。
彼女の答礼を待たず、俺は修行の旅に出た。その時のことを思い出してかフォルテは恨めしそうに俺のことを見詰める。
「その時にセレンにも会った。思えばあの時、アナタより先に援けに飛び込んだのは彼女だからな。彼女にも礼を言わねばと思って」
「ほう」
「その時セレンは随分寂しそうにしていてな。兄であるアナタがいなくなっては仕方がないことだろうが。ならばせめて私が代わりにと彼女の遊び相手を務めることにした」
それはなんとご丁寧に。
フォルテが訪ねるようになったおかげで、セレンは俺のいない寂しさを埋めることができたらしい。
やがてはフォルテのことを姉のように慕うようになり、それ以上の効果も表れだした。
「セレンが、戦闘訓練を受けるようになってな」
「なんで?」
「最初は私が訓練するのを横で見ているだけだったのだが、いつからか自分もやりたいと言い出して。試しにさせてみたら、それはもう目を見張るほど強くなってな! 軍部からスカウトが来て、精鋭候補生に入るほどだ!」
「だからなんで?」
ウチの可愛い妹が何故そんなことになっておる?
妹だぞ? 可愛いんだぞ!?
そんな子に荒事を仕込むなど何事か!?
「もし本当に軍の精鋭として取り立てられて、最前線で戦うことになったらどうなる!?」
帝国はバリバリの侵略国家。
いつでもどこでも戦争している。
そんな帝国軍に所属して最前線で戦えば、命がいくつあっても足りはしない。
帝国には十五歳で兵役に就く義務があるが、それは男子に限っての話だ。
女性にはない。
しかし一定の能力と才能が認められれば女でも軍に取り立てられ、男並みに活躍できる。
いかにも軍事国家ならではの実力主義と言えようし、妹セレンもまさにそうしたルートをたどろうというか。
しかしそれが、いかに血塗られた道であることか。
俺は妹に、そんな危険に踏み入ってほしくない。




