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世界を広げるために

 蓮に買ってもらいたかった服と靴は二万円の予算内で収めることができた。

 服屋の店員にも手伝ってもらい、蓮の爽やかさとスタイルの良さが伝わる服が選べたと彩月は満足している。


 蓮自身は、普段自分では選ぶことのない服に戸惑いもあった。学校は制服だし、蓮の好みで選ぶと服は大抵黒い。

 だが白いTシャツにカジュアルなネイビーのジャケットを着た蓮を、彩月と店員が褒めてくれたので悪い気はしない。


 紙袋に視線を落とす。これを着て写真を撮ってもらうのが楽しみになった。どんな自分に出会えるのか期待に胸が膨らむ。


 服選びが順調だったので、カラオケボックスへ行くことにした。入った店は運良く待ち時間なく部屋へ通してくれる。


 歳上の女性とカラオケルームでふたりきり。この状況に蓮は照れていたが、彩月は気にせずタッチパネル式の大きなリモコンを手に取って曲を入れ始める。


 蓮も知っている、アニメが好きならタイトルは知っているであろう、ひと昔前のアニメの主題歌の前奏が流れ始める。


 一声目から、蓮は心を持っていかれた。

 普段の彩月の話し声からは想像できなかった力強い歌声。


 これまで蓮が一緒にカラオケへ行ったことのある誰よりも、彩月は歌が上手かった。


 これだけ歌える人にどうして歌の仕事が来なかったのか、蓮は不思議に思うと同時に、少し怖くなる。


 蓮自身、彩月より歌は下手だとわかる。そんな人がはい上がれなかった世界へ挑もうとしている。


 歌い終わった彩月は、ふと蓮に渡したいものがあったことを思い出す。


「そうそう、これ。滑舌練習に使って。あと、この本が演技のことを書いてるものの中で読みやすいかなって」

「ありがとうございます……」


 袋ごと渡された蓮は中身を確認する。

 使い古された滑舌練習用の薄い教材と、ソフトカバーの本が一冊入っていた。


「滑舌練習って、どうするのが良いですか?」

「最初はゆっくりで良いから口の形を意識するのと、あと、腹式呼吸」

「口の形?」


 蓮が首を傾げるので、彩月はあいうえおの口の形を順番にやって見せた。


「その教材に舌の当てる場所とかも載ってると思う。あと、録音しながらやるのも良いよ。取りあえずスマホで構わないから。聞き直したら最初は言えてなくてびっくりするよ。毎日二十分で良いから、続けてね……って、養成所の受け売りなんだけど」


 彩月は照れくさそうに笑いながら肩をすくめる。

 蓮は真剣に頷きながら話を聞いていた。



 ♪



 二時間カラオケボックスで過ごして、ふたりは帰路についた。

 同じ路線で、最寄り駅は一つしか違わなかった。


「家、近いですね」

「ホントだね。自転車で行き来できるかも」


 図々しいお願いをしたいと思いながら、蓮は隣に立ってつり革をつかんでいる彩月を見下ろす。


「あ、あの……またいろいろ教えてもらいたいです。近所で会ったりできますか?」

「良いけど、私、演技を人に教えたことないから……」


 彩月は少しうつむく。自分が何か教えることに向いていないと思っている。しかしここで突き放すことも、蓮の柴犬感を見ているとできない。


 何かお互いに良い方法はないものか思考を巡らせる。思い出した人脈にぱっと顔を上げて、蓮の目を真っ直ぐに見つめた。


「高橋くんの知らない大人しかいないけど、平気?」

「た、多分……」


 急に顔を覗き込まれた蓮はどぎまぎしてしまう。

 身長差のせいなのだが、それに気づいていなかった。


「習うより慣れろ、よね。次いつ集まるのか聞いてみるね。日程が合えば一緒に参加してみよう」

「何かの集まりですか?」

「自主的にやってる声優の勉強会みたいなものなんだけど、私はそんなに参加してないんだよね。でも主催してるメンバーは自分たちでドラマCD作ってコミケとか通販で売ってるよ」

「……すごい」


 そんなことができるのかと、蓮は目を丸くする。


「行く前に聞いてみる?」

「聞きたいです……!」

「じゃあ勉強会までに貸すね」

「ありがとうございます」


 蓮は彩月と出会ってから、どんどん世界が広がっている気がしていた。


 そしてこれでまた彩月と会って話せる機会が増えたことを、蓮は嬉しく思っていた。

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