後日談 ハルナとマルク
「おはようございます。ハルナ。
今日もプロポーズに来ました」
朝方。
毎日決まった時間にバラの花束を持って来るマルクにハルナはため息をついた。
あれから――身体をリンゼと分離させて、ハルナは王都の神殿で過ごしていた。
リンゼでなくなったために、勤め先も家もなく、住むところがないためだ。
そして何故か毎朝、エルフと人間の商品の取引を一手に引き受けたため、大陸一の商家となり忙しいはずのマルクが花束を持って現れるのだ。
「……マルクさん。忙しいのに毎日からかうために人の所へ来るのはどうかと」
「おや。心外ですね。
私は真剣ですが」
言って自分の用意した花瓶から、昨日持参したバラを手に取ると丁寧に魔法の炎で消去した。
「マルクさん、そういった変な所で気がきくなら毎日バラはいらないのですが……」
「プロポーズには雰囲気が大事だと、おっしゃっていたはずですが」
「言いましたけど!そういうのじゃなくて時刻!!」
「ふむ。では夜にしましょうか?」
「や、マルクさんは嫌がらせで寝る間際にきそうなので遠慮しておきます」
ハルナが手をあげて言えば、マルクは目を細めて
「それは残念です。
月夜に愛の言葉をささやきたかったのですが」
言って丁寧に花瓶に新たな水を注いでいた。
嫌がらせだ、絶対嫌がらせだと、呟く春菜の言葉を聴きながら花瓶に花をいける。
毎朝こうしてハルナの元に来るのがいつの間にか日課になっていた。
本当なら、毎日でもここにいたいのだが、エルフと人間の貿易の窓口を一手に引き受けたため、その仕組み作りで連日忙しい。
他の者に譲る案もないわけではなかったが……また、他の人間にまかせれば、聖女であるリシェルを利用しようと暗躍する可能性もある。
いくら信用したところとて、公爵家の使用人が裏切っていたように、人間に絶対はない。
エルフと人間の取引がつつがなく行えるように、枠組みだけは自分でやらねば気が済まない。
それでも――仕事中にふと、またハルナが消えてしまうという不安に襲われる事がある。
自分と別れたあと、リンゼに操られて崖から飛び降りた彼女の姿が浮かんでマルクは花の茎をハサミで切る作業を止めた。
チラリと視線を向ければ、マルクのためにお茶を入れている姿があって安堵する。
せめて――朝だけでも彼女の姿を確認したい。
バラの花束を嫌そうに見つめる彼女の姿に安堵している自分がいるのも事実だった。
「まったく、マルクさんの告白は本気なんだか、嘘なんだか判断つかないのを何とかしてくれませんか」
お茶をいれつつ言うハルナに
「おや、私はいつだって本気ですが」
「その口調が思いっきり冗談っぽいのですけれど!」
「それは残念です。
いつになったら私は返事をもらえるのでしょうか」
言って花を花瓶にいけながらいえば
「……私、昔からカンだけはいい方なんですよね」
唐突に言われてマルクは振り返った。
「カン?」
「……マルクさん、本当に返事を待ってます?」
言われて、マルクは笑みを深くした。
その様子にハルナはやっぱりという顔をして
「本当は返事を待ってないから冗談っぽくしてる。
違いますか?」
お茶をいれる手をとめてハルナが真剣な目でマルクに問うた。
しばしの沈黙。
「それでは、とても不誠実な人間になってしまいますが。
自分は真剣のつもりですが。
そう受け取られてしまったなら謝ります」
「えーっと、そういうのじゃなくて。
断られるって決めてかかってるから。
返事を貰わないで曖昧にしておこうってしてるって見えるっていうか……。
自分は幸福になれないっていう諦めが感じられるっていうか……」
ハルナの言葉に、マルクは一瞬リシェルの母の姿が思い浮かんだ。
『君、自分は絶対幸せになれないって決めつけた顔をしてる』
学生時代。
ラチェルに言われた一言。
「不幸を全部自分が背負ってるんじゃないかって顔をしてる」と言われた事を思い出す。
「……昔、似たような事を言われた事があります」
言って手にもったバラを見つめる。
自覚はなかったが自分はそんな悲愴な顔をしているのだろうか?
確かに、自分は幸せな家庭など知らない。
父と義母は仲が悪く、自分の事をかまってくれたことがなかった。
愛情を求めて見つけ出し、救い出した本当の母は……結局は金を無心するだけで自分の事など見てはくれず、愛した女性は身分の違いで思いすら伝えられずに終わった。
商をしているため、常に腹のさぐり合いで、追い落とすか追い落とされるかの世界にいたため心から信用できる人間もいない。
ハルナの事を欲してはいる。
けれど拒まれたら、この関係が崩れてしまう。
それが怖くて、本気とも嘘ともとれる態度を無意識にとっていたのかもしれない。
真剣なつもりだったが……逃げていただけだと指摘されてマルクはため息をついた。
「私は貴方に不誠実でした。申し訳ありません」
「そうですよ。とても不誠実です。
自分が幸せになれる気がしてない人が、他人を幸せにしてあげれるわけないじゃないですか」
「……では」
顔をあげてマルクがハルナを見つめれば、ハルナは頷いた。
「はい。そのプロポーズ。
お断りします。全力で!!」
どーんと胸を張っていう彼女に、彼女らしいとマルクは心の中でため息をついた。
こうも堂々と断られてしまっては、反論もできない。
「そうですね。わかりました」
言ってバラを綺麗に花瓶にいけた。
「では花束もこれで最後にします。今までご迷惑をおかけしました」
言ってマルクが立ち去ろうとすれば、
「待ってください」
「……はい?」
「と、言うわけで!私からプロポーズします!!結婚してください!!!」
どーんと胸をはってハルナが宣言するのだった。
■□■
かなり長い沈黙の後。
「……は?」
やっとマルクが絞り出せた言葉がこれだった。
「言いましたよね?
自分が幸せになれる気がしないのに、相手を幸せにしてなんてあげらないって。
私幸せになる気満々ですから!
だから私がマルクさんを幸せにしてあげます」
ハルナの言葉にマルクが頭を抑え
「その……言ってる意味が……わかるようでわからないのですが……」
「大丈夫です!私身体が異世界人になったので超チートですから!
何でもできます!」
「……いえ、そういう意味ではなくて……」
「マルクさんは、人の幸せに敏感でも。
自分の幸せを後回しにしてると思います。
リシェルお嬢様に、財産を全て捧げたり。
リシェルお嬢様のために神殿に逆らったり。
私のために崖から飛び降りたり。
いくら過去お金を融通してもらったからって。
そこまでする義理も義務もないのに。
最近、世間話もするようになって気づきました。
マルクさんは……自分に関心がなさすぎます。
だから私が幸せにしてあげます。
黙ってついてきてください」
かなりの沈黙の後、
「……随分大きく出ましたね」
マルクがやれやれとため息をつけば
「ふふ。超チート能力ばかりですからね。
流石に前とは違いますよ」
「幸せとはそのようなチート能力で、どうにかなるものではないと思いますが」
「幸せになる気があるのと、最初から幸せを諦めてるのでは全然違うと思います」
と、笑顔で返される。
これは――彼女なりに慰めてくれてる気なのだろうか。
「貴方にはいつも驚かされます」
「もう、後悔するのは嫌ですから」
「え?」
「一度死んで気づきました。ちゃんと言いたいことは言わないとって。
だからもう、逃げません。
結婚してください」
言ってハルナは微笑んだ。
この4年間。
歳月を重ねた自分よりも眠っていたはずのハルナのほうがずっと成長している事にマルクはため息をついた。
本当に敵わない。
「はい。喜んで」
マルクが手を差し出せば嬉しそうにハルナがその手を取る。
きっと幸せに。
そう微笑んで。
これで完結となります!恋愛してなかったら申し訳ないです><











