16話 勝手な勝利宣言
「君は何をしたかわかってるのか!?
平民なんかのために!!君は自分の身を危険に晒し、お父上の顔にも泥を塗ったんだ!!!」
平民を回復しているお嬢様に声を荒らげてフランツが叫んだ。
フランツの言ってる事はもっともだった。
傷を回復させているにもかかわらず、誰一人として女性を助けようと平民たちは寄ってこない。
貴族様のご機嫌を少しでも損ねれば殺される。
関わりになりたくなくて、どこかにいるはずの女性の身内すら誰一人かけつけてこないのだ。
それが貴族と平民の差。
平民のために、貴族同士で争うことになるなんて貴族のフランツからすれば信じられないだろう。
むしろ今回に限っていえばフランツが100%正しい。
「で、でも!!!悪いのは馬車の方なのは一目観ればわかります!!!
この人を放置するなんてありえな……」
「いいや見捨てるべきだ。
君が優しいのはわかる。
でも、貴族として生まれた以上は、君はラムディティアを背負っている。
君の背に領地の人々の命を背負っている以上、たかが平民のために危険をおかしちゃいけない。
今すぐ治療をやめないと、王子派の派閥と争いになったらどうするんだ」
フランツがリシェルお嬢様をひっぱろうとすれば
「嫌です!!!
目の前に死にそうな人がいて助けるのがそれほどいけないことですか?
同じ見た目で同じ人間なのに!
私は貴族である前に、一人の人間でありたいっ!!」
「……リシェル……」
フランツが心底困った顔をし、ロゼルトの方に助けを求めるかのように視線をうつす。
つられてお嬢様や私。シークもロゼルトの方に視線をうつした。
ロゼルトは何とも言えない表情をしたあとうつむいて
「……フランツの言うことが正しい。
治療はやめるべきだ」
ポツリと呟いた。
フランツがほっとした顔をして、お嬢様はうつむいたまま、治療の手を緩めない。
「言ってる事は正しい。
100%正しいんだよ貴族として!!」
言ってガシガシと頭をかきながらいらついたようにうつむいて、数秒の間のあと。
「それでもっ!!!
俺はリシェルを褒めたい!!!見捨てるなんて間違ってる!!」
顔をあげてロゼルトが叫べば周りがそのまま止まった。
「ロゼルト何を言って……」
「だって、そうだろ。
目の前にケガをしてる人がいて、治療できない世の中とかおかしい。
ほら、リシェル。俺も手伝う、ちょっとどけ!!」
言って、ロゼルトがリシェルお嬢様の隣に座り、回復魔法を唱え始めた。
フランツが困ったように大人の私とシークに視線を向ける。
恐らく助けてほしいのだろうけれど……。
少し嬉しそうに顔を赤らめてロゼルトを見つめたあと、治療に専念しだすお嬢様を見て……。
勝った!!!!!!
フランツアウト!!ロゼルトイン!!
と、何故か関係ないのに私がロゼルトの代わりに勝利宣言をするのだった。
■□■
フランツ君もフランツ君なりにリシェルお嬢様の心配をしてくれていた。
決して彼の言うことは間違いではない。
むしろ正しい。
お嬢様の身分を考えればフランツ君の言うとおりにすべきだっただろう。
だが世の中正しい事を言えばかならずいい方向にいくとは限らない。
世の中とは無情なのだよ。
彼も今回の件で学んだだろう。
正論と心を射止めるのはまた別問題なのだ。
次の彼女には是非その教訓を生かしてもらいたい。
彼はいい子だ。
きっと素敵なお嬢さんと結婚できるだろう。
と、お嬢様争奪戦に敗れたフランツ君に私は心の中でエールを送る。
あれから一気にロゼルトとお嬢様の距離が縮まった。
ロゼルトの方も意識しだしたふしがある。
いままではフランツ抜きでは会うなどということはなかったのに二人で会うことも増えてきたのだ。
このまま舞踏会までにはいい感じになりそうな気配もある。
まぁ、それとは別にあとで貴族としての心得は学んでいただきますけれど。
貴族として非情にならないところはなるように教育しないといけない。
今回はロゼルトと仲良くなれたからよしとするがあの考えのまま大きくなっても困る。
それでも……
中庭で微笑ましく二人で遺跡の事について話すお嬢様達を見て、私は一人幸せな気分になるのだった。
■□■
「何をにやけているのですか?」
一人ニマニマしていれば唐突に後ろから鬼畜に話しかけられた。
く!?出たな!?
いい人そうな顔をした鬼畜!
私は柔和な笑を浮かべ後ろに立っているマルクさんに振り返った。
「これはマルク様。今日はどのようなご用件で」
何時もの感じで営業スマイルをすれば
「はい。お嬢様が舞踏会にお召しになるドレスのアクセサリーの確認に」
と、こちらも営業スマイルで返してくる。
「ああ、わかりました。にしてもよくこの中まで入ってこれましたね?」
「はい。貴方に気のある素振りをしてみたら、気を利かせたメイドの方が入れてくれました」
「………。は?」
「異性として貴方に興味を示してると装いましたから。
これで私にも例の場所から何かしら接触があると嬉しいのですが」
いつもの柔和な笑みで言う。
例の場所とは暗殺者ギルドの事か。
自らも囮にする気とか相変わらず鬼畜すぎる。
「それにしてもお取り込み中でしたか」
仲睦まじく神話について話す二人を見つめ言うマルクさんに私はそうですねと答えた。
「ではその間でも打ち合わせはどうでしょう」
言って微笑む顔は……柔和なイケメンだ。
これであの姿を知らなかったらいい人と思い込んでいたんだろうけど。
騙されてはいけない。
こいつは鬼畜だということを。
そして生粋のドSだ。
適度な距離を置こうと私は心に誓うのだった。