1話 Web小説の世界に転生してしまいました
私。綾波春菜24歳。
web小説の大好きな普通の会社員ーーのはずだった。
なのに。
「リンゼの煎れてくれた紅茶は美味しいです」
豪華な宮殿の中庭で。
言ってにこりと私の主の少女が微笑んだ。
フリフリの可愛いドレスを着た銀髪の女の子だ。
――そう。
私はなぜかweb小説でよくある異世界転移の憑依・のっとり?をしてしまったらしい。
主人公に毒を飲ませて、苦境に陥れる役のメイドに転生してしまったのだ。
「どうかしましたか?リンゼ?」
お嬢様が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
年齢は8歳。6歳の時に母親を暗殺者に殺されてしまってから、メイドである私ことリンゼになついている。
「何でもありませんよ、お嬢様」と微笑めば
「よかったです」と頬を赤らめて嬉しそうに微笑みかえしてくれた。
やばい。マジかわいい。マジ天使。
けれど。
私が転生してしまったリンゼは、実は敵が送り込んできたスパイ。
この可愛いお嬢様に毎日お茶に毒を飲ませて、魔法とスキルのようなギフトという能力を使えなくしてしまったのだ。
そのせいでリシェルお嬢様は聖女であるにもかかわらず、聖女の力が使えず、偽聖女と罵られ馬鹿王子に婚約破棄され、拷問を受け殺されてしまう。
ちょっと待って!?こんな可愛い女の子にそんな酷い結末がまっているとか許せないんですけど!?
うちの可愛い姪っ子と同じ歳だし!?
絶対に防いでみせる!!絶対に!!!
私は心の中で誓うのだった。
■□■
私はメイドとしての仕事を終えて自室に戻ると一人思案を重ねた。
私が転生してしまったのは素人が書いたWeb小説の中。
たしか題名は「婚約破棄されて虐げられた令嬢が~」とWeb小説でよく言われるテンプレと言われる内容てんこ盛りの題名だった気がする。
最近のWeb小説は人気ワードとりあえずぶっこんでみました!という作品が多く、似たような題名ばかりなので憶えていない。
それでもこの作品が記憶に残っていたのは理由がある。
完結しました!という作者の報告に、物語を最後まで読んでみれば、このリンゼの黒幕の件が全くスルーのまま物語が完結してしまったのだ。
元々この話は、虐げられた令嬢が~という作品のあらすじはこうだ。
●リシェルお嬢様が神官の偉い人から聖女だと啓示を受ける
●自国に聖女がいるぜやっほぅ!と王子が無理矢理婚約
●婚約してみたもののお嬢様は聖女の力が使えない。
●そこに日本人からの転生者マリアが現れ、マリアが聖女の力を使える
●リシェルお嬢様は偽物じゃねーかと虐められてしまう
●マリアが失態をおかし、その失態を全部かぶせられてリシェルお嬢様が酷い拷問を受けてリンゼと共にギロチンで殺される。
●目が覚めたら8年前にさかのぼってるよくある逆行でリシェルお嬢様が復讐を誓う
●実はリシェルお嬢様はリンゼ(私)に毒を飲まされて聖女の力が使えなくなっていただけで本物の聖女だった!
という話なのだ。
そうつまり。物語の全ての元凶が私の身体の本来の持ち主のリンゼのせいなのである。
それなのに、作中ではほぼ全ての元凶といっていいリンゼの黒幕はスルーでリシェルお嬢様とヒーロー君がいちゃついて完結してしまった。
素人の作品なので、伏線を張ってはみたものの回収できなかったか、そもそも深く考えてなかったかので謎が投げっぱなしという作品もよくあることなのだが、やっぱり納得できないものは納得できない。
それでもそんな重要な謎なげっぱとかなんでやねん!!と突っ込んだので一応記憶に残っていた。
にしても。
私は自室におかれた鏡をマジマジ見つめる。
金髪のわりと美人な容姿の女性。
異世界転移とかマジありえない。小説の読みすぎで異世界転移しちゃいました!という夢でも見ているのだろうか。
夢ならそれでいい。
夢じゃなかった場合が問題だ。
小説の中のリンゼはお嬢様と一緒に王子に殺されてしまう。
毒を飲ませていた敵役だったにも関わらず、リシェルお嬢様と一緒に処刑されてしまうのだ。
それを考えると……恐らくこのメイドのリンゼは末端の使い捨ての駒にすぎなかったのだろう。
現に。私は何故か朧気にリンゼの記憶まで所持している。
それなのに黒幕は誰だかわからないのだ。
ただ指示されるがまま薬をお嬢様に飲ませるだけの末端暗殺者。それがこのリンゼというメイドの役割。
何としてもお嬢様に毒を飲ませてる黒幕を暴き出し、ついでに私のギロチンされる運命をも変えてみせる!
私は決意をしつつ窓から空を見上げるのだった。