006 創造主
眼鏡を掛けた少年「やあやあ皆の衆、おはようでござるー!」
ズカズカ(眼鏡を掛けた少年が教室内に入る)
カイ「こんな朝早くに…。一体どうしたの、創造
眼鏡を掛けた少年「んー?」
ササ(創造主がカイに近寄る)
カイ「…じゃなくてヒッシャ」
少年ヒッシャ「うむうむ、よろしい」
ヒッシャ「俺のことを呼ぶときは、ちゃんと本名フルネームで呼んでくれよな!」
キラン(ヒッシャが目元でピースをする)
ミナミ「本名だったんか、それ」
カイ「っていうか、今日って"そっち側"も平日だったと思うけど。学校はどうしたの?」
ヒッシャ「う!」
カイ「う?」
ザッ(ヒッシャが後ずさる)
ヒッシャ「…ま、まあ。そう、そうなんだが…」
ヒッシャ「俺にも都合というか、護らなければならぬ世界というものがありましてだな…」
ザッザッ
ヒッシャ「…ぶっちゃけ、寝坊したから仮病使って休んだ!」
ミナミ「カスやん」
ヒッシャ「おかげで本日はスッキリフレッシュな目覚めでございましたわ。気分はさながら薔薇のお嬢様って所おほほほほほ」
ニー「だから、さっきからテンションが可笑しいんだね…」
ヒッシャ「自由にコッチとアッチを行き来できるのは、創造主こと作者の特権だわね!重要なファクターであるキャラクター初登場時の印象付けも、型に囚われず行えるってばよ!」
カイ「…作者が出しゃばる作品は駄作になりやすい法則」
ヒッシャ「何か言ったカイー?」
カイ「イエナニモ」
(カイが両手で自身の口を塞ぐ)
ミナミ「言うてその特権も、最近はようバグって使えてへんて聞くけどな」
ヒッシャ「いやはや、立て続けに耳の痛い質問が来ますなー…」
ヒッシャ「そーなんだよ、なんでだろね。俺自身も原因がわからないんだよねー」
ヒッシャ「根城さえ分かっちゃえば、最近湧いている蝿諸共叩き潰せるんだけど」
ミナミ「…蝿?家にでも湧いとんのか?」
ニー「……」
ヒッシャ「まあね、家にね。似たようなもんだね」
ヒッシャ「ところでさっきから、チースのお声が聞き当たらないけど、どこにヒーイズ?」
カイ「チースなら、ボクの隣で寝ているよ」
チース「スピィ…」
(チースが机に突っ伏して寝ている)
ニー「早速居眠りしてこの子は…」
ヒッシャ「まあまあ姉さん、抑えて抑えて」
ヒッシャ「俺が今日ここに来たのは、彼に用があったゆえなんだからさ」
ミナミ「チースに?」
ヒッシャ「うむ」
タンタン(ヒッシャがチースの元へ歩み寄る)
ヒッシャ「チースー、ゲーセン行こうぜー」
カイ「は?」
チース「うぉおおお行くぜぇえええええ!!」
ガバッ(チースが顔を上げる)
ニー「え、ちょ、ちょっと、いきなり何言ってるの!?」
ニー「私たち、これから学校が!っていうか、今日はまだ一時限目すら始まっていないのに…!」
ヒッシャ「大丈夫。心配は要らないよ、ニー」
グッ(ヒッシャが親指を立てる)
ヒッシャ「創造主権限により、本日は祝日とします!!」
ミナミ「カスやな」
カイ「カスだね」
ヒッシャ「ってことだから、今日は学校ないから、既定事項だから。ゲーセン行こうぜチースきゅうん」
チース「いぇえええいゲームだぁあああ!!」
ニー「駄目だ、眩暈がしてきた…」
ルイコ「だ、大丈夫ですか、ニー…?」
(ルイコがニーの背を摩る)
ニー「ルイコ…。ごめんね、さっき何か言いかけてたみたいなのに…」
ルイコ「気にしないでください。また次の機会に言えばいいことですので」
チース「うぉおおお遊ぶぜぇえええ!!」
ミナミ「ちょっと待てや!学校休みになったんはともかくとして、ルイコちゃんのポスター作りはどうすんねん!」
ヒッシャ「ポスター?」
カイ「先日のコンクールで、ルイコが絵画の賞を受賞したんだよ」
カイ「その労いと、後に控える全国大会の応援ついでに、みんなで学校中にポスターを貼ることになったんだけど…」
ヒッシャ「へー…」
チース「ぇえええ…。…明日でよくね」
ミナミ「いいわけないやろ!」
ルイコ「あの…、私のことは、どうかお気になさらないでください」
ルイコ「全国大会は半年も先ですし、私の所為で皆さんの日常生活を阻害してしまうのは、気が引けてしまいますので…」
ミナミ「けどなあ…。ルイコちゃんの応援より遊びを優先するっちゅうのが、それこそウチ的に気が引けて…」
ヒッシャ「んー…。あ、じゃあさ、」
ピン(ヒッシャが人差し指を立てる)
ヒッシャ「今日おみゃーらも一緒に遊んでくれたら、その代わりに、俺がポスター作製の時間を捻出したげる、ってのはどうだい?」
ミナミ「へ?」
カイ「時間の捻出って、また今日みたいに学校を休みにするってこと?」
ヒッシャ「いやいや、流石に何日も祝日を作ったらヤバいっしょ。学校だけじゃなく、社会的にも」
ニー「自覚はあったんだ…」
ヒッシャ「この俺を誰と心得る!ここにおわすは、」
ス(ヒッシャが懐から一冊の本を取り出す)
ヒッシャ「"原作の書"よりこの世界を創作した主、ヒッシャ様であるぞー!!」
バアアアン(ヒッシャが原作の書を天に掲げる)
ヒッシャ「その気になれば、超常現象や歴史改変なんてお茶の子さいさい!」
ヒッシャ「この世界の時を止めて、君たちに自由時間を作って進ぜよー!」
カイ「…無茶苦茶言ってるようで、何も不可能なこと言ってないのが何とも…」
カイ「けれど、時止めか…。確かにそれなら、学校や社会に悪い影響は出ないよね」
ヒッシャ「加えて今なら、出来上がったポスターを校内だけじゃなく、街中に貼り付けたげるサービスも付けちゃうぞ!」
ルイコ「ま、街中にですか…!?」
ヒッシャ「本来ならこういうのは、区域ごとで冗長なお役所審査が必要になるんすけどね。今回は特別にヒッシャ権限で、すっ飛ばし一発オーケーしちゃう!」
ヒッシャ「さあさ、どうだいどうだい?トレードとしては、すんごいいいカードだと思うぜよ?」
ミナミ「ポスターには、ヒッシャの力で好きなだけ時間を掛けられる…」
ニー「街中の宣伝は、今回のコンクールだけじゃなく、ルイコ本人の宣伝にも繋がるよね…」
ウウン(ミナミたちが考え込む)
ルイコ「この通り、ヒッシャさんも譲歩してくださっていることですし、どうぞ皆さん、行ってきてください」
ミナミ「ええんか、ルイコちゃん…?」
ルイコ「はい。私個人としても、少しでも多くの人に絵画への興味を抱いていただけた方が、嬉しいですから」
ルイコ「ミナミさんのお気持ちはお気持ちとして、ちゃんと心の中に頂戴しておきますね。ありがとうございます…」
ミナミ「ええ子やねえホンマ…。おばちゃん涙が出てきよるで…」
ミナミ「ほな、お言葉に甘えて、今日は目一杯遊ばせてもらおうかな」
ルイコ「はい、是非!」
(ルイコが頷く)
ヒッシャ「ん?ルイコちゃんはご一緒しないのかい?」
ニー「ルイコは今日、元々学校を早退する予定だったんだよ」
カイ「確か、隣町まで行くんだっけ?有名な芸術家の講演会だとかで」
ルイコ「はい…。ですが、ヒッシャさんがどうしてもと仰るのであれば…」
ヒッシャ「あー、いやいや、お兄さんもそこまで非道じゃないよ。どうぞどうぞ、行ってきたまえ」
ヒッシャ「…それに街外の改変って、後処理が色々とめんどいしさ…」
ミナミ「そっちが本音かい」
ルイコ「ありがとうございます、ヒッシャさん」
ペコ(ルイコが頭を下げる)
ヒッシャ「よーし、んじゃ漸く丸く収まったところで、ゲーセンへレッツゴー!」
ミナミ「ゴーゴゴー!」
チース「いぇえええい!!」
ニー「じゃあルイコ、行ってくるね。講演会頑張って」
カイ「また明日ー!」
ルイコ「はい!いってらっしゃい、皆さん」
(ルイコがニーたちに手を振る)
ヒッシャ「"原作の書"よ、我が筆に応えたまえ!」
サラサラ(ヒッシャが原作の書にペンを走らせる)
ヒッシャ「レッツ、"瞬間移動"!」
シュン(ヒッシャたちが教室から消える)
ミナミ「…あれ」
ポツン(ミナミが教室に取り残される)
ミナミ「ってこらあああヒッシャあああ!!ウチを忘れんなあああ!!」
ダダダ(ミナミが教室を出ていく)
ルイコ「ふふ…」
(ルイコが静かに手を下ろす)
ルイコ「……」
ルイコ「…さようなら」
ーーーーーーーーーー
ピコンピコン(ゲームセンター内のマシンが音を立てる)
ミナミ「これで、どやっ!」
スパアアアン(ミナミがハンマーでモグラを叩く)
マシン「シンキロク!シンキロク!」
ピロピロピロ(マシンのライトが点滅する)
チース「すげぇよミナミちゃん!!ハイスコア更新だ!!」
ミナミ「あかん、頑張りすぎたわ…。肩いった…」
(ミナミが自身の腕を回す)
カイ「流石の運動能力だね…。大丈夫?」
チース「よ、良かったら肩揉みましょか!?ハァハァ」
ミナミ「油塗れの中年ボイス止めろや」
ミナミ「ひとまずウチは休憩ー。次はチースの番やな、ほいパース」
ヒョイ(ミナミがチースへハンマーを投げ渡す)
チース「っしゃぁあああ、オレも一番を獲るぜぇえええ!!」
ジャラジャラ(ヒッシャとニーがベンチに座っている)
ヒッシャ「…なるほど。つまり、昨日の影出現時も、影がお前たちに実害を加える様子はなかった、と」
ニー「うん…。相変わらず」
ヒッシャ「そうか…。うーん、何でだろなー」
ギシ(ヒッシャが背凭れに寄りかかる)
ヒッシャ「一ヶ月ほど前から、突如として街に出没しはじめた黒い影。彼らは口を揃えて、ちみらが有するリングを欲しがってる」
ヒッシャ「リングが持つ不思議な力を操り、この世界を征服するのだー、なんてことをほざきながら」
ヒッシャ「己の欲望を達成するべく、あの手この手を使って、リングを奪取しにやってくる」
ヒッシャ「…と、当時は思っていたんだが」
ヒッシャ「どうやら影たちは、本気でリングを奪おうとはしてこないみたいだ」
ヒッシャ「君らの所の影は、いつもチースと一緒に遊んでくれるんだっけか」
ニー「うん…。チャンバラをしたり、ゲーム機を二台持参して対戦してくれたり」
ニー「この一ヶ月間ずっとあの子の遊び相手になってくれて、私もどっちかというと、助かってるよ」
ヒッシャ「そっか…」
ヒッシャ「出没する影の個性が、お前ら八人の住む区域によって異なっている…。その時点でまず、意味不明なんだよなー」
ヒッシャ「チース、ニー、カイが住む区域に出没する影は、三人に一切の危害を加えない」
ヒッシャ「リングを寄越せー、なんて悪役らしい台詞を吐きながら、取り出すのはチースとの遊び道具」
ヒッシャ「サトシ、ヒカリ、タケシの所に現れる影は、物理的に攻撃を仕掛けてくるし、普通に三人を傷付けてくる」
ヒッシャ「けど決してとどめは刺さないし、三人がまともに動けなくなっても、リングを奪おうとせず、無言で立ち去るのみ」
ヒッシャ「コウタ、サヨリん所の影なんかマジでわけ分からん。二人の帰り道に突如現れたかと思えば、横に並んで日常会話をするだけ」
ヒッシャ「明日の天気だの最近のニュースだの取り留めのないことを話して、帰る。どっちかが重い荷物を持っていたら、家まで代わりに運んでくれるオプション付き」
ヒッシャ「リングが彼らの目的でないならば、じゃあ真の目的って何なのか、謎」
ヒッシャ「何でお前たち八人の前にだけ現れるのか、そもそも何で区域ごとに個性があるのか、なんもかんもがぜーんぶ謎」
ヒッシャ「途中、面倒臭くなって俺が潰したのも何体かいたけど、後日何事もなく新品が現れて、複雑な気分になった思い出」
ニー「ヒッシャの方も、黒い影に関する情報は、まだ得られていないんだ」
ヒッシャ「悔しいことにね…」
ヒッシャ「あーあ。奴らに原作の書の力が効きさえすれば、トントン拍子に事件が解決するんだけどなー」
(ヒッシャが原作の書を天井のライトに翳す)
ニー「…その書の効果が及ばないってことは、」
ニー「やっぱりあの影って、異世界の存在、なのかな」
ヒッシャ「多分…、いや間違いなくそうだろうね」
ペラペラ(原作の書のページが重力に従い捲れる)
ヒッシャ「原作の書は、言うならばこの世界の台本」
ヒッシャ「俺が一度ペンを走らせ書き記せば、それがどんなに無茶な内容であろうと、書は記述された事柄を世界に実現させる」
ヒッシャ「今しがた行った、教室からゲームセンターへの瞬間移動みたいにな」
ヒッシャ「だが、そんな万能とも呼べるアイテムには、唯一にして最大の欠点が存在する」
ヒッシャ「それは、原作の書はあくまで、この世界のみの台本にすぎないこと。つまり、」
ヒッシャ「異世界のもの、"異界物"には、基本的に一切の介入ができないということ」
ピッ(ヒッシャが原作の書の一ページを指で押さえる)
(ページ内に影を操作する類の記述が敷き詰められている)
ニー「三年前の騒動の時と同じだね」
ニー「あの時も、鏡の世界からやってきたスライムに対して、原作の書の力は、一切効果がなかった…」
ヒッシャ「うむ。当時は原作の書さえあれば、解決できない問題などないと思っていたからな」
ヒッシャ「慢心していた状況下のあれはヤバかった。下手すれば街が壊滅してたんじゃないかってくらい追い詰められた、マジちょべりば」
ニー「異世界にいる異界物に、原作の書の力が効かないっていうのは、分からなくもないけれど、」
ニー「この世界にやってきた異界物にすら効果がないのって、ちょっと理不尽だよね」
ニー「この世界にいる間は、異界物も"この世界のもの"として扱われたっていいのに…」
(ニーが原作の書を恨めしげに見つめる)
ヒッシャ「気持ちは分かるが、それは残念ながら、どうしようもないんだなあ」
ヒッシャ「例えば、この世界が、某ポケット妖怪に登場するキャラクター"ピ◯チュウ"とコラボしたとするだろ?」
ニー「うん…、…うん?」
ヒッシャ「そこで、俺が原作の書を用いて、この世界にやって来たピ◯チュウに、"実はピ◯チュウは宇宙から飛来した侵略者で、子供たちの絶望エネルギーを集めている"といった設定を付け加えたとする」
ヒッシャ「さて。相手作品側は、それを見てどう思う?」
ニー「え、えっと…、怒る怒らないは別にしても…」
ニー「少なくとも、"勝手に原作にない設定を盛り込むな"とは思うよね」
ヒッシャ「だねだね。相手の許諾を得ているならともかく、"これは本物のピ◯チュウですよ"と宣いながら、無断で原作崩壊ムーブをキャラに強制するのは、限りなくアウトでしかないアウトだ」
ヒッシャ「コラボにしろオマージュにしろ、そうした繋がりには、お互いの作風を守るべく、作品作者間で最低限遵守しなければならないマナー、暗黙のルールってのが存在するのさ」
ヒッシャ「そしてそのルールは当然、この世界の作者である俺、並びに世界の台本である原作の書にも、適用されている」
ニー「ああ、なるほど…。だから異界物は、この世界にいたとしても、この世界で創られた存在にはなれないんだ」
ニー「あくまで異界物たちは、この世界とコラボしているだけ。そんな彼らの行動をこちらの恣意で捻じ曲げてしまえば、相手側の自由意思、設定に背反してしまう」
ニー「つまりは、原作崩壊。世界という作品間に暗黙のルールが存在する以上、ヒッシャや原作の書は、異界物の行動や設定を捻じ曲げられない」
ニー「…で、合ってるよね?」
ヒッシャ「いやー流石、ニーは飲み込みが早いね。教え甲斐がありますわ」
ヒッシャ「その通り。だから今回の件に関しても、影が創られた世界の創造主から許可を貰うか、そもそも影の住む世界が消えてなくなったりしない限りは、原作の書ありきでの解決は難しいんだすわ」
ヒッシャ「ただ、許可を貰うったって、創造主が人間じゃないケースもごまんとあるし。世界そのものの消滅なんて、お祭りのクジでゲーム機を当てるより起こり得ないし…」
ヒッシャ「結論、書の力はまず効かないと決めつけた上で、間接的な手段による解決を目指すのが、最も望ましいだろーね」
ニー「間接的な手段…。ヒッシャが異界物への直接意思を持たずに、手出しをする、つまり、」
ニー「ヒッシャに創られた私たちが、私たち自身の意思で、異界物に干渉すること、だね」
ヒッシャ「そう、それこそが、世界の創造主が、異界物へ唯一対抗できる手段。この世界の裏技、コラボルールの穴」
ヒッシャ「この方法なら、作者間のルールに縛られることなく、自由に異界物を攻撃したり、行動を阻害することができる」
ヒッシャ「昨日チースがかました、アッパーのようにな」
ニー「うっ…。暴力的な弟ですみません…」
ヒッシャ「のーぷろぶれむ。それに今回は、そのバイオレンスさが、寧ろいい方向に働く可能性すらあるしおすし」
(ヒッシャが遠くにいるチースを眺める)
ヒッシャ「この世界でお手つき禁止のルールが適用されているのは、あくまでこの世界創造の役割を担っている、俺と原作の書だけだ」
ヒッシャ「世界に創られた側の存在であるお前たちは、どんなに異界物とドンパチやったとしても、それらは物語内の自然な成り行きとして処理され、誰かが咎められることもない」
ヒッシャ「勿論、俺がお前たちへ、異界物へ干渉するよう、命令したりしなければだけど」
ドサ(ヒッシャが原作の書を膝上に落とし両手を上げる)
ヒッシャ「だから今回の事件に関しても、俺はお前たちに手段の提示や助言をすることはあっても、明確に指示を出すことはない」
ヒッシャ「一度指示を下してしまえば最後、その内容は、俺が直接意思を持って異界物へ干渉しようとしたものとして、直ちに使い物にならなくなる」
ニー「実際、鏡世界の騒動の時は、それでやらかしちゃったんだよね」
ニー「ヒッシャが私たちに向かって、"鏡の世界へ行って、事件の黒幕デスを倒してこい!"って命令したら、私たちじゃデスを倒せなくなっちゃったっていう…」
ヒッシャ「あれは罠すぎる。鼓舞のつもりで声を掛けただけなのに…」
(ヒッシャが項垂れる)
ヒッシャ「結局あの騒動は、デスを倒すんじゃなく、封印するって形で収束はしたものの…。三年経ってから思い返しても、未だに冷や汗が出るわ…」
ニー「あはは…」
ヒッシャ「ま、まあそういうわけなんで、あくまで俺は、俺が入手した影関係の情報収集を始めとした、君たちのサポートに徹しますんで」
ヒッシャ「最終的に影をどうしていくか、話し合うかアッパーかますかの決議は、お前たち八人の意向に任せるよ」
ニー「うん。ありがとう、ヒッシャ」
ピロピロピロ(マシンのライトが点滅する)
チクショォオオオ(チースが叫んでいる)
ニー「…そうだ、鏡の世界で、思い出したんだけど」
ヒッシャ「ん?」
ニー「この世界と鏡の世界とを繋ぐ扉、"ゲート"のことなんだけどさ、」
ニー「あれって、いつ頃から閉じているんだっけ?」
ヒッシャ「"ゲート"、えーと…」
ペラペラ(ヒッシャが原作の書を捲る)
ヒッシャ「確か、俺が現実世界の方で高校受験を終えた直後だったから…」
ピタ(ヒッシャが手を止める)
ヒッシャ「今から大体、一年とちょっと前、かな?」
ニー「一年…」
(ニーが口に手を当てる)
ニー「…黒い影が街に現れはじめたのは、今からおよそ一ヶ月前」
ニー「けどその頃、ゲートは閉じている…」
ニー「じゃあ、」
ニー「異界物である彼らは、どうやってこの世界に来たんだろう…?」
ヒッシャ「ああ…。言われてみれば、確かに…」
(ヒッシャが書のページを見つめる)
ニー「…ヒッシャは、ゲートが閉じていても、現実世界とこの世界とを行き来できるんだよね?」
ヒッシャ「うむ、こっちの世界からは、原作の書を使って。あっちの世界からは、この世界のことを思い浮かべながら眠ることで」
ヒッシャ「ゲートを潜らずとも、二つの世界を自由に行き来できるのだ」
ニー「じゃあ、もしかしたら影も、ヒッシャと似た方法を使って…?」
ヒッシャ「その線は薄いと思ふ。俺の世渡り術って、あくまで俺がこの世界の創造主だからこそ、可能なものゆえ」
ヒッシャ「原作の書先生の検索結果によると、ゲートを潜らずに異界渡りをするのって、それこそデスみたいな神様クラスのパワーがないと、まず無理だそうですぜ」
ニー「影たちが全員、あのデスと同等の強さを持っている可能性…。とても考えられないし、考えたくもないね」
ヒッシャ「現実的な落とし所で仮説を立てるなら…。うーん、例えばこんなのはどうかな」
ヒッシャ「影たちは、一年以上前にゲートを潜り、この世界へやって来た。そして数ヶ月或いは数年、この世界に潜伏し続けた」
ニー「潜伏…。それなら一応、時間的な辻褄は合うのかな」
ヒッシャ「潜伏していた理由は、その間彼らが何らかの計画を立てていたとか、準備していたとか、その辺りでテキトーに説明がつく」
ヒッシャ「他には、三年前と同様、デスクラスの化け物が、異世界からこの世界に、影という刺客を遣わせている説、とか」
ヒッシャ「二パターンの応用で、一年以上前にこの世界へ来た誰かが、影を生成してこの街に送り込んでる説、なんてのも考えられるっす」
ニー「うーん…。どれも、あまり考えたくないな…」
ヒッシャ「因みに、一番考えたくないパターンとして、」
ヒッシャ「今閉じているゲートとは、別のゲートが存在している説、ってのもある」
ニー「ゲートが、一つだけじゃないかもしれない、ってこと?」
ヒッシャ「そもそもゲートってもん自体、謎の多い代物なんだよ」
ヒッシャ「鏡の世界のリーダーであるマスター曰く、三年前にデスが異界渡りをした際、空間に開いた裂け目の中でサイズが大きく、かつ時間経過によって自然修復されなかったもの、らしいが」
ヒッシャ「それ以外の情報は、なーんも出てこない。原作の書で調べようにも、異界物扱いになっているのか、一切の解析手段が弾かれるし」
ヒッシャ「だから、もしかしたら俺たちが知らないだけで、三年前の時点で見つからなかったゲートが、この世界のどこかに残っている可能性は、十分に考えられるんだな」
ニー「もしそれが本当なら、影はそのゲートから、この世界に…?」
ヒッシャ「因みに、別ゲートの存在を裏付ける根拠は、他にもあったりするぞ」
ニー「え?」
ヒッシャ「更に因みに、そいつは今、俺たちのすぐ側にいるぞ」
ニー「え!?ど、どこ!?」
ヒッシャ「あそこ」
ピッ(ヒッシャがゲームマシンの方を指差す)
ミナミ「よーし、次はバスケで新記録チャレンジや!」
グルグル(ミナミが腕を回している)
ニー「あそこって…。ミナミがマシンで遊んでるだけだけど…」
ガシャンガシャン(ミナミが次々とボールを投げる)
ニー「…え、まさか」
ヒッシャ「うん。まさかの」
ヒッシャ「あそこにいる少女が、この世界に別ゲートが存在している説の根拠」
ヒッシャ「実は彼女、原作の書の力が効かないんだよね」
ニー「ミナミが、異世界人だってこと!?」
ガタ(ニーがヒッシャに詰め寄る)
ヒッシャ「今朝だってそうだったろ?」
グ(ヒッシャがニーの眼前に原作の書を突きつける)
ヒッシャ「何も俺は、学校からここへ瞬間移動する際、ワープ対象に、ミナミの名を書き忘れていたわけじゃない」
(書のページに今朝の瞬間移動の概要が記されている)
ヒッシャ「名を書に記したところで、彼女をワープさせることはできないんだよ」
(移動対象人物の欄にミナミの名が記されている)
ヒッシャ「この世界の住人であるなら、創造主である俺の力からは逃げられない。それを回避するってことは、あいつは紛れもなく異界物だ」
ニー「……」
カタン(ニーがベンチに座りなおす)
ヒッシャ「まあぶっちゃけ、俺も今朝までは、すっかりそのこと忘れてたんすけどねー。ミナミの名を書に記すのなんて、久方ぶりだったし」
ニー「…私、あの子が異世界出身だったなんて、今まで思いもしなかった」
ニー「ヒカリやサヨリほどじゃないにしても、それなりに長い付き合いだったつもりなのに…」
ヒッシャ「うむ。実際長い付き合いだった」
ヒッシャ「そしてその長さこそが、さっきの仮説を証明する味噌なんだ」
ピッ(ヒッシャが人差し指を立てる)
ヒッシャ「ここで問題です。ニーがミナミと出会ったのは、一体いつでしょーか?」
ニー「…四年前。中学校の入学式で、初めて顔を合わせたんだよ」
ヒッシャ「正解です!いやーよく覚えてるねー」
ヒッシャ「じゃあ、俺たちが初めて、ゲートの存在を確認したのは?」
ニー「三年前、鏡の事件のあと…」
ヒッシャ「そうだね」
パチパチ(ヒッシャが拍手をする)
ニー「…そっか。ミナミが異世界人だとするなら、その四年前っていうのは、確かに不可解な時期になっちゃうんだ」
ニー「私たちが確認できたゲートは、三年前の騒動の際、この街に開いたものだけ」
ニー「だから、そのゲートが現れる以前に、異界物がこの世界に存在しているなんてことは、私たちからしてみればありえない」
ニー「けれどミナミは実際に、四年前、街のゲートが発生するよりも前、私たちと出会っていた」
ニー「それなら、ミナミは、私たちの未だ知り得ないゲート、」
ニー「街の外にあるゲートから、やってきたってことになる…」
ヒッシャ「えぐざくとり。彼女が神クラスの力を持っていたりしない限りは、それでまず間違いないね」
ヒッシャ「もし仮に、彼女が当時潜ったゲートってのがまだ機能しているとすれば、影どもがそいつを利用して、この世界へやってきている可能性も十分に考えられる」
ヒッシャ「そういうわけで、実は少し前、ミナミ本人に直談判してきたんだけど…」
(ヒッシャが項垂れる)
ニー「…駄目だった?」
ヒッシャ「…のらりくらりと躱され、最終的には"ウチが異世界人?何のことや"って白を切られた」
ニー「ミナミが、嘘を吐いたの…!?」
ヒッシャ「よっぽど、他人には知られたくない事情が絡んでいるんだろうな」
ヒッシャ「それこそ、四年間共にいたお前たちに、自身が異界物だと悟らせないレベルには」
ニー「……」
ヒッシャ「一応最終手段として、無理やり口を割らせるって手もなくはないけど。曲がりなりにもお嬢様方のご友人でいらっしゃいますし、お関係にお溝を入れるのもねえ…」
ヒッシャ「要するに、お手上げなんですわ」
ニー「……」
(ニーがミナミの姿を眺める)
ニー「…分かった。じゃあ、私がやってみる」
ヒッシャ「へ?」
(ヒッシャがニーの方を向く)
ニー「ミナミと私は、中学の時からずっと一緒のクラスだったし、きっとヒッシャよりは、心を開いてくれてるんじゃないかと思う」
ニー「同性にしか打ち明けられない悩みとかも、あるかもしれないし。私が直接行って、ゲートのことを…」
ヒッシャ「い、いやいやいや!待ちたまえよニー君」
ヒッシャ「確かに俺よりも君の方が、ミナミには信用されているだろうし、彼女の隠している秘密とやらを、打ち明けてくれる可能性は高いだろうよ」
ヒッシャ「だがチャンスってのは、大きければ大きいほど、ミスった時の損失も大きいんだぜ?下手をすれば、長年の友人と絶交なんて未来も…」
ニー「事情を話せば、ミナミなら、分かってくれるはず」
ニー「黒い影は、今はまだリングを奪おうとはしてこないけれど、いつ豹変するかも分からない。それに今現在だって、彼らに傷付けられている友だちはいる」
ニー「そのことをちゃんと伝えて、助けになってほしいってお願いすれば、きっと…」
ヒッシャ「いや、でも…」
(ニーがミナミを見つめている)
ニー「…あの子、言葉遣いが私たちとは違って、少しつっけんどんに感じることがあるかもしれないけれど…。その心はとっても温かくて、思いやりに溢れたいい子なんだよ」
ニー「ルイコも言ってた。まるで毎日が宝物だと言わんばかりに、いつも笑顔を振りまいて、クラスや学校全体を明るくしてくれるって」
ニー「中学でも高校でも、誰とでも分け隔てなく接して、輪を広げて、それでいて善悪の判断はきっちりとつける」
ニー「まるで、みんなのお母さん。そう思わせる真っ直ぐさを、彼女は持っているんだよ」
ヒッシャ「……」
ニー「…だから、そんなミナミが私たちに隠そうとしていることって、本来なら、私たちが知ろうとするべきじゃないと思う」
ニー「少なくとも絶対、遊び半分では。そして真摯であったとしても、抉じ開けるべきものではないんだって」
ギュ(ニーが膝上で拳を握りしめる)
ニー「…けれど、それでも。ちゃんと面と向かって話し合えば、あの子はきっと、正直に応えてくれる」
ニー「是であっても、否であったとしても。面には面で、返してくれる」
ニー「あの子は、そういう子だから」
ヒッシャ「…信じているんだな、ミナミのことを」
ニー「うん。今までも、これからもね」
(ニーが笑みを浮かべる)
ヒッシャ「…分かった、じゃあ、ニーに任せることにするよ。ミナミが潜ったゲートの情報について、僅かでも構わない」
ヒッシャ「ただし何度も言っているが、彼女には原作の書が効かない。お前との間に深い亀裂が生まれたとしても、寄りを戻すよう改変させることはできないからな」
ニー「分かってるよ。それに大丈夫」
ニー「あの子は、私たちに一方的に絶縁状を叩きつけてくるような、そんな子じゃないから」
(ニーがヒッシャに笑いかける)
ヒッシャ「…やっぱりお前、チースの姉だな」
ヒッシャ「まあ、俺も俺の方で、彼女に関する情報を探ってみるから。たとえそっちが何の手がかりを得られなかったとしても、心配は要らんからな」
ヒッシャ「それと、チミ本人は気付いてないかもしれんが、今日の情報交換で、大分君の脳内がごっちゃになってると思う」
ヒッシャ「一度頭の中を整理してから臨むべく、ミナミへのお伺いは、明日以降にするのが望ましいと思うぞ」
ニー「…そうだね。うん、分かった、そうするよ」
ニー「ありがとう、ヒッシャ。いつも助けてくれて」
ヒッシャ「我はこの世界の主であるぞ、民を助けるのは当然であろう?ほっほっほ」
(ヒッシャが髭を伸ばす仕草をする)
ヒッシャ「できることなら、四六時中お前たちの側にいてやりたいんだがな…。現実世界の生活との兼ね合いもあって、なかなか…」
ニー「ううん。数週間に一度、こうして会いに来てくれるだけでも十分だよ」
ニー「ヒッシャが頑張っているだなんて言わずもがな、側から見ていれば一目瞭然なんだから。無理だけはしないでね」
ヒッシャ「俺にそんな労いの言葉を掛けてくれるお人、二つの世界を合わせてもニーとサトシぐらいだよ。全く…」
ウィン(ゲームセンター入口のドアが開く)
ヒッシャ「…お。噂をすれば」
ニー「え?」
タケシ「うおおお、チースううう!!」
ダダダ(タケシがチースの元へ駆け寄る)
チース「タケシ!!いいところに来た、ミナミちゃんの取ったスコアが、さっきからどうやっても超えられねぇんだ!!」
コウタ「な、何やってるの…?」
カイ「あ、おはよう。コウタもこっちに来てみてよ」
ヒカリ「ミナミちゃーん、久しぶりー!」
(ヒカリがミナミに抱きつく)
ミナミ「おっ、ヒカリやないか!おばちゃん会えない間、ずーっと寂しかったで!」
サトシ「遊ぶのは構わないが、あまり散財しすぎるなよ…。おはよう、二人とも」
タンタン(サトシがヒッシャたちの元へ歩み寄る)
ニー「おはよう…。みんな勢揃いで、一体どうしたの?」
サヨリ「どうしたもこうしたも、授業が始まったと思った直後、学校から"本日は休日になりました"っつう意味分かんねえアナウンスがあったんだよ」
(サヨリがマシンに凭れかかっている)
ヒッシャ「意味も何も、事実だからにゃあ」
サトシ「やはりお前の仕業か、ヒッシャ。頼むから軽い思いつきで、この世界の祝日を増やすのはやめてくれ…」
ヒッシャ「いーのいーの。増えたと思ったら減らせばいいんだから」
サヨリ「そういう問題じゃ…。つかお前、今日は現実世界の学校はどうしたんだよ」
ヒッシャ「う!!」
ガタ(ヒッシャの座るベンチが音を立てる)
サヨリ「う?」
ガタガタ
ヒッシャ「こ、この世界の人間どもは、ズケズケと人の踏み込んでほしくない領域にまで、土足で上がり込んできやがる…。かくなる上は…」
サトシ「いや、お前が創った世界だろう…?」
ニー「ヒッシャ、今日は寝坊して休んだんだって」
サヨリ「は?」
ヒッシャ「おいいい!!何あっさりとバラしてくれてんのおおお!?」
ニー「だって今朝、教室で堂々と言ってたし…」
ヒッシャ「今朝のは変なハイテンションの所為で、ついペラっちゃっただけなのおおお!!こいつらはコロッと騙されそうな頭してるし、今回は適当に誤魔化すつもりだったのおおお!!」
サヨリ「よし。一発殴らせろ」
タンタン(サヨリがヒッシャに近寄る)
ヒッシャ「嫌ですわサヨリさんそんな拳をポキポキ鳴らしてレディなんですからもっと慎ましくお淑やかになさらないとおほほほ」
ス(ヒッシャが原作の書とペンを構える)
サトシ「おい…」
ヒッシャ「そんな貴女に、是非とも着せたい、メイド服」
サヨリ「させるか!!」
バッ(サヨリがヒッシャに飛びかかる)
ガタッ(ヒッシャが逃げ出す)
サヨリ「待ちやがれ、この世界振り回しクソ野郎が!ぶっ殺してやる!!」
ヒッシャ「貴女のご主人様に向かってなんて口の利き方ですの!直ちに是正なさい!」
サヨリ「るせえ!!」
ダダダ(ヒッシャとサヨリがセンター内を駆け回る)
ニー「みんな、相変わらずだね…」
ニー「相変わらず…。うん、それが何より…」
(ニーが胸に手を当てる)
サトシ「…ニー。ヒッシャと、何を話していたんだ?」
ニー「え」
(サトシがニーを見ている)
サトシ「影についてか?」
ニー「あ…。…うん」
ニー「その、影の個性とか、出没した場所とか、時期とか、色々と…」
サトシ「…そうか」
ギシ(サトシがニーの側に座る)
サトシ「なら、その色々については、また今度教えてくれ」
サトシ「今はまだ、聞き出すには早すぎるようだからな」
ニー「うん…。ありがとう」
ニー「多分、早くて明日には、伝えられると思うから…」
サトシ「分かった」
ワイワイ(チースたちがマシンで遊んでいる)
ニー「…また世界、救えるといいね」
サトシ「…そうだな」
サトシ「…さて。では俺も、チースたちの方へ加わるとするかな」
(サトシがベンチから立ち上がる)
ニー「あ、サトシも遊ぶんだ…。てっきり"今日は本来平日だから"とか言って、勉強でも始めるのかと」
サトシ「折角貰ったものだ、どうせなら有効活用しないとな」
サトシ「それに、言うだろう?子供の本分は遊びだって」
ニー「子供か…。そっか、私たちまだまだ子供なんだね」
ニー「考えることは増えたけれど、それでもまだ、嫌なことを忘れていられる…」
ス(サトシがニーに手を伸ばす)
サトシ「さあ、行こう。一緒に」
ニー「…うん」
パシ(ニーがヒッシャの手を掴む)