002 街
ゴオオオ(町の中央に高層ビルが建ち並ぶ)
ブロロロ(ビル下を多くの車や人が行き交う)
タンタンタン(ビルに多様な巨大スクリーンが取り付けられている)
アリガトウゴザイマシタ(スクリーンにニュース番組が映し出されている)
番組のキャスター「それでは、本日のニュースです」
キャスター「この町において、人為的な事故、事件が発生しなくなってから、早三年が経とうとしています」
キャスター「三年前、あの災害とも呼べる事件が発生して以降、私たちは今日に至るまで、平穏な生活を享受し続けてきました」
キャスター「それも全て、この世界を統べる主、」
キャスター「"創造主様"が、街をお護りくださっていることの結果に他なりません」
キャスター「私たちはこれからも、創造主様のおかげで、この安寧な日々を過ごせているのだという事実を、胸に刻んでいかなければなりません」
キャスター「そして来年、再来年も、同様の感謝を創造主様に対して送ることができるよう、私たち自身も、より一層自身を切磋していくことが肝要でしょう」
キャスター「では、次のニュースです。隣町の…」
ブロロロロロ
???「……」
タンタンタン(一人が雑踏の中立ち止まったままスクリーンを眺めている)
???「…創造主サマ、ね…」
ーーーーーーーーーー
ブロロロ(町の中心部からやや離れた区域に閑静な住宅街が広がる)
タッタッタッ(住宅街に足音が響く)
???「ハッ、ハッ、ハッ、」
タッタッタッ(誰かが住宅街を駆け抜ける)
???「はやく…ッ、急がねぇと…ッ、」
???「間に…、合わねぇ…ッ、」
タッタッタッタッタッ
???「…ッ、クソ…ッ」
キッ(誰かが足を止める)
(誰かが空を見上げる)
小柄な短髪の少年「ェエエエムチィイイイイイ!!」
(少年が空に向かって叫ぶ)
少年「ハア、ハア…」
タッタッ(少年の背後から足音が聞こえる)
???「…って…」
タッタッタッ(少年の背後から二つの影が近づく)
おさげの少女「待っ、て…!!」
一頭身の生物「待ってよー!!」
ーーーーーーーーーー
少女「ハア、ハア…」
生物「ゼエ、ゼエ…」
ゼエハア(少女と生物が俯き息を吐いている)
少年「おっせぇぞ!!ニー、カイ!!」
ビシビシ(少年が二人を交互に指差し怒鳴りつける)
少女ニー「だ、だって、ハア、」
生物カイ「チースったら、学校が終わった途端、急に、走り出すんだもん、ゼエ、」
少年チース「ったく、だらしねぇヤツらだぜ…。早くしねぇといけねぇってのによぉ!!」
ハア(ニーとカイの息が整う)
カイ「ふう…。でも今日って、そんな急ぐ用事なんてあったっけ…?」
ニー「何か催し物があるとか?まるで心当たりがないけれど…」
チース「ッはぁあああ!?オマエら、まさか知らねぇってのかよ!?」
ズンズン(チースが大股で二人に近寄る)
チース「今日っつう日に、この街で開かれる催し物を!?」
チース「知ってなけりゃ人生の半分を損しちまう、あの一世一代の超特大イベントを!?」
チース「信じらんねぇ!!お前ら人間じゃねぇのか!?」
(チースの口から唾が飛ぶ)
カイ「そんな事言われても…」
(カイが顔を拭う)
ニー「知らないものは知らないし、…ねえ?」
チース「カァアアアッ!!仮にもオレの姉の癖して情けねぇぜ、ニー!!」
ビシ(チースがニーを指差す)
チース「いぃか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!!」
チース「今日はなぁ、」
ビシ(チースが人差し指を天に掲げる)
チース「幻の乳酸発酵食品マッツァララチーズ、」
チース「略して"エムチー"が、この街で売られる日だぁあああ!!」
ニー「……」
カイ「……」
(住宅街に静寂が訪れる)
ニー「…モッツァレ…、何?」
チース「マッツァララチーズだ!!一発で覚えやがれ!!」
カイ「どう考えてもモッツァレラチーズのパチモ
チース「このチーズはなぁ、本来ならクッソ遠い国でしか売られてねぇんだ!!」
チース「それもそのはず!!このチーズは、厳選された季節の厳選された気候の厳選された牧場の厳選された牧草を食う厳選された乳牛の厳選された鮮度バツグン濃厚ミルクのみを使用しているんだぜ!!」
チース「そのアルティメット厳選ミルクを、会社独自の企業秘密的技術で発酵させることにより、ミルク本来のコクを一ミリとて逃さねぇチーズの製造に成功!!」
チース「食った瞬間に分かるミルクの深みとまろやかさ!!旨味がギュッと濃縮されているにもかかわらず、口に入れるとまるで生チョコのように溶けちまう繊細さと儚さ!!」
チース「その脆さと、気温や湿度、時間の影響で簡単に味が落ちちまうことから、幻のチーズと呼ばれ、世界のセレブ共も挙って諸手を伸ばす逸品!!」
チース「本来なら、期間限定数量限定、しかも百グラム数十万円で売買される代物が!!なんと!!」
チース「なんと今、この町で売られているんだぜぇえええええ!!」
バアアアアアン(チースが両手を天に掲げる)
ニー「す、数十万円…」
チース「それだけじゃねぇ!!マッツァララチーズは味だけでなく、チーズを手に入れたっつぅ事実そのものにも価値がある!!」
チース「オレが凡庸なセレブ共より上の存在に成り上がるためにも、マッツァララチーズはなくちゃならねぇ存在なんだ!!」
チース「全ては、オレが一番になるために!!」
バアアアアアン(チースが再度万歳をする)
カイ「…ってことはチース、今からそのマッツァロレルロ
チース「マッツァララチーズだ!!」
カイ「を買いに行くの?」
チース「おう!!」
カイ「数十万円もするチーズを?」
チース「ったりめぇだろ!!だから今、ソイツが売られてる店に直行してんだろうが!!」
バッ(チースが二人に背を向ける)
チース「早くしねぇと売り切れちまう!!オマエらもさっさと付いてきやがれ!!」
チャッ(チースがクラウチングポーズを取る)
ニー「ちょ、ちょっと待ってチース!」
チース「何だ!?」
(チースがクラウチングポーズのまま振り返る)
ニー「百グラム数十万円って、そんな高価なチーズをどうやって買うつもりなの!?」
ニー「分かってると思うけど、今の我が家にそんなお金は…」
ズイッ(ニーの目の前にチースの指が突き出される)
チース「チッチッチッ。甘いぜ、ニー」
チース「このオレが、自身の貯金は愚か、家計すらも測れねぇような頭スッカラカン野郎に見えるか?」
カイ「見える」
チース「見やがれ、このチラシを!!そして恐れ慄きやがれ!!」
バッ(チースが懐から一枚のチラシを取り出す)
ババン(黄色地のチラシに"激安""大特価"と書かれている)
ニー「……」
カイ「…安そう」
ニー「…何これ、スーパーのチラシ?」
チース「んなわけねぇだろうが!!よく見やがれ!!」
チース「チラシのココ!!ど真ん中に、デカデカと、書いてあんだろうが!!」
ビシビシ(チースがチラシ中央を指で叩く)
カイ「えっと何々…。"大特価、期間限定特別セール!!"」
ニー「"あの幻のチーズ、マッツァララチーズが、この町限定、今日限りでなんと、百グラム五千円"…」
ニーとカイ「「…五千円!?」」
ニー「え、ま、待って待って!さっきはチース、百グラム何円って…」
カイ「数十万…」
ニー「数十万円のチーズが、五千円!?最低でも、95パーセントオフ!?」
チース「へへへ、漸く事の重大さが分かってきたようだなぁ?」
チース「そう!!これは、一生にあるかねぇかの大チャンス!!」
チース「エムチーを手にして、オレは一層この世界の天辺、延いては、」
チース「この物語の主人公としての地位を、固めてやるんだぜ!!」
バアアアアアン(チースが人差し指を天へ掲げる)
カイ「また始まった…」
(カイが溜め息を吐く)
チース「エムチーはお一人様一品限り!!オマエらも列に並んで、一つでも多くエムチーを入手すんだよ!!」
ニー「え、別に一つで十分じゃな
チース「店は一時間も前に開いてやがるからな!!早くしねぇと売り切れちまうぜ!!」
チース「じゃあな!!」
ドドドドド(チースが走り去る)
ニー「ちょ、ちょっと!」
(ニーがチースへ手を伸ばす)
ニー「って、行っちゃったし…」
カイ「…どうする、ニー?」
ニー「どうするって…、行くしかないでしょ」
カイ「ニーもその、モッツァロルレロラチーズが欲しいの?」
ニー「そう、そのモッツァロレロレ…、じゃなくて!」
ニー「どんな理由であれ、チースを一人にするわけにはいかないってこと!」
カイ「相変わらず過保護だなあ…」
カイ「…でもまあ、確かにあの猪突猛進ぶりを見るに、道中事故に遭わないか心配ではあるね」
カイ「それに、」
(カイがチラシを再び見る)
カイ「このお店のことも、色々と引っかかるし…」
ニー「そうと決まったら、急いで後を追うよ!」
ダッ(ニーが走り出す)
カイ「え?ちょ、そこはもうちょっと話に乗っかってくれても良くない!?」
カイ「待ってよニー!」
ダッ(カイが走り出す)
ヌ(誰かが電柱の陰から顔を覗かせる)
???「……」
(誰かが三人の後ろ姿を見つめる)
???「…目標、確認」
フ(誰かが姿を消す)