6.謎の液体出てきたから早く助けなさい
「──────で、何であなたと組むことになってるのかしら?」
アネモネと。
「知らん」
俺と。
「…………………」
ティア。
俺たちは今、ダークスーツを身に纏い、人の気配を感じない商店街を歩いている。
ミゲルマンに急遽仕事を入れられたからだ。
その内容は俺の教育も兼ねたとある地域のパトロール。
何だか、日が落ちるタイミングで例の化け物が出てくることが多くなっているとか。
早速渡されたのが今着ているこの制服。見ての通り、黒いスーツなのだが、男性用と女性用であまりデザインの差異がない。ほぼユニセックスと言っても過言ではないだろう。
俺が初めて二人を見たときはこんな堅苦しい服装ではなかったはずだが。
しかし、拠点内の組員はこのスーツを着ていた。やはり、これが制服で間違い無いのだろう。
また、堅苦しいと称したが着心地はとても良い。フィット感があり、伸縮性にも優れているようだ。
このスーツにはいくつか機能がある、というのは聞いていたが、これらだけなのか。
それとも。
まあ、また後々説明するらしいが。
現時刻およそ午後6時、まだ空が明るい。
「本当にこんなところに出るのか? あの………械物ってやつは」
「報告によると、4割弱ってところらしいけど」
「またそんな中途半端な。出てきたらどうすんだよ?」
「勿論、破壊するわ。その為のパトロールでしょ?」
そもそも、この組織のパトロールがどんなものか知らないが。
「……………………」
「ん? ティア、どうしたの? 気分でも悪い?」
「え………あ!いいえ!? そんなことはないですよ! 1日に2度もお姉さまとお仕事出来るなんて……こんな嬉しいことはありません!」
「そ、そこまで……? ま、まあ今日は色々あったし無理はしなくていいのよ?」
「大丈夫です! わたしなりに仕事をこなします!」
表情と言葉が一致していないのが丸分かりだ。
やはり、俺のせいだろうな。なんせまだ謝れていない。
何故、自分で謝りたいって言っておいてさっさと謝らないのかって。
それは勿論、姉がいるからだ。
「全く、何でこんな日に連勤入れてくるのかしら会長は………しかもパトロールって」
「おーい、なんか忘れてませんか?」
「何だったかしら」
顔を逸らし、首を傾げた。
こいつ、さては聞いていないことにしやがったな。
「いや別にぃ? もう大体分かってるしぃ? 知る必要も特に無いしぃ?」
「そう? なら良かった」
それで良いのか先輩。
うん、それは良いとして。
この世界の状況─────世界観が未だによく分かっていない。現に歩いているだけで元の世界とは空気が違う。何かこう、新品の電化製品を開封した時の匂いが充満しているというか。
人の気配の感じない商店街を歩いていると称したが、別に閉鎖されているわけではない。
電気も付いているし、錆びついているわけでもない。
ただ、そこに人がいない。ここに居るのは自分達だけ。
「不思議そうな顔で見ちゃって、そんなにおかしな光景?」
「当たり前だろ、俺は異世界転生者だぞ? 海外に来たとかそういう問題じゃない」
そう、看板に書かれた文字に見慣れた建物。これは日本である他ない。ただ、違和感がある。
「ま、ここは少し特殊だからそう見えるかもね」
「特殊?」
「そう、ここはカモフラージュを施した商店街。械物は機械から反する領域を機械化しようと襲ってくる性質を持っているから、こうして機械化された領域としてなりすましてるのよ」
「機械から反する領域って………なんだ?」
「うーん、言い方を変えれば“人の匂いのする領域”ってことね」
「結局、人を襲うモンスターってわけか」
そして、そのモンスターの住処となりすます事で人の生活圏を守るというわけだ。
世界観が何となく分かってきた。
だが、械物に至ってはまだまだ説明がありそうだ。
「そうね………でも、最新の研究では共存出来そうな械物も判明してきたって話があるらしいわよ」
「“エイトマニュピレーター型”……」
ティアがボソッと呟いた。
「そう、別名蜘蛛型とも呼ばれる械物。噂によると近日中に機関が研究成果の発表をするみたいなの」
「へえ………マジで最先端の研究をやってるみたいだな」
「そうよ、先端技術に関しては世界一といっても過言では無いわ。この研究が進めば、仕事も少し楽になるし、支配領域も………取り戻せるはず……!!」
グッと拳を握るアネモネ。それは未来の希望に満ちた故か、それとも怒りか。
そもそも“支配領域”とは。
「お姉さま………!!」
「支配領域って何のこと──」
アネモネの方へ顔を上げた。
「お姉さま!!」
「支配領域………それは────」
なんか頭に刺さってんぞ。
「おいおいおいおい!!! 説明は良いから頭のそれに気付けよ!?」
「ん? どうした?」
頭からドバドバ流血しているというのに何をケロッとしているんだこの女は。
もしや天然なのか、そうなのか。
「お姉さま! 頭にエイトマニュピレーター型が!!! 」
「何!?」
「頭です! 頭!!!」
冷静に頭を触るアネモネ。手は流れ出る血で汚れた。
アネモネは自分の手を凝視した。
「た、確かに…………血だわ」
「何冷静に分析してんだ!? と、とりあえず撃つぞ!!」
「殺す気!? 早まるのはやめなさい!」
次の瞬間、頭に刺さっている蜘蛛型の械物はクラゲのような傘を広げ、アネモネの顔を覆い始めた。
「あわわわ…………ど、どうしたらいいですかお姉さま!!」
「うーん、取れないわね………」
ジワジワと覆われていく中、彼女はソレを離そうとするが、ゴムのように伸びて無意味だった。
「お前、よく冷静でいられるな………っていうか、その剣で何とかしろよ!」
「ん、そうだったわ」
覆うソレは透明であった為、アネモネがどの様な動きをしているかはそのまま見えている。
彼女は腰に据えた剣を抜こうとする。
「…………よいしょ……うーん……しょっと……………抜けない」
一生懸命抜こうとしているのは分かった。
だが、覆われたソレに鞘が引っかかってしまっているのだ。
完全に覆ったソレは膜。ちょうどアネモネの身体に合わせた大きさであった。
「は?……………ていうかお前! 本当にさっきまでいた奴か!? 幾ら何でもボケが過ぎるぞ!?」
「何を言っているの? 私はアネモネ・ダヴリンハーツよ」
「いや、俺は知っているぞ!? お前はこのタイミングで名乗るような奴じゃなかったぞ!? 出会って一日も経っていない俺でも分かるぞ────!?」
「あ、あの!」
気付けば背後にティアがいた────かなり近い。
「え、えー………ど、どうした〜?……じゃなくてぇ……」
何故、慌てるんだ俺。今はそれどころじゃない。
「だ、大丈夫!?」
「お……………おう!大丈夫だ!」
5秒以内に終わらせられる話だ、謝れば良いだけなんだ。
「そう、俺にも伝えたいことがある」
「………え?」
「さっきは……………本当に!!悪かった!!」
タイミングは最悪なのは分かっている。
これで悩みは終いだ。
「さあ、次は君だティア!何を言おうとした!?」
「あ………あぅぅ…………!」
思い出したかの様に一気に真っ赤に染まる顔。さっきの真剣な顔と打って変わって、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
あ、これってもしや。
「あ、あれー? 僕、変な事言っちゃいましたー? …………的な?」
「うぅ…………ぐすん……」
「あー……………」
「………今言う……?………うぅ……もう…!」
「………………ですよね」
30秒経過。