3.妹は小さくて、姉は大きい、ね
「わたしは確かに弱虫で…………泣き虫で、ポンコツで、運動音痴で、成績は良くないし、背も小さいし、引っ込み思案だし、よく転けるし、歌は音痴だし、センス無いし、容量悪いし…………胸は貧相だし、日記は三日坊主だし、化粧下手だし、お姉様に頼ってばっかで、弱虫で泣き虫でポンコツで────」
「───長い!!」
姉の鋭いツッコミが入る。そんなコントみたいな事をしている余裕は無い。
「ほら危ない!!」
間一髪でティアを抱えて、敵の重い一撃を回避した。
体勢を整えて、姉は覚悟を決めた。
「良い?貴方は術師である事を忘れないで。後方からの支援に徹底するのよ」
「…………はい!」
「装備が不十分故に殺し切れる気がしないわ……出来て気を引くくらい。言いたい事は分かる?」
「わたしが……………助けるって事ですか」
無言で頷く姉。
ティアは覚悟が決めたようだ。これでようやく安心して状況を始められ────
「わわわわわたしがやるんですか……!?」
始められない。いつも通りのティアだった。
思わずズッコケそうになった姉は頭を抱えた。
「全く貴方って人は………!!」
だが、こんな小芝居はここまで。怪物は容赦無く殺意を向けている。
《ゴアアアアアア──────!!!》
声が遠退くと言っても正しい、揺さぶりのある咆哮。
敵は背を向けた─────つまり。
「大剣の様な尻尾……!! 散るわよ!!」
「うぇぇぇん!! は、はいい──!!」
姉が例えた通り、その尻尾はまるで研ぎ澄まされた大剣の如し。縦一文字に振り下ろされた。
裂ける大地と荒い風圧、そして。
「ぎゃあああああ───もう嫌だあああああ!!」
男の悲鳴。怪物の鳴き声に負けない大きさのボリュームで姉妹の耳に入る。
「はああああ!!!」
姉は標的目掛けて駆ける。
腰の鞘に手を当て、その得物を今抜く。
「『桜花羅刹』!!!」
狙うは足元、装甲の隙間を刃が切り裂く。
すると狙い通り、敵は動きを鈍らせる。
「まだ早いわ…………ティア、もう少し待機よ。」
「は、はい!! いつでも行けるようにはしてます……!!」
コクコクと緊張気味に頷くティア。
フラつく敵の背中に乗った彼をしっかりと見定める。
一方、姉は敵の脚部へもう一度、狙いを定める。
「もう一発……………くらいなさい!!」
抜いた剣をもう一度、同じ箇所を目掛けて振り抜いた。
ブチブチとちぎれる音と共に悲鳴をあげ、スパークする火花とともに溢れ出る体液。
これは流石に効いただろう。
「これでしばらく動けないはず………行くわよティ────」
「まだダメです!お姉様───!!!」
「!!」
振り向いた時には吹き飛ばされていた。
「ぐっ! これは想定外!!」
後ずさりつつ受け身をとる姉。
その視線の先では敵が必至に立ち上がろうとその場で暴れていた。
「巨体の癖に良く動く………!」
「大丈夫ですか!! お姉さま!?」
飛ばされた先にはティアがいた為、結局初期位置に戻ってきてしまった。
このままでは逆戻りだ。あの化け物も、時間が経てば自己再生するだろう。
指を顎に当て、思考を巡らせる。
「私は大丈夫………しかし───」
「────お姉様危ない!!!!」
今度は何、とティアに呆れた顔を見せようとしたが、その顔は何処からか投擲された何かが腹に直撃する事によって一瞬だけとんでもなく不細工な顔と化した。
投擲物の勢いのままに吹っ飛ぶ姉。先程吹っ飛ばされた距離よりもわずかに長く飛んでいた。
「うわああああ!お姉様───────!」
その衝撃的な光景を見てしまったティアは動揺せずにはいられなかった。間一髪入れずに、全力で姉の元へ駆ける。
「………………助かったのか、俺は…………?」
自分が今、立っているのかも分からなかった。ただ、目の前は真っ暗で─────顔の辺りがクッションにでも覆われたように柔らかく、暖かい。
「──────ま!! ────さま!」
酷い衝撃を受けたみたいで、耳で聴き取れる音は全て音がこもっていた。先程から何か聴こえてはいるが、何かは分からない。
でも、その音────その声は必死だった。
だから顔を上げてみる。
「へ?」
うつ伏せになっていたらしい。だからこうして、両手を使って身体を起こそうとした。
するとその両手は平らではなく、何か二つの柔らかいものに触れていた。
何かこう、弾力のある、柔らかくて暖かいもの。
「んん?」
ボヤけていた視界も戻ってきた。そして第一に視界に入ったのは、綺麗な瑠璃色の髪をした女性。腕と足のみに鎧を装備しており、如何にも軽量防具という見た目だ。
何故か馬乗りになっている状態から見るに、自分より背が高いのがすぐに分かった。
「お……………おおお〜………!!」
彼女はどうやら気絶しているらしい。
そして、どうやら自分はそんな彼女の大きな胸を触ってしまっているらしい。
よく分からない。よく分からないからとりあえず、このままこの胸に包まれて眠───
「私に触れるなぁぁぁ!!!!」
「ぐぼぉ!?」
頭が振動した。これはとても痛い。
流石にダメだったか。でも、もういい。これでようやく眠りにつける事が。
「寝るな!起きろ!起きろ!寝させるものですかぁ───!!!」
「分かりました!よく分からないけど分かりました!許してください!ほんとすみません─────!!!」
怒りに震える声と共に姉は男の胸ぐらを掴んで怒りに任せて揺さぶる。
「お姉様!! 大丈夫ですか!?」
「あまり大丈夫じゃないわね………でも、作戦は成功よ」
胸の辺りの砂埃をはたきながら、涙目になっている男に指を指す。
「助かったんですね! 良かった……!」
「あとは逃げるだけ。正直、助ける価値もないから置いていっても良かった気はするけどね……そいつはティアに任せるわ」
「分かりました。 お姉様は?」
「あいつの相手をもう少しするわ。たぶん、このまま逃げても追いつかれる。それくらいの力があいつにはあるはず」
「え…………では、わたしはこのままお姉様無しで…………逃げる、と?」
「そう、援護は不要よ。大丈夫、すぐに戻るから」
「お姉様…………!!」
遠くからゆっくりとあの化け物が歩み寄る。
合わせて姉も再び剣を手にとり、戦闘に備える。少なくとも、あと10秒後にはここが戦場になるであろう。
そんなただ中に放られた男は黙ってはいられなかった。
「ちょっと待て待て待て待て待て!! 状況が掴めねえよこれ!!」
「今更何を言って?」
「今更って…………俺は死んだんだぞ? 何でまた死にそうになってんの!? そもそも、ここは天国ですか地獄ですかどっちですか?」
「ここは地球ですよ? 落ち着いてください、ね?」
キョトンした顔でティアと呼ばれる少女が肩を叩いて教えてくれた。
可愛い。
「地球…………まあそうだよな。」
「分かっていただけたようで何よりです! では、逃げましょう」
と言ったときには既に姉は敵の攻撃を受け止めていた。
ヘリが着陸した時ってこんな感じになるんだろうな、というくらいの風が目の前で吹いていた。あとは、映画のCGの如く爆ぜる火花。
やはり、理解が追いついていない。
「いや待った。えーと、ティ……ティア、ちゃんって言ったっけ? このまま逃げたら絶対あのお姉様死ぬだろ!?」
「わたしも心配で心配でたまりません。でも、お姉様があんなに自信を持って指示してくれたんです! お姉様は負けません!」
すぐ横に何かが飛んできた。
「何てタフなやつだ………!!」
敵に吹き飛ばされた姉だった。剣を地に突き立て立ち上がろうとしていた。
「そんな…………お姉様!」
「ティア! 貴方何をモタモタしてるの!? 早く逃げなさい!!」
「もう少ししてからいきますからこれだけでも受け取ってください……………癒しの光を─────『ライトヒーリング』」
ティアの杖から放たれた光が姉を包み、傷ついた身体を癒していく。
先程まで荒れていた姉の呼吸も、安定した状態へ戻った。
「あ、ありがとう」
直後に暴風はやってきた。
ほぼ目の前だった。機械がまるでライオンのように吠え、熊のように腕を振るう。
「押し出す!─────『烈波月輪』!!」
豪腕を払った姉の剣が煌き、目の前に描かれた魔法陣をその剣で突く。すると、爆音と共に敵が5メートルほど真っ直ぐに吹っ飛んだ。
「後衛のティアに、前衛の………姉、ね」
「『アネモネ・ダヴリンハーツ』よ。気安く姉とか言わないで頂戴」
「さてはここ、そもそも日本じゃねえな?」
「いいえ、ここは日本よ」
「そっか、訳分からん」
「土壇場だけど、逃げるタイミングが出来たわ。逃げるわよ!」
すると、ティアがさっきも見た美しいフォームでアネモネはもう速度で走っていく。
「はい! お姉様! それじゃあ、君も付いてきて!!」
「あの速さで走るの!?」
言われるがままに走り出してみたものの、辺り中草まみれだ。歩けるような道はあるけども、詰めるだけ詰めてみましたみたいに木々が生い茂っている。森なのは理解したが、何故自分はここにいたのか。この二人もだが、何をしていたのか。
「あなた…………後で覚えていなさいよ。」
「な………何のことですかね………いや!ウソウソ!覚えていますとも!! いや、あれは何というかラッキースケべってやつで……!」
「そもそも、ここで何してたのよ?」
「俺が聞きたいくらいだよ! さっきも言ったけど、俺は死んだんだって!!」
「……………生きてるじゃない」
「だから、それが分からないんだよ!」
「ここは何も考えずに来るところじゃない事、常識でしょう? 何より武器を持っていなさそうだけど、余程の自信を持ってこの森には立ち入ったと見なして良いの?」
「うん?…………んんん?」
全力で走っているからか頭の整理が出来ない。ますます分からなくなってきた。
「お姉様、出口はまだでしょうか?」
「あの突き当りを右に真っ直ぐ…………待った、静かに」
自分でも聞こえた。何かこう、カラクリが動くような音が。それも大きなカラクリだ。
「何だよ………逃げ切れたんじゃなかったのかよ」
「これは不味いわね………9時の方向!!」
木々を翼で薙ぎ倒し、地を鼻のドリルで削りながらその怪物は自分達と並行に進んで来ていた。
「どうしましょう!!お姉様〜!!」
「落ち着いてティア! それにしても場所が悪過ぎる………!!」
よく見れば、先程の化け物と同じではあるが明らかにシルエットが違う。カッターの翼や鼻にドリルなど付いていなかった。
というか、なんなんだアイツは。
「あなた! 回答がまだよ、武器は持っていないの!?」
「そんなもの持ってる訳ないだろ…………ってあれ?なにこれ」
持っている訳ないと思いつつも、持ち物検査をする様に身体のあちこちを触れてみたところ、腰辺りで何か固いものが引っかかった。
「な、何で俺拳銃なんか持ってんだよ?」
「そ、それは強いんですか?」
ちょっと安堵した様にティアは興味津々に眺めてくる。
「持ってるなら早く言いなさい。それは何、どういう武器なの?」
「いや何って…………拳銃───リボルバー? マグナム?………デリンジャー? だから。」
「どうやって攻撃するのかってことよ!」
「あーはいはい、とりあえず見せてやるから待ってください!」
かなり困惑した。拳銃を見てどういう武器か聞く必要ないだろう。
何で持っているのかはよく分からないが、少なくとも自分の武器だ、使わせてもらおう。
「だからさ、こうやって…………。」
とりあえず、腰から拳銃を抜き両手で構えた。そして、先頭のアネモネと同速度で走るあの標的に狙いを定めようと試みた。
「…………………ブレるな。」
ボソリと言葉をこぼし、丁度突き当たりに到着したところで彼は立ち止まった。
「撃ったらすぐ逃げる………撃ったらすぐ逃げる………撃ったらすぐ逃げる……!!」
突き当たりを曲がろうとする自分達に気付き、速度を殺し、こっちを向いた。
今だと思う。
「トリガーを引いて、こう!………漫画とか洋画とかでよくあるじゃんか?」
トリガーを引いてみると、本物の銃声がした。
正直言って初めて聞いた、気がする。
鼓膜で風船が破裂したと思ってしまうほどに耳を劈く音。
画面で聞いてた音より全くと言っていい程に大きい。
音の発生源はこの両手で構えた拳銃からだ。
うるさくて当然だ。
「ボン」と直撃したような音が聞こえたが、化け物はすぐに来る。ここで足を止めるなど馬鹿のする事に違いないのは分かる。
だから。
「はい、逃げるう─────!!」
完全に的が見えた状態で撃つ為に1秒だけ立ち止まっただけ。これでくたばる訳がない。
もう足は限界だが、死ぬよりかはマシだから必死に足を動かしてみせる。
《グオオオオオオオオオオオ!!!》
「振り向かない!! 振り向いたら死ぬ!!」
足を動かす毎に息が荒れる。
でも、死にたくないからこそ。
「「………………!!」」
「おい! 二人とも何立ち止まってるんだよ?」
二人は唖然として立ち止まって、敵を見ていた。戦おうともしていなかった。
《───オオオオオオ……!!!》
その咆哮は萎れていく。
「え?」
まさかと思って振り向いてみると。
オンボロに成り果てた怪物がスパークしながらその場で崩れ始めていた。ノイズ混じりの鳴き声が、不気味さを増す。
やがてスパークは花火大会の終盤の花火の様に
弾け、弾け、弾け──────周辺の木を薙ぎ倒す程の爆発を起こした。
右手に持った拳銃をまじまじと眺め、比較する様に鉄くずになったアレを凝視した。
「─────えぇ?」