2.無駄の無いフォームで走るのよ
『スキルヲ カクトクシマシタ』
『オメデトウゴザイマス』
気を失う間際、耳元で囁くように脳裏によぎった。
〜
“森の沼”
この森はそう呼ばれていた。
またの名を“帰らずの森”。
立ち入って5分間彷徨った時点で遭難したと認識する他ないとされている。脱出率は18%────数値を繰り上げるか切り捨てるかしろとよく批判が挙がる。
そして、年間平均死亡人数は約100人。
遭難での死因と言えば、まず思い浮かぶのは餓死。次に病、自決といったところだろうか。最悪、肉食動物の餌食という場合もある。
この森、これらの死因の割合すらも食ってしまう死因があと一つ存在している。
それは──────“械物による狩りによる死”。
ここには械物が存在する。
《グオオオオオオオオオオオ!!!》
痰の絡まったような咆哮が木々を揺らす。
「はわわ…………………!!」
喉のしまったような声が、少女の身体の震えとともに零れる。
「どうしたの、“ティア”。貴様の覚悟はそんなものなの?」
堂々とした声が、震えて杖を構える少女を問う。
「むむむむ無理ですお姉様!!こんなのわたしには無理ですぅ〜!!」
“こんなの”、と指を向けたのは先程から威嚇している械物。人間のサイズの約5倍とも見て取れる巨体に、豪腕を持つ四足歩行の生物。全身は黒い体毛に覆われ、瞳だけは真っ赤に妖しく光っている。
少女とは反対に、凛として立っており、姉と呼ばれている女は腰に一本の鞘を携えていた。だが、その得物を抜くつもりはないようだ。
「この試練を越えられなくて私に付いてこれると?」
「でも、こんなの聞いてないですよ!? こんなの倒せたら飛び級不可避ですよ!? 本当にこんなのと戦わせるつもりなんですかぁ!?」
泣きそうになりながら姉と呼んでいる彼女に必至に嘆く。
すると、溜め息を吐いて姉はこう言った。
「………その疑問は間違っていないわ」
「え?」
ティアの顔が真っ青に染まる。
姉の言っている事が逆にさっぱり理解できなくなった。
「貴方の言う通り、これは事故」
「え?」
繰り返す「え」という疑問詞。
姉は次に敵に背を向け。
「ただ、奴を狩る事が出来たのなら、私に追いつけるという事………………逃げるわよ」
ハンドサインで「付いて来い」としたかと思えば、全力で逃走を始めた。
「えぇ〜!? 訳分からないですよぉ!!」
姉による逃げの合図と共に敵は再度の咆哮。
完全に二人の人間を獲物として認識したようだ。
「とにかく走りなさい!」
「とにかくって………それじゃ帰り道が分からなくなっちゃいますよ!?」
「私は管理者の一人だという事を忘れた?
逃げ道くらいは知ってる!」
「なるほど………流石はお姉様です!」
「でも、死ぬ気で逃げないとすぐに追いつかれるわよ」
と言われて振り向いて見れば。
《オオオオオオオオオ!!!!》
あまりの理不尽さに変な笑いが溢れてしまう。
それでも思う気持ちは一つ。
「「死にたく無いぃ──────!!!」」
「ん? 今、他の声が……?」
綺麗な走行フォームで走っていた姉は耳だけを背後へ傾けた。
「怖い〜なんか亡霊の声まで聞こえた〜嫌ぁ〜!!」
ティアは全力で走る中、両手で両耳を防ぐ。
「怨霊の声が聞こえたなどという報告は無い…………じゃあ何───」
「あああああぁあ────おろ───下ろしてえええぇ────!!!!」
「え?」
塞いだ耳すらも劈く叫び声。その声はドップラー効果しているように大きく揺さぶられている。
─────揺さぶられている?
「いやぁあぁあぁ─────う、三半規管が──────やばい────!!」
二人にはその男の声がくっきりと聞こえた。
そして、敵が剛腕で木々を払った時にその男の位置も大体把握した。
「背中の装甲に吊られてる!」
「ダッサイTシャツを着ています!!」
だが、二人にとってその男は全くと言ってほど無関係な存在である。無視して自身を守る事に徹底すべきであるのはお互い理解していた。
「お姉様! あの人、何とか助けられないでしょうか!?」
姉は、彼女がこういう人間だという事は分かっていた。
弱虫な癖に、人助けの事となれば勇気を奮う。その意志に伴って身体が動くかどうかは別だが。
「無理、今回ばかりは諦めなさい」
「どうしてですか!」
「今は貴方をこの森から逃す事が優先。万が一、あの見知らぬ男を助けるとしても戦闘は免れない…………犠牲は増やしたくない」
姉の真剣な眼差しに、ティアは黙り込む事しか出来なかった。
「ウップ─────」
会話が止まり、二人はひたすら逃げる為に前を向き直す。
これでも敵の距離は遠退けられない。永遠に二人を追いかけてくる。
「こ───こわ────こわいよ─────ママァアァ────アアアア───!!!」
クシャリ、と隣で聞こえた。そこの土でも踏めば、そんな音がするかもしれない。
そして、とんでもないものを見た。
「な─────!!」
ティアの足音が消えた。
彼女は足を止めたのだ。
「私、やっぱり無視出来ません! 目の前であんなに苦しんでるんです! 助けないなんて出来ません!!」
無意識に姉も足を止めてしまっていた。
ティアを連れ戻そうと歩み寄る。
「馬鹿な真似をしないで! この森での生還率は知っているでしょう? 一人の犠牲くらいどうって事────」
「どうって事無いわけないです!」
なんか、ドラマが繰り広げられてるけど、
とりあえず早く助けて。