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旧市街の死神と罪を救う魔法使い  作者: 桂木 狛
旧市街の魔法使い
3/30

旧市街の魔法使い 2


「ヒソラはリベルに何しに行くんだ?」


「リベルに引っ越すんですよ」


「一人で?」


「はい」


 セーハは神妙な顔で私を見た。


「それって聴かれたくない話だったりする?」


「大丈夫ですよ。そこまでデリケートな話ではありませんから」


 私はセーハに養子に出る経緯を話した。私の身体が強くないこと、クーロンの家に生まれたこと、これからリベルのアクイアという家に行くこと。

 おおよそのことは話したが、母のことはあえて話さなかった。話しても却って気を使わせてしまうと思ったからだ。


「なるほどな。まさかシドさんの子どもだったとは」


「父を知っているんですか」


「知ってるっていうか、元上司だよ。シドさんは」


 私がクーロンの話をしたとき、セーハは驚いたような目をしていた。まさか、自分の父と一緒に働いていた人と出会うなんて。すごい偶然だ。


「父を知っている人と会えるなんて嬉しいです」


「俺もびっくりだよ。まさかこんな形で会うなんてな」


 セーハは私の顔をまじまじと見つめる。私を見るセーハの目は澄んだ水面のようだ。


「うーん、確かにシドさんに似てる。特に目がそっくりだ」


「目つきが悪いとでも?」


「あはは、俺の口からは言えない冗談だ。あの人恐いんだよな。何かやらかすとジロッて睨むんだよ」


「父は厳格な人ですからね」


「俺なんかしょっちゅう怒られてたよ。半日ずっと説教されたときもあったな」


 セーハは懐かしそうに父のことを語った。私が知っている父は書斎で難しそうな顔をしている父だけだ。セーハの口から語られる父は、私の知っている父とは少し違っていた。


「セーハさんが父と最後に会ったのはどれくらい前ですか」


「最後に会ったのは俺が除隊したときだな。あれ以来会ってない」


「今は何を?」


「なんて言えばいいんだろうな。警察と探偵のあいのこって言ったら分かりやすいかな。世の中には面倒なやつがいてさ、警察が捕まえられない悪党がいるんだよ。そういう面倒なやつらを捕まえるのが俺の仕事ってわけ」


「リベルにも仕事で行くんですか」


「まあね」


 なんだか恐ろしそうな話だ。セーハの言っていることから推測すると、リベルにはその面倒な悪党が潜んでいる可能性が高いということになる。私の新しい生活は大丈夫なのだろうか。


「これからリベルに行くっていうのにこんな話聴きたくないよな」


「いえ」


「じゃあ、一応警告しとく。リベルで肌が真っ白な黒髪の女の子を見たら注意すること。その子がナイフを持ってたら全力で逃げろ」


「はい」


 その子がセーハの言う面倒な悪党なのだろうか。これからリベルに行くというのに、不安でいっぱいになりそうだ。


「あー、悪い悪い。別に脅かすつもりはなかったんだ。でも、注意するに越したことはないからさ」


「そうですね、気を付けます」


「いきなり嫌な話をしてしまったな。今度はリベルの良いところを話そう」


「お願いします。今のところ治安が悪いイメージしかないので」


「別にリベルが特別治安が悪いわけでもないんだけどな。人が集まれば軋轢が生まれて非行に走るやつが出る。どこも一緒だ」


 セーハは胸元に手を入れて何かを取り出した。それは花の形をした銀細工だった。


「リベルは金物屋が多くてな。これはリベルで作ってもらったやつなんだ」


「この形はカモミールですか」


「ああ。どんなものが欲しいかって訊かれて、俺は無事に生きられそうなやつって言ったんだ。そしたらこいつを渡された。カモミールには逆境に耐えるって意味があるらしい」


「今の仕事にぴったりですね」


「買った時はえらく可愛らしいものを寄こすなって思ってたんだ。でも今では気に入っているよ。幸い今も生きているしな」


 セーハは銀細工をしまい、胸元を軽く叩いた。その動作はごく自然で、慣れた仕草のようだった。


「リベルに行けばこういった装飾が町の至るところで見ることができる。売り物だけじゃなく、町全体が細やかに飾り付けられてるんだ」


「細かい作業が得意な人が多いんですね」


「よくリベルの人柄を繊細とか、微に入り細を穿つとか言ったりするんだ。ある画家は『リベルの女性と付き合うならば、手を洗い、爪を研ぎ、靴には少しの傷もあってはならない。彼女たちは傷つけられることを恐れるからだ』と言ってる。要はがさつな男はダメってことなんだけど、強ち間違っていないかもしれない」


「職人気質とは違うんでしょうか」


「ちょっと違うかもな。確かに細かいところまで徹底的に拘るところはある。だけど、決定的に違うのは職人の身なりだ」


「身なり?」


「普通、職人って言うと格好なんて気にしない感じだろ? でも、リベルの職人は違う。服装だって綺麗にしているし、何より美人が多い」


 今まで職人をまじまじと見たことはなかったが、家に来ていた職人を改めて思い浮かべてみる。クーロンの家には様々な職人が来ていた。靴職人、家具職人、庭木職人、画家。中には若い女性の職人もいたが、皆一様に着の身着のままといった格好だった。作業服だから気にも留めていなかったが、リベルの職人は違うらしい。


「服装が綺麗なのは分かりますが、美人が多いのはどうしてなんでしょう」


「女の子は丁寧に扱うほど美人になるものなんだよ。化粧して髪も爪も手入れして、綺麗な服を着せて。なおかつ幸せに生きていれば、もうその子は十分美人になっているさ」


「そういうものでしょうか」


「ヒソラも大事な人が出来たらそうしてあげると良い。ちゃんと磨いて飾り付けあげるんだ」


「試してみようと思います。大事な人が出来たら」


「まあ、そんな訳でリベルの女性は職人でも自分を手入れしているんだ。そのせいかリベルの職人は店に立って物を売る人が多い。店員と職人が別々になってないんだ」


「なるほど。じゃあ、店に行けば確かめられるというわけですか。セーハさんが言っていること」


「試しに何件か入ってみると良い。きっと会えるよ」


 私は女性には疎いけれど、綺麗な人に会えると聴けば自然と心も弾む。綺麗なことは良いことだと思う。

 馬車が大きく揺れる。石に躓いたのだろうか。私は咄嗟に顔を上げた。

 外を見渡すと景色はすっかり田園風景になっている。澄んだ青空と緑の地平線にはサイロや羊の群れが見える。流れ込んでくる涼し気な風を吸い込むと、私はようやく旅をしている実感が沸いてきた。

 家から出てこんな所まで来るのは私にとって初めての経験だ。鮮やかに目の前に広がる景色は光に満ちている。


少しの不安と眩いほどの光。私の先には何があるのだろう。

私は薄暗い部屋に満ちていた愛情を失った。母は思い出という空想を残して旅立ってしまった。

空想が嫌いな私の先には何があるのだろう。

私の前に広がる景色。あまりに綺麗で空想の世界のようだ。

きっと他の人にとっては何てことない平凡な田園風景なのだろう。でも私にとっては違う。幌の脇から降り注ぐ太陽、馬の足音、僅かに感じるセーハの体温、土の匂い、草木のざわめき。波のように押し寄せてくる感覚は私が知らなかったものばかりだ。

もしも私が家から出なかったら、この景色を見ることはなかったかもしれない。少なくとも、今ここでこの景色を見ることはなかった。それにセーハと出会うこともなかっただろう。


「おっ、見えてきたぞ。リベルだ」


 セーハが身を乗り出して前を見る。私も同じように身を乗り出す。


「あれがリベルですか」


 道の先に目を凝らすと、ぬっと焦げ茶色の壁が現れる。壁の向こうには積み木のような建物が頭を覗かせている。


「手前に橋があるだろ。そこを越えたらリベルだ」


 セーハの言う通り、壁の手前には大きな橋が架かっている。橋の手前までは地平線が見えるのに、突然大きな壁や建物が現れるため唐突な印象を受ける。

 景色が流れるたびに壁が近づいてくる。

 あの壁の向こうに広がる私の知らない景色。私はそこで生きていくと決めた。不安も期待も少しくらいは持っていてもいいだろう。空っぽのままでは、料理を食べても味がしなさそうだ。

 車輪の音が地面に響く。あの壁までもうすぐだ。


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