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旧市街の死神と罪を救う魔法使い  作者: 桂木 狛
旧市街の贈り物
14/30

旧市街の贈り物 7

 その日の夜は月がいつもより大きかった。

 闇夜に浮いたその黄金色の球はいつも見ているはずなのに、得体の知れない存在のように思えてならなかった。


「どうしたんだ。そんなに空を眺めて」


「こんなに大きかったかた思ってな」


「君が小さくなったのでは?」


「馬鹿なことを言うな」


 私はまだこの家に来たばかりだ。それにも関わらず、早くも一人きりで鏡の男と話すのに慣れている私がいる。現実というものは恐ろしい。大抵のものを当たり前にしてしまう。


「どうだった? たまにはハイキングもいいだろう」


「そうだな。悪くなかった」


「何をするにも健康であることが第一だ。健全な魂は健康な体にこそ宿る」


「それはもっともだな。そうでないと、私がこうなった理由が見当たらない」


 私の魂が不健全かどうかはもう私には分からない。

 きっと、見る人が見れば不健全な精神の人間だと切り捨てるだろう。

 ただ、私には不健全であると自覚することは最早できそうにない。日々の生活も巡り巡る思考も、何もかもは当たり前になってしまった。誰かにとっては不健全でも、私にとっては大切な当たり前の毎日だ。


「何か後悔でもあるのか?」


「後悔か。そうだな、後悔はあるのかもしれないな」


「もうやり直せないとでも?」


「一歩を踏み出すには枷を外さないとな」


「枷のある生活に慣れた君にそれが出来るのかい?」


「そうだな」


 私には危機感も焦燥感もない。

あるのは漠然とした不満だけだ。

 不満を言っても仕方がないのはよく知っている。だから私は見ないふりをしている。

 だが、いくら見ないふりをしても消えはしないのだ。

 私の見えない奥底では常にどんよりとした思いがうごめいている。

 腹の底を這いずり回り、時には狂いそうなほど暴れ出す。

 後悔は決まってそんな時に現れる。

 過去へと無責任な怨嗟となって。


「誰かに頼んでみるのもいいかもしれない」


「他人頼みなんて、子どもだと笑われる」


「辛い日々を過ごすよりずっと良い」


「甘い考えは捨てたつもりだ」


「君は歩き始めたその先を考えるべきだ」


「何かあるのか」


 私はそう訊きながら内心苦笑していた。

 何もありはしない。ただ続くだけだ。


「何もないと思っているだろう?」


「何かがある確証なんてないだろう。あるにしても確証なんてない」


「あるさ」


 鏡の男は笑った。

 これを聴けば必ず跳びつく、そう言わんばかりの顔だ。

 私は怪訝に思いながらも気にせずにはいられなかった。跳びつくほどではないが、つい鏡に視線を送ってしまう。


「君は人を救うことができる」


 鏡の男は自信ありげに言い切った。

 しかし、まったく身に覚えのない私は少しも信じる気になれない。

 人を救うなんて大層なことができるのなら、そうやって生きていけばいい。

 でも、実際の私は母すらも救えなかった。

 大切なひとりを救えない人間に誰かを救うことなんて出来はしない。


「私にそんなことを求めちゃだめだ」


「いや、できるさ」


「私にどうしろと?」


「言っただろう。君には死神の力があると」


 確かに、鏡の男はそう言っていた。私には死神の力があるのだと。


「本当にあるのか」


「死神の力は人を救うための力だ。その力をもってすれば救うこともできるだろうさ」


「死神が人を救うのか」


「人を殺すだけが仕事じゃないさ」


 神というものは何を考えているか分からない。

 気まぐれに人を不幸に突き落とし、悪人をのさばらせたままにしている。

 もしも本当に人の生き死にを死神が決めているのだとしたら、私が恨むべきは死神なのかもしれない。


「どんな力なのかは分からないんだな」


「きっと魔法使いには詳しい者もいるはずさ。訊いてみると良い」


「それが賢明か」


 私は小さく息をつき、ベッドに横たわった。

 山を歩き回ったせいで脚が張っている。肩もどこか硬く、身体がいつもより重く感じられる。


「おやすみ」


「よい夢を」


 身体がベッドに沈む。疲労感に押さえつけられているようだ。

 私の意識は安らぎとともに闇の中に吸い込まれていった。雪山を滑り落ちるように。


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