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旧市街の死神と罪を救う魔法使い  作者: 桂木 狛
旧市街の贈り物
11/30

旧市街の贈り物 4

「ケルビンが現れたらすぐに逃げるんだよ」


「ああ」


 エルが頷いたのを合図に私たちはケルビンの巣へと向かった。巣の脇には掘り出された土や石が積み上げられている。崩れないように踏み固めたのか、所々に大きなウサギの足跡がついていた。


「ここを探したらウェズンがあるんじゃないか」


「それなら楽なんだけどね。ケルビンは綺麗な石を見つけると巣の中に置きたがるんだ」


「石が好きなのはウサギも一緒ってことか」


「でも、好きなものを盗られたら怒るんじゃない?」


 わざわざ掘った土の中から取り出しているくらいだ。空き巣に出くわしたらウサギも怒り狂うことだろう。


「まあ、少しくらいならバレないと思うよ。前に入った時は大量に積み上がっていたから」


「なんだか急に悪いことしてる気分になってきた」


「今度食べ物を持ってきたらいいさ。ウサギも許してくれるよ」


「だといいけど」


 私とコサメはエルを残してケルビンの巣へと入った。まだ明るい時間とはいえ、巣の奥は暗闇に包まれ静まり返っている。


「ウサギがいなくても十分不気味だな」


「コウモリとか出てこないよね?」


「コウモリが怖いのか?」


「だって気持ち悪いでしょ? 変な顔してるし」


「魔法使いとコウモリは友達だと思っていたよ」


「そういう人もいるにはいるけど、普通の魔法使いはあんな気持ち悪いの飼わないよ」


「それは知らなかった」


「使役する動物って、結構飼い主の性格が出ると思うんだよね。コウモリを使役する人とは友達になれない気がする」


 家にトカゲやカエルの瓶詰めがある人とは思えない発言だ。本人の中で微妙な線引きがあるんだろう。

 私たちの心配をよそに、巣の中はしんと静まり返っている。まだ少ししか入っていないというのに、どこか心細さも感じる。


「そろそろ灯りがいるかな」


 コサメはポケットから風船を取り出すと、膨らませ始めた。風船は、コサメが息を吹き込むと少しずつ光始める。風船が大きくなるにつれて光は強さを増し、めいいっぱい膨らむ頃には辺り一面をほのかな灯りが照らしていた。


「はい、これ持ってて」


「ああ」


 私は光り輝く風船を受け取り、割らないように抱きかかえた。


「これは吹き込まれた魔力に反応して光る風船。割れたら灯りが消えちゃうから気を付けてね」


 強く抱きしめたら今にも割れてしまいそうな風船だ。コウモリが襲って来たらすぐに消えてしまうだろう。


「それにしても意外と広いね」


「終わりが見えないな」


 一体どこまで続いているのだろう。光に照らされた巣はどこまで行っても暗闇が続いている。


「いや」


 耳を澄ませ、頭に浮かぶ違和感を探る。


「どうしたの?」


 私はコサメの声で違和感の正体が分かった。


「奥で反響してるな」


 私たちは足早に穴を進める。地面を踏むたびに反響音が大きくなっていく。

 ほろ暗さと足音はどこか私を不安にさせ、得体の知らない場所に迷い込んだような孤独を与えた。


「おお」


 その空間に足を踏み入れた私たちは息を呑んだ。私の持つ灯りに照らされて、その巨大な空間に散りばめられた石の一つ一つが星のように輝いていた。


「すごいな」


 私とコサメはしばらく言葉を失ったようにその神秘的な穴ぐらを見回していた。宙に呑まれたような景色は、ここがウサギの巣であることを忘れさせるものだった。


「すごいね」


「これ、ウサギが作ったのか」


「器用なウサギだね」


 黄色に輝く石は床や壁にタイルのように埋め込まれている。穴の隅にはまだ埋め込まれていない石が積み上げられている。


「これがウェズンか」


「こんなにいっぱい採れるんだね」


 私たちは星空に浮かぶような心地で立ち尽くす。見上げるほどに闇が広がる不思議な夜空。光は私が灯りを揺らすたびに煌き、隣にいるコサメを照らした。


 夜は怖いものとばかり思っていた。闇は心に影を落とすと感じていた。今、私たちを照らすウェズンの石は太陽の差す平原に持って行ってもこれほど綺麗には光らないだろう。闇は光を一層美しいものにする。だが、これは前から分かっていたことなのかもしれない。私はここに似た景色をかつていた薄暗い部屋で見たことがあるのだから。


「コサメ、石を採って帰ろうか」


「そうだね。ウサギが戻ってくるといけないし」


 コサメは積み上げられたウェズンの中から大きめのものを二つ選んで両手に抱えた。風船の灯りを浴びたウェズンは眩しいほどにコサメの懐で輝く。その眩しさに、私とコサメは目を細めた。


「ここでウサギに会ったら一発でばれちゃうね」


「そうなったら魔法使いの出番さ」


「なんか都合よく使われてる気がする」


「ウェズンを採ろうと言ったのはコサメだろう」


「それはそうなんだけどさあ」


 軽口を叩きながら私たちは穴ぐらを引き返す。


「風船が縮んできたな」


「それ吹き込まれた魔力を使って光ってるから、縮むのが早いんだよね」


 元の状態から一回り小さくなった風船は、張りがなくなり光も弱くなっていた。この分だと、穴を抜けた頃には萎み切っているかもしれない。


「魔法も万能じゃないんだな」


「あんまり万能過ぎるのも考えものだよ。悪い魔法使いが世界征服を企むかもしれないし」


「そのうち魔法使い以外の血統が途絶えそうだ」


「それはそれで嫌な世の中だねえ」


 コサメは人から霧を払うために魔法を使う。もしかしたら、それと同じだけ霧を纏った魔法使いもいるのだろうか。確かコサメは『霧は弱った心に入り込んで罪へと導く』と言っていた。人を救えるだけの力を持つ魔法使いも人であることに変わりはない。魔法使いだって苦しさに打ちのめされる時もある。


「あっ、見えてきた」


 思ったよりも早く出口にたどり着くことができた。入るときに比べて辺りに警戒しなくて済んだからだろう。


「無事戻れて良かったな」


「これもギリギリだったしね」


 コサメが風船を突くと、風船は鈍く揺れた。灯りはすっかり弱弱しくなり、消えかけの蝋燭ほどの光になっている。

 出口に向かって走り出そうとしたとき、外から叫び声が聴こえてきた。


「出て来ちゃ駄目です!」


 声の主はエルであるとすぐに分かった。その必死な叫び声から察するに、外で何かがいるのだろう。


「ウサギだろうか」


「多分、そうだろうね」


 コサメはペンほどの長さの杖を構える。普段はどこか抜けた所があるが、こういう時の張りつめた表情は頼りがいがある。

 外へと意識を向けると、かすかに動物の鳴き声が聴こえてきた。ピィピィと甲高い声が絶え間なく鳴り響いている。


「見てみようか」


 私とコサメは足音を殺しながら、ゆっくりりと出口に近づいていった。近づくにつれて鳴き声はより鮮明に耳へと届く。その声はよく聴くと二種類あるようだった。片方はよく通る高音で、もう片方は柔らかくハスキーな声だ。


「つがいだったのか」


 巣の淵から覗き込むと、そこには黒いウサギと灰色のウサギがいた。エルの話通り、前足から耳の先までの高さは人間と同じくらいまである。首のところには白い花飾りのような模様があり、黒い方の尻尾は白くなっている。大きさ以外は普通のウサギであり、とても凶暴な人食いウサギには見えない。


「どうする?」


「うーん、なんか自分たちの世界に入ってるみたいだし大丈夫なんじゃない?」


 ケルビンはお互いにピィピィと鳴いて楽しげに話をしているようだ。目と鼻の先なのは恐ろしいが、出て行くなら今のうちかもしれない。


「仕方ない、行こう」


 私とコサメはゆっくりと巣から出ると、一目散に走り出した。身体中から変な汗が吹き出し、手足は震えそうだ。私は必死に木の裏に隠れると、息も整わないままにウサギの方を振り向いた。

 私たちの気配を感じたのだろう。ケルビンはすっくと後ろ足で立ち上がり、周囲の様子を伺っていた。二本の足で立ち上がったケルビンは、平屋なら押しつぶせそうなほど大きな身体だ。あれに圧し掛かられただけでも大抵の人間は即死だろう。


 ケルビンは再びピィピィと鳴き始め、灰色の方が脇に置いてある大きなかごを持ち上げると黒い方に渡した。すると黒いケルビンはかごを巣にぎゅうぎゅうと詰めだした。


「何をしているんだ」


 黒いケルビンはかごと一緒に巣の中へと入っていき、灰色のケルビンを残して姿を消してしまった。


「どうやら誰かが餌をあげたようだね」


 そう声をかけたのはいつの間にか私の背後にいたエルだ。その隣にはコサメがいるが、私は全く気が付かなかった。余程ウサギに怯えていたのだろう。


「餌って?」


「木に登って確認したところ、あのかごにはリンゴやニンジン、牧草などが入ってた。誰かがケルビンに渡したんだろうね」


「村の人たちがあげたんじゃないのか?」


「村にはそんな余裕はないはずだよ。それに、ウサギに餌をあげるという話は聴いていない」


 とは言え、他に餌をあげる動機がある人も思いつかない。単なる思い付きであげるには随分と気前のいい量だ。街で買えばそれなりの値段がするだろう。


「でも、あれのお陰で逃げられたんだし良かったんじゃない?」


「それもそうだ。あんなのに襲われたら堪らない」


「きっと、大量の餌をもらって嬉しかったんだと思うよ。あんなに機嫌の良いケルビンは初めて見た」


 獣は人間より嗅覚が優れている。腹が減り、飢えているケルビンだったならば確実に私たちに気が付いていたことだろう。


「見知らぬ誰かに助けられたわけか」


 残された灰色のケルビンは斜面を跳ね上がりながら去っていった。あの様子を見る限り、これから山を下りることはないだろう。

 ケルビンがいなくなるのを見届けた私たちは来た道を引き返した。恐い思いこそしたが、痛い目に遭うことはなかった。ウェズンは手に入ったし、言うことはないだろう。


「いいお守りができそうだね」


「ああ、エルのお陰だよ」


「僕は巣まで連れて行っただけだよ。何もしていない」


「でも連れていく必要もなかったわけだろう?」


「あはは、借りを返そうとしただけだよ」


「借り?」


「話した通り、僕の村は山からケルビンが下りてくるたびに作物を食い荒らして困っていた。その時、一人の魔法使いが僕たちを助けてくれたんだよ」


「そういうことか」


「その魔法使いはケルビンを退治してくれた。それも一度ではなく何度もケルビンを追い払ってくれたんだ。その魔法使いはライラと言って、リベルの魔法使いらしい」


 私とコサメはその名前を聴いて顔を見合わせた。まさかライラがケルビンから村を助けていたとは思いもしなかった。


「でも、ライラは僕たちのお礼を受け取ってくれないからね。村でもどうしようか考えていたところだったんだ。僕としては同じリベルの魔法使いの役に立てただけでも嬉しいよ」


「本当に助かったよ。お陰で綺麗な石も手に入った」


「何かあったらまた来たらいいよ。その時は歓迎する」


「ああ、私たちも出来ることなら手を貸すよ。ね、コサメ」


「うん。ライラにも言っておくね」


「はい、よろしくお願いします」


 一際明朗な声が山に響く。きっと、エルはライラにお礼が出来ずにいたことをずっと気にしていたのだろう。それは心からのお願いに思えた。


「じゃあ、僕はここから村へと帰るから」


「またね」


「今年はケルビンが来ないと良いな」


「あれだけ食料が手に入ったならわざわざ下りて来ることもないと思う。大丈夫なはずだよ」


「では、元気で」


 エルが手を振って去っていく。その姿は細い山道の中に紛れ、すぐに見えなくなった。

 風が木々の間を抜け、私の身体をすくませる。段々と日が陰り、唐突に空気から熱が消え失せていった。この分だと、すぐに山から下りた方が良さそうだ。あと一時間もしないうちに寒くて居られなくなるだろう。


「疲れたしお腹もすいたなー」


「早く下りて温かいものでも食べたらいいさ」


「とりあえず寒さがしのげる所で丸くなりたい気分」


 無事にウェズンが手に入って安心したのか、コサメは気が抜けたような顔をしている。家に帰ったらすぐにソファの上でブランケットを被って丸くなることだろう。


「じゃあ、真っすぐ帰る?」


「うーん、そうしたいのも山々だけどペローナに早く渡した方がいいだろうなあ」


「それもそうか」


「多分、石の加工はペローナがすると思うからね」


「それなら尚更すぐに渡した方が良いだろうな」


「ま、ペローナに温かいものでもご馳走してもらえばいいか」


 コサメの中で打算が欲望に勝った結果、私たちは手に入れたウェズンを眼鏡屋『ウッドラビット』に持っていくことになった。使い方次第で打算は理性を動かすことができるのかもしれない。長時間は持たないだろうけど。

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