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大英雄

 立ち上がったエリーサはエアハルトに質問する。


「この城にはエアハルトのほかにも暮らしている方が?」


「いや、いない。まぁ、見ればわかるだろう」


 いいながらエアハルトは扉をあける。するとそこには木製の人形が一体佇んでいた。その姿をみたエリーサが驚きとともに一歩、二歩と後ずさる。だがそれも仕方がないこと事だろう、木製人形にはかろうじて関節は存在しているものの顔も性別も存在していないのだ。


「こ、これは……」


「ただの人形、『素体人形』というらしい。300年前の大崩壊時に君たちが呼び出した異世界からの英雄、トモヤが作ってくれた人形だ」


「トモヤ? まさか唯一、『触れらざる者』アンタッチャブルセブンと対等に戦えると謳われた大英雄ですか!? あの、トモヤ様は今どこに───」


「死んだ」


 エアハルトの言葉にエリーサは混乱する。大英雄が死んだ? どうして? まさか───。だが、そんなエリーサの考えをほぐすようにエアハルトは優しげな声で答えを教える。


「勘違いしないでもらいたいが、トモヤが死んだのは寿命だ。彼は異世界の住人とはいえ人間だ、普通は私のように何百年も生きることはできないさ。それに仮に出来たとしても彼は断っただろう」


「えっ?」


「彼は恐れていたんだよ、自分自身が怪物になることを」


「それはどういう事ですか?」


 エアハルトは考える……、エリーサに真実を伝えるべきかどうかを。特にトモヤからは口止めを受けてはいないが彼を英雄と称える彼女には辛い事かもしれない。だが、トモヤはそんな事を望んでいただろうか? 彼は決して自分の事を英雄なんて思っていなかった、むしろトモヤは───。

 僅かでも考える時間を欲したエアハルトは彼女の手を引き食堂へと歩みを進める。エリーサもそんな彼の心を察したのか黙ってエアハルトについていく。


「ふむ、今日の夕食は(マス)の包焼か。この時期に近くの湖で()れる鱒は非常に美味だ。だが中々獲れないから君は運がよかったようだな」


 食堂へと入ったエアハルトは食卓の上に並べられた料理をみて嬉しそうに言った。そしてエリーサの椅子を引くと彼女を座らせ、自分も席に着く。


「先ほどもワインを飲んだが、まだ酒をだしても大丈夫かな? この料理に丁度合う黒ビールがあるのだが」


「はい、お酒には強い方なので」


「ではそれを……。おっと、もう準備してあるようだ」


 スッとどこからかグラスと黒ビールを用意した素体人形に苦笑を漏らすエアハルト。素体人形がエリーサのグラスに黒ビールを注ぎ、そしてエアハルトのグラスも満たす。


「それでは、貴重な出会いに」


「ふふ、貴重な出会いに」


 お互いにグラスを掲げて乾杯。エリーサは黒ビールを口に飲むとその口当たりの良さと、ビールでありながらワインにも劣らない芳醇な香りに驚く。そしてその余韻を楽しみながら鱒を一口、今度は思わずエアハルトを見つめてしまう。


「美味しいです」


「そうだろう、この自家製の黒ビールと鱒の料理はトモヤがもっとも愛した食事だ」


「あの、トモヤ様はここにいらしたのですか?」


「あぁ、大崩壊が終わってからはずっとここにいた。死んだのは彼が60代の頃だったから、この世界にきてから40年くらいだろうな」


「大陸連合はずっと探していました。まさかエアハルトに所にいたとは……、道理で見つからないはずです。でもどうして?」


「彼は、トモヤは君たちを恨んでいた───」


 エリーサはその言葉に掴んでいたナイフを落とす。落ちたナイフが食器にあたり耳障りな音が響いた。


「なぜかわかるかね?」


 静かに、だがどこか悲しみを含んだエアハルトの質問にエリーサは答える。


「この世界に、ガーデンにトモヤ様を無理やり連れてきたからでしょうか」


「違う。帰す方法がないのに連れてきた来たからだ」


 遠い過去をエアハルトは思い出す。大崩壊が終了し皆が戦勝を祝っている戦場の天幕の中で彼は泣いていた。最初はなぜかわからなかった……、当時はそんな呼び名ではなかった『触れらざる者』と同等の力を持ち、大英雄と称えられ望むものはなんでも手に入ったはずなのに。そんなトモヤに思わず質問をした『なぜ泣いている』と。トモヤは涙で真っ赤に腫らした目をこすりながら答えた……、『帰りたい』と───。


「トモヤは優しかった、だからこそ困っているこの世界を助けたのだ。だが同時に恨んでもいた、なぜ帰す方法もないのに勝手に連れてきたのかと」


「それは───」


「なんだね? 『それ以外に方法は無かった』なんていうのは止めてくれたまえ。方法はあったはずだ、当時の戦力でも全世界が統一された意思の元で防衛戦を行えば『異世界からの英雄』なんて必要なかったと思うがね。もしそれが無理でも『触れらざる者』に頼めば良かったのだ。実際、ハルストーン王国は私に対して真摯に頭を下げて助けを求めた。だから私はその頼みに答えた。他の者にも頼めば対価としてなにを請求されるかわからないとしても、大崩壊を食い止める事ができたはずだ。結局は自らの利権を捨てきれなかった君たちの言い訳だろう」


「ですが、それは圧倒的な力を持つ強者の意見です」


「ふむ?」


「私たちのような弱者は群れる事で身を守ります。だからこそ国を作り、法を整備し、危害を受けないように互いを監視します。そしてそういった中ではどうしても自らの利権を優先してしまう面もありますが、使えるものはなんでも使い自分の身を守る……。それが間違っていると?」


 エリーサは思わず言い返した事を後悔した、話の流れからどうやら2人は友人かそれに近い関係のようだ。そんな関係の相手を否定するような言葉を口にしたらさすがにエアハルトは機嫌を損ねるのではないか。相手は『狂王』とよばれる人物、機嫌を損ねるだけではなく怒りをかってしまったら。そんな不安からそっとエアハルトの表情を窺うと彼は笑顔だった。


「フッ、ハハハ。面白い! エリーサ、君はなんて面白い人間なんだ」


 恐れていた事は起きなかった。そればかりか上機嫌にビールを口に含むと、懐から葉巻出してを口にくわえ火を付けた。


「ふぅ……。おっと、食事の席で葉巻はマナー違反だな」


「いえ、お気になさらず」


「そうか、ならお言葉に甘えよう。君ももっとリラックスして食事をしてくれたまえ」


 相変わらず素体人形がどこからかスッと取り出した灰皿を受け取るエアハルト眺めながらエリーサは質問する。


「あの、ご友人を否定するような言葉になってしまいましたが、お怒りにならいのですか?」


「いや、まったく。それどころかエリーサが言った事はトモヤと全く同じなのだよ。彼は君たちの事を恨んでいたが、怒ってはいなかった。理由は君が私に言った言葉通りだ。仕方がないと言っていたよ、同じ状況なら恐らく自分でも同じことをしただろうとも」


「トモヤ様がそんな事を」


「あぁ、だから言っただろう? 彼は優しかったと。そしてトモヤは2つ私に頼み事をした」


「私が聞いても?」


「いいとも、むしろエリーサ、君は知るべきだ」


 葉巻の火を消したエアハルトは机に両肘をついて手を組んだ。その傍らには静かに素体人形が佇む───。

もうちょっと続く説明回(`・ω・´)

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