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魔狩通る  作者: 五色ピンク
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到着&出発。

171018改変

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 レイモンドは指輪を外し桶の水で汚れた手を洗うと、もう一つ、人肌より若干熱いお湯が入った桶に布を潜らせ顔を拭った。土と灰で少し黒くなった布を顔から離して折りなおすと、今度は裸になった上半身を拭い始める。

「やっと全部終ったー」ため息混じりの声が出た。「まさか最後の最後で人の骨が出てくるとは思わなかったな。もう少し村から離して埋めればいいのに、盗賊の死体だからって土かけて終わりはなんか色々とだめな気がする」

  体には左右違う文字のような紋様が腕から肩にかけて描かれ、左胸から脇には大きな切り傷が刻み込まれていた。紋様はレイモンドが拭っても消えることはなかった。

 レイモンドは窓から村を見た。一晩経ち、火柱が消え去った村には静けさが戻りつつある。明朝もう火を囲む村人が居ない中で灰を回収したが、きっと驚いただろう。村人が火柱を囲んでいたのは、魔物は死んでも蘇るなんて噂のせいだ。灰を埋め終え、戻ったときには説明を求めにテッペツに村人が群がっていた。

 レイモンドがオークの灰を拭い終わると突然村が騒がしくなり、続けざますぐに村に鋭い金属音が響いた。

 レイモンドは汚れた布を無造作にお湯の桶へほうると、灰を払うように振り回し叩いてから服を着なおした。同様の手順を加えてから上着も羽織り、裏返して置いてあったカップに水を注ぎ口をつけると、階段を駆け上がる音が聞こえ、足音が扉の前で止まった。予想よりも早い呼び出しだ。

「鍵開いてあるから入っておいで」レイモンドは扉が叩かれる前に来訪者へ呟くとソファの背もたれに腰を下ろした。

「あ・・・・・・はい」戸惑いのあと開いた扉の前には、ライナーが立っていた。

「おはようライナー君、お湯ありがとね。助かったよ。どうもオークの臭いは苦手で」

「あ、そうですか、それはよかったです」ライナーが恥ずかしそうに頭をかいた。「申し訳ないことにあのあと眠っちゃって。朝見に来ても桶が置かれてなかったので一応沸かしといてよかったです。あの、それで」

「ああ、この騒ぎのことでかい?」レイモンドは窓を見た。「何が起きたの一体」

「・・・・・・すみません。それが僕にも分からなくて。でもただ事じゃないと思って、緊急招集のあの音で今村人が全員東門に集まってて。それで――」

「わかったわかった。すぐ行くから案内してくれ」

 レイモンドが言い切る前にライナーは扉の前から消えていた。すでに足音は階段をくだっていた。

 レイモンドは立ち上がり親指にも指輪を填めなおすと、部屋をあとにしライナーを追った。レイモンド達が門についた時には、すでに門の前は人で溢れかえっていた。

「すみません、通してください」と、ライナー。

 この一言が聞こえたのかは知らないが、前に立っていた青年と疲れた顔をした若い女性が振り返った。

「通してください」

 もう一度ライナーが言うと、右の、女性は驚いた顔でレイモンドを見ると、申し訳無さそうに頭を下げ、前に立つ村人の肩を叩いた。前の村人も同じだった。連鎖的に広がったこの動きはすぐにレイモンドの前を開けさせ、人一人が悠々通れるだけの隙間が出来上がった。


 人だかりの先にはテッペツが、ふくよかな女性とひざまずいた青年のそばで立っていた。

「おお、レイモンド殿。いいところに」

「何かあったんですか?緊急招集だそうですが」

「え、あ、いや、それがどうやら街道でオークが――」テッペツがレイモンドに続いて来たライナーを見て納得したような顔になり、小声でレイモンドに呟いてる最中、四つん這いの青年がレイモンドの足に纏わり付いてきた。

「オ、オークが、オークが街道に出たんだ!」

 途端に集まった村人の間にざわめきが広がった。テッペツは青年を睨み付けるが、青年は一切テッペツを見ていなかった。

「村長に言われた通り、隣村に伝えに行こうとしたら急にあの化け物どもが現れて、それで――」

「オークが出たと?」レイモンドは青年の顔を覗き込んだ。

「そ、そうなんだ。俺が見たときは三つか四つは居たんだ! それで親父達が」

「ねえ?! なら父ちゃんは、父ちゃんはどうしたの、マルタ?!」傍らに居た女性が落ち着かない様子で身をのりだしてきた。

「か、母ちゃん!・・・・・・ごめんよ母ちゃん、ごめんよ。見つかる前にお前は村に伝えに逃げろって親父達が。俺が一番足速いからって。それで、それで」

 青年の嘆きに騒がしかった村人達が静けさを取り戻し、誰も何も言わなくなった。悲壮な表情と、涙ぐむ音しかしないなか沈黙を破ったのはレイモンドだった。

「テッペツさん」レイモンドは門の遥か先を睨んだ。「門を開けよう。話しが本当ならすぐに匂いを追ってやつらは来る。昨日みたいに壁を壊して入ってきたら困るのはあなた達だ。この際来たやつらを端から狩るほうが早いし守りやすい」

「仕方ないか・・・・・・。すまんが――」

「あ、ちょっと待って村長!」物見の塔に乗っている青年が叫んだ。「だ、誰か来る・・・・・・あいつらだ。隣村に行ったやつらだ。二人とも戻ってきたぞ」

 レイモンドは怪訝な表情で物見の青年を睨んだ。直後ワッと村人から歓喜の声が上がった。

「何だと?! ええい、どっちにしても開けねばならん。すまんが皆門を開けてくれ」


 テッペツの指示を聞き、村人総出で門を開けると、ちょうど二人が門に飛び込んできた。中年の男性は門に入るとすぐにひざまずき、あとから来た青年は男性の足につまづき転んで倒れた。村人達は介抱のために二手に別れ、ライナーは青年のところへ向かいレイモンドとテッペツは男性へ向かった。

「た、たいへんだ」女性に起こされた頭の禿げ上がった中年の村人が息の上がった声で、途切れ途切れに言った。「街道にオークが、オークが出てきて」

「それは聞いたぞ、ドゥオ。オーク達はこっちへ近づいて来てるのか?」と、テッペツ。

「違う! 殺されたんだ! 俺たちの目の前でいきなり」

「何?!」テッペツがレイモンドを見てきた。

「こっちを見られても、今日はまだ何もしてませんよ」レイモンドは呆れたように肩をあげた。「それよりもドゥオさんでしたっけ。あなたが見たオークは殺されたんですか? 死んだのではなく? 本当に殺されたんですね?」

「わからねえ、わからねんだそれが」ドゥオは最初に伝えに戻ってきたマルタを見た。「オークを見つけて、あいつを逃がしたら、見つかって、それで時間を稼ごうと必死になって。あいつらに気をとられて何時の間にか逃げられなくなったと思ったら急に目の前で倒れて。それで必死になって走って」

「じゃあ殺されたのかははっきりとは見ていないと?」

「俺は見てねえんだ。でもあいつは――」

「お、俺は見たぞ」もう一人、今まで静かだった青年が、息絶え絶えにだが強く叫んだ。

 言わなくとも開いた人だかりを通って近寄ると青年に掴まれたライナーが、肩を貸して起き上がらせた。

「遠くて顔は見えなかったけどフードを被った二人組みだった」レイモンドと目があった途端に青年の声はひどく小さなものに変わり、疲れたような呆然とした口調になった。「それで、その内の背が高い方が投げたんだ。血みたいに紅くて妙に黒みがかった剣をオークに向かって、ヒュッて真っ直ぐに。投げたと思ったら気づい時にはオークの背中に刺さってて、そのまま倒れたんだ」

「そんなのあったか?」妻とマルタに肩を借り、連れられて来たドゥオが青年の横に座った。

「おっさんはオークと正面きって向かい合ってたし、倒れたあとしか見てなかっただろ」虚ろな目で青年がドゥオを見た。「でも俺は確かに刺さったとき見たんだ。でもそのあと倒れたときには嘘だったみたいに剣が消えちゃって。・・・・・・でも・・・・・・見たんだ俺・・・・・・絶対・・・・・・みたん・・・・・・」

 ドラヤは呟きながらライナーの腕の中でそのまま気絶した。


「二人組みか・・・・・・ようやく来たか」思ったよりも遅かったな、とレイモンドは指輪を指で回しながら街道の先を見て微笑んだ。

「レイモンド殿一体何が?」

「ええ、たぶん――」

「村長、人だ!」物見の塔から青年が再び声を上げた。「人が来るぞ! ドゥオ達が言った通りでっかいのと、もう一人小さいのがいるフードを被った二人組みだ」

 青年の言葉通り、二人組みが街道を通り近づいてくるのはすぐ見えた。背の高く大きなバッグを持った人の後に、背の小さな人が小さな手に持つを持って向かってきた。

「あれはたぶん俺の仲間だ。門は閉めなくてもいい。大丈夫だ。それよりこの人達を早く休ませる方が先決でしょう」

「そ、そうですな。すまんが何人かでこやつらを家へ運んでやってくれ。あとライナー、お前さんはわしの家から煎じ薬を持ってきて、それぞれの家に配ってくれ。疲労と一応痛み止めも加えてくれ」

「わかりました、先生」

 テッペツの言葉で村人達はすぐに動き出した。その間も二人組みはどんどんと近づき、残っている村人達にざわめきが起こった。

 レイモンドは門の入り口で二人組みを迎えに待つと、二人組みは村に入る直前、ギリギリ門の外で止まった。それでもと一応と待っていた村人達は内に開いた扉をいつでも閉められる距離で見守るように立っている。来るまでの間が嘘のように村人達のざわめきは落ち着き、会話が消え、代わりに喉が鳴る音が聞こえた。


「ようやく来たか、フィル、エレナ」レイモンドは呆れた口調でやや大きく言った。

 二人は同時に深々と頭を下げると、右に立っていた長身のほうから声が聞こえた。二人の顔は昼だというのにフードに隠れて一切見えない。

「遅れて申し訳ありませんレイモンド様」年季の入った声で申し訳無さそうに頭を下げた。「少々道が込み合っておりまして、以後気おつけますので」

「訳はわかったから謝らなくてもいい。それと、さっき面白いこと聞いたんだが、ここに来る途中オークが出たそうなんだが知っているかフィル?」

「はい」フィルが会釈をするように肯定した。「襲われているのを見たものですから。最初は手出し無用と思ったのですが見るに見かねて」

 魔物を倒せる人がまた現れたと、村人から驚きの声が上がった。

「処理は」やや間を開けてからレイモンドは、村人が聞こえないような小さく冷淡な声で言った。

「完了しております」フィルは動揺を見せなかった。「後始末はいつも通り私の能力で潰したので大丈夫でございます」

「・・・・・・ならいい」

 レイモンドが笑うと、フィルは一瞬安堵のため息を零し、隣のエレナを肘で小突いた。

「エレナ。お前さんもレイモンド様に何か言うことがあるだろう。・・・・・・エレナ!・・・・・・まさか?!」

「――――」エレナは誰にも聞き取れない声を出すと傷やしみ一つない綺麗な手をレイモンドへ向けてきた。

「・・・・・・はあ・・・・・・わかった分かった」レイモンドは呆れた声を出しながら、エレナの足元を指差した。「待っててあげるから、喋るなら食べ終わってからにしなさい・・・・・・あと、パン屑がぽろぽろとこぼれてる」

 それからエレナが喋り始めたのは三十秒ほどたってからだった。何かを飲み込む音がした。

「んっきゅ・・・・・・ふう、あ、レイモンド様」フィルとは対象的な透き通った女性の声だ。「勝手にはぐれて申し訳ありませんでした。以後このようなことがないように気おつけます」

「はあ、まあこの話は後にしよう」確実に反省はしていない声色のエレナにレイモンドはため息と共に笑みをこぼした。「それより村の方々がお前たちに今大変恐怖していらっしゃる。せめて顔だけでも見せてやりな」

「はい、畏まりました」

「はい、わかりました」

 フィルとエレナはほぼ同時にフードを下ろした。途端に村人達――特に男性――から感嘆の声が上がった。現れたのは顎に傷跡のある老人と、見目麗しい美女。髪はレイモンドと同じ黒髪だ。

「ごきげんよう皆さん」

 エレナは慣れた手つきでマントの下のスカートをちょんと掴み、片足を後ろに下げると膝を曲げた。目を伏せてはいるが顔は微かに笑っていた。下卑た笑みではないが悪ふざけをしている笑みだ。

 急に静かになったと思い振り返れば、村人達がポカンと口をあけ呆然とした姿を目にしてレイモンドはくすくすと笑った。


 ※※※※


「と、いうわけでペンデュラムへ少年を一人連れてくことになった」ソファに深々と腰を下ろしたレイモンドは背後の二人に目をやった。

 旅には不釣合いな黒い礼服と白い手袋をはめマントを腕にかけたフィルと、黒いメイド服を纏いマントを腕にかけたエレナ。見た目、格好に違いはあれど、立ち振る舞いがほぼ同じ二人は目をとじ直立不動で立っていた。慣れているレイモンドは何も思わないが前に座るテッペツは一挙手一投足をまじまじと見ていた。

「承知しました」フィルは即答すると、腕にかけたマントを揺らすことなく頭を下げた。「しかしペンデュラムはたしか城郭都市だったはず。出入りはそう簡単ではないうえ・・・・・・それに」

「ああ、そうだ、それについても話は済んでる」レイモンドは目の前でソファに浅く座るテッペツに手を向けた。「こちらの村長さんは昔ペンデュラムで教師をしてたそうで、その伝で一筆したためてくださるそうだ」

「さようですか」急に呼ばれたせいかテッペツがビクリと動いたのは無視して、フィルは腰を曲げレイモンドの耳元で囁いた。「それで、その一筆とやらは信用できるものなので?」

「どうだかな」レイモンドはテッペツを一度見てから横を向いた。冷ややかな口調だ。「一応大金ももらった手前こっちは信用するしかないが、俺達が入れる確証はどこにもない。まあ相手は子供だからできるとこまで連れて行くけど、入れなかったら子供は兵士に預けるしかない」

「・・・・・・承知しました」フィルはレイモンドと同じ残念そうな顔で頷いた。

「元々境界線に行きたいだけだからね。でもあれだ、無理そうならいつもの道で行くけど、それでもあの子がちゃんと壁の中に入るのくらいは確認するさ」

「かしこまりました」一度大きく頷いてからフィルは腰を戻すと、テッペツに聞こえるように言った。「では我々のほうでも少年についてはそのように留意しておきます」

 フィルの言葉に終始不思議そうな顔で見てきたテッペツが頭を下げた。

「ありがとうございます。今ライナーには旅支度を急がせていますので、すぐ――」

 そのとき、テッペツが喋り始めてすぐ、部屋の前が騒がしくなり、突然扉が開かれた。

「村長! お呼びにきま――」

「これ!」テッペツが吼えるように扉を開けた青年に向かって怒鳴り声を上げた。「客人が居るのだノックぐらいせんか!」

 入って来たのは見覚えのある青年だった。昨晩文句を言いに来た青年は一度レイモンドを睨み、直後にエレナを見て頬を赤らめると、申し訳無さそうに頭を下げた。

「す、すみません。以後気おつけます」

「それで用件は何だ?」

「あ、はい。あの、送り火の準備ができたので、皆が村長を呼んでくるようにと」

 会話が途切れる都度睨んでくる青年を見てレイモンドは小さく鼻で笑った。威嚇の仕方が子犬以下などと思っても口にはしないが、流石に何度も受ければ嫌気が差すとレイモンドは下を向いてため息を吐いた。

「それじゃあテッペツさん」めんどくさく疲れた口調だ。「二人も着いたことですし、俺もそろそろ村を出ますね」

 きっと青年は笑っているのだろうと、ほぼ確定していることを思いながらレイモンドは背後に立つフィルたちを見た。

「二人にも来て早々で悪いけど、出れるならすぐ出よう。次の村に着いたら長めの休息とるから許してくれ」

「いつでも出られます」フィルが頭を下げた。

「でしたら、門の近くで少々お待ちいただけますかな。お渡ししたいものもありますので」

「わかりました」

「では」

 テッペツは立ち上がり、礼を述べると部屋を出て行った。それに続いて青年もレイモンドを一睨みしてから部屋を出た。


 しばらく部屋は沈黙に包まれた。

「何ですかあの人は!」足音が遠くに行ったことが分かるとエレナが今までの沈黙を破って声を上げた。「失礼すぎるにも程がありますよ、もう! もしここが村じゃなかったら私、斬ってましたあのバカ!」

「いや、せめてそこはキレるだけにしてくれよ・・・・・・」レイモンドは乾いた笑みを浮かべた。

「私めも気に入りませんね」

「お前もかフィル」レイモンドは肩をすくめた。「この旅でも何度かあっただろうに、まったく。いい加減なれることも覚えたらどうだ」

「レイモンド様は不快に思わないんですか?!」エレナは叫ぶように怒りを露にした。

「思わないわけないだろ」しかしレイモンドのすかさずの返答でエレナの怒気はピシャリと止まった。「それでもまあでもどんなに不快と怒りを覚えても、子供の癇癪だと思えばいちいち気にしたりはしないよ。――お前たちももう結構な歳なんだからそろそろ余裕を持って行動しなよ」

「返事は?」

「・・・・・・わかりました」

 レイモンドの言葉に二人は渋々といった形で引き下がった。

「さて、じゃ荷物を取りに行かなきゃな」

 レイモンドはソファから立ち上がると、エレナがフィルに耳打ちするのを視界の端で捉えながら部屋を出た。二階へ戻りソファにかけていたマントを羽織ると、麻袋を掴んで振り返る。フィルはどこにも居なかった。

「あれフィルは?」

「今ララン様を迎えに行っています。ですから私たちは先に門のほうへ」

 先ほどのエレナの耳打ちかと、レイモンドは察した。

「・・・・・・うん、まあフィルなら遅くなることはないだろうから、先に行って待ってるか」

「はい!」

「それに俺もエレナに言いたいことあるし」

「え?! ・・・・・・っは?! ななな、何を」

 レイモンドは顔を赤らめ慌てふためくエレナの横を通り過ぎ部屋を出た。その少しあと、階段を下り始めてからようやく部屋を出たエレナに、ほんのりと笑顔を見せながら置手紙を上着から出すと、表情は打って変わり絶望したような顔で肩を落とした。


 テッペツの家をしばらく経ち、村の出口まであと半分といったところまで来たとき、今か今かと怯えるエレナを見てレイモンドは苦笑いを浮かべた。

「そんなに落ち込まなくても何も言わないよ。どうせフィルに散々絞られたんだろから俺からは何も言わないよ」レイモンドはうなだれたまま下を向いたエレナの頭をポンと軽く叩いた。「出会って何年になると思ってるのさ、見れば大体は分かるよ。というかエレナは逆に分かりやす過ぎる。さっきパンを暴食してたろ。嫌なことがあるとすぐ食べる癖は幾つになってもかわらないね」

 途端に恥ずかしそうに顔を隠したエレナが周りを見て、火を囲む村人を目で指した。話題を変えようと必死なのは見え見えだった。

「レイモンド様、あそこの人達は何をしてるんですか?」

「んん?ああ、あれか。あれは土地返しだよ」レイモンドはエレナの必死さに見て見ぬ振りをした。

「土地返し?」

「っそ。まあ簡単に言えば、死者の見送りだよ。ここら辺はまだ土地神信仰が続いているから、遺体をああやって燃やして命をここの神に返すってことをしてんのさ。」

 レイモンドがそう言うと新たに運ばれてきた遺体に火がつけられた。

「一時期は一神教・・・・・・簡単に言えば神様は一人だけって教えが広まって廃れそうになったんだけど、昔エンデブル王国が国教にしてたそうで、国土を拡大するにつれて信仰がまた集まって短い期間で再度定着したと文献には書いてあったよ」エンデブルと聞いた辺りで困惑顔になったエレナをレイモンドは無視して話を続けた。「土地には神様が存在し、自然の恩恵は全てその神がもたらしてくれるもので命は自然が体は神が与えるって教えだったかな。まあどっちにしろ全て神様からの贈り物だから死んだら神に返すべきだって、ああして体を灰にするために遺体を燃やしているのさ」

「よくご存知ですな」

 ふいにエレナの背後から声がかかった。二人が声のしたほうを見れば、松葉杖をついたテッペツが火を囲む村人のほうから歩いてきた。

「人は灰から生まれ灰へと返るなんて言い伝えもありましてね。ああ、立ち止まらなくて結構ですので進みましょう。――それでまあ亡くなれば灰に返し、逆に子供が生まれた時などはその土地の作物を燃やして、その灰を赤ん坊の体に塗って生涯の健康を祈願したりもします。ここでは木材が主流ですが」

「じゃああの焼かれた遺体はここらの土地に戻すんですか?」エレナが首を傾げ不思議そうに言った。

「全てをというわけではないのですがね。昔は粉になるまで細かく潰して撒いたんですが、今は残った骨は墓に埋めて、出来た灰を風の強い日に高くから撒くようになりました。土地の隅から隅へ返るようにと。・・・・・・まあ正確に土地神様の隅などわからないのでこの村では四方の森に撒くことになってますが」


 レイモンドはへえ、と声を上げるエレナを見て、前に教えた気がするんだがと苦笑いを浮かべた。

「ははは。それで何か御用ですかテッペツさん?」

「ん? ああ、そうでした、お渡ししたいものがありまして」テッペツが上着から二つの封筒を出した。「こちらお約束の書状です。先ほどは渡しそびれてしまいまして」

「それはどうも」

 渡された封筒の表にはそれぞれ名が示されていた。一通にはペンデュラム城主へと書かれ、もう一通には砦の隊長の名だろうか、男の名前が書かれていた。

「確かに。では」

「あ、お待ちを」


「この手紙も持って行っていただきたい」テッペツが更に三つの封筒を取り出した。どれも色の違う封筒だ。

「これは?」不意に出された封筒をレイモンドは受け取ってしまった。

 レイモンドが渡された封筒は触ったところ先ほど貰ったものと大差ない良質な紙だった。違いは宛名は書かれていないことだけだ。

「宛名はありませんが、ペンデュラムに居る私の知人へ宛ててしたためたものです」

「・・・・・・向こうの医師に渡すものですか?」

「それもありますが、あの子が向こうに着いたら懇意にしてもらえるよう頼むものでしてこれも一緒に持っていってもらえないでしょうか。あの子がペンデュラムへついたら向こうから勝手に、私の知人が会いにくるはずなので、その時手紙の催促がございましたら渡していただけたらと。もちろん機会がなければそのまま破棄していただいてかまいませんし、決してレイモンド殿の不利になるようなものでもありません」


 何を勝手なことをとでも思ったのか、エレナがムッと顔を変えテッペツを睨むが、レイモンドは苦笑いを浮かべてそれを手で制した。

「わかりました。できる限りは届けられるよう努力しますね。で、渡す相手はこの色で?」

「おっしゃる通りで、それぞれ催促の前に色を言うと思うのでその色を渡してもらいたいのです。中身は今回の件の詳細なので見られても大した亜危険はないのですが、如何せん名を書かぬことを条件にこの村に戻ってきたものですから、向こうからの許可が下りない限りは。あ、もちろん詳細と言ってもレイモンド殿が特定されるような内容は書いてありません」

 周りにレイモンドたち以外居ないからかペレペラといらぬことまで言うなとレイモンドが思い始めたときひと際大きな馬の嘶く声が村に響いた。直後レイモンド目掛け白馬が突進し、レイモンドを弾き飛ばした。

 呆然とするテッペツを尻目にレイモンドは何事もなかったように起き上がった。

「ゴメンよララン」レイモンドはラランに近づくと首をそっと撫でた。「忘れてたわけじゃないんだけど、気にかけてなかったね。ゴメン・・・・・・って、あれ? そういえばフィルは一緒じゃないのかい?」

 レイモンドの質問にラランは不機嫌そうに首だけを村に向けると、村の家屋を曲がりフィルが姿を現し、後に続くようにライナーが出てきた。

「おまたせしました」

「お、おまたしぇしました」

 大きなリュックを背負い、あたふたと周りばかり見るライナーにテッペツが寄った。

「ライナーや、これを」テッペツは今日六枚目の、一番厚い封筒を取り出した。「これは、お前宛の手紙の全てだ。向こうに着いたら読みなさい」

 手に無理やりに握らせるとテッペツが振り向いてきた。

「レイモンド殿大変お世話になりました」

「いえいえ」

「ライナーも余り迷惑をかけるでないぞ。ペンデュラムでは厳しいことも多々あるやも知れぬが何事も最後まで励め。それと何よりも・・・・・・無事を祈る。」

「ひゃ、ひゃい!」顔を強張らせたライナーが噛みながら叫んだ。

 怖がるライナーを無視してテッペツはレイモンドたちに頭を下げた。

「それでは皆様方、ライナーのことよろしくお願いします」テッペツの声は震えていた。

「わかりました。それじゃあ」

 最後の会話はこれだけだった。村からは死者を送る村人の泣き叫び声が聞こえた。

 レイモンドは答えるように手を上げると村を後にした。背後から村が消えるまでテッペツの頭が上がることはなかった。





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