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魔狩通る  作者: 五色ピンク
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夜Ⅲ。

171018改変

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 レイモンドは大きくため息をついた。部屋へ入った瞬間、疲れがドッと溢れた気がした。久しぶりにベッドを見たせいだ。野宿ならこうはならない。

 この家の大きさを考えれば残りの三部屋もここと造りは同じだろう。街道沿いの村は商隊との貿易が唯一の外とのつながりなのは知っているし、だから歓迎のためにこうした家があるのも知っている。しかし流石に村にあるベッドに天蓋が付いているとは思わなかった。


 手に持つマントをベッドに投げ、換気のために開けられていた窓を閉めに行くと、火を囲む村人が目に入った。ワッと炎が一際高く上がるのに呼応して、村人達が叫ぶような声を森に轟かせる。うるさいと思ったが、興味はさらさら湧かなかった。それにここからではラランも見えない。レイモンドは興味なさげに窓とカーテンを閉めると胸元の麻袋をテーブルへほうり、マントに続いて上着も投げるとソファに座って目を閉じた。内から外へもれる一切の動きが止まり、体が死んだように固まると、部屋の音の一切が消えた。浅い眠りのようだった。


 眠り始めてどれ位経ったか分からないがまだ夜なのは確かな時、唐突に扉が鳴った。

「すみませんレイモンドさんまだ起きてらっしゃいますか? お渡ししたいものがあって」

「ん?」レイモンドには聞き知った声だった。息を吹き返したように再び動き出し体を伸ばすと、もう一度息を大きく吐いた。体を伸ばしても音がなるようなことはなかったが、いい気分転換にはなる。「ああ、うん、ライナー君か」

「はい」ため息と勘違いしたのか申し訳無さそうな返事だ。

「起きているよ。ちょっと待ってて扉を開けるから」

 ソファから立ち上がり、扉を開けるとライナーが疲れた顔で水差しの入った空の桶を持ち立っていた。

「夜分遅くにすみません」頭を下げるライナーが桶ごと全部を渡してきた。「お伝えしたことができたのと、これお部屋用の飲み水と体用の桶と布です。あの足じゃ先生が運ぶのは無理だと思って、カップは枕もとの台の一番上の引き出しに置いてあります」

「そっか、ありがとう」レイモンドの受け取った水差しは溢れるほどの水が入っていた。「丁度のどが渇いてたとこで助かったよ」

「それならよかったです。あと僕も今日はこの家で一晩過ごすことになったので、体を拭いて飲むお水が足らなくなったら廊下の鐘で知らせてください。すぐに追加で持ってきますから。桶のほうも拭き終わって邪魔になったら部屋の外に出しといてくだされば片付けます」

「わかったよ。何かあったら呼ぶから、早く下に行きな。伝えたいことがあるからそんなにそわそわしているんだろう。

「いえ、先生に言う前にレイモンドさんに言いたいことがあったので」

 ライナーがレイモンドの目をじっと見つめた。

「僕決めました」一呼吸置いて決意を露にするようにライナーははっきりと言った。「ペンデュラムへ行きます! ・・・・・・最初はこの村でもいいとも思ってたんです。でも今日改めて村の外へ、知らない世界へ行ってみたいと思いました。まだまだ知らないことが、本にすら書かれていないことがたくさんあるんだと知りました。色々とご迷惑をかけるかも知れませんが、レイモンドさん明日からあなたの旅に同行させてください!」

「君がそう決めたんなら、部外者の俺からは何も言うことはない。すでに報酬も貰っている。ある程度の迷惑なら覚悟してるし、それほど畏まる必要もない。それでこの事はテッペツさんには言いに行ったの?」

「いえ、先生にはこれから向かおうかと。一応レイモンドさんに水を渡しに行ってくるとは言ってあるので、このあと色々な報告ついでに伝えてきます」

 ついでなのか、というレイモンドの呆れ顔を他所にライナーの声が数段厳しくなった。

「そ、それで最後にあともう一つだけ」周りに誰もいないにもかかわらず、ライナーは廊下を見渡してから小声で呟いた。「このあと僕が去ったら、今日は部屋に鍵をかけ眠ってください。寝る前ではなく、すぐにです。それで僕以外誰が来ても絶対に開けないでください。それが例えテッペツ先生でも、呼ばれてもいないのに来た僕だったとしても。あ、あと特に女性にも」


 レイモンドは驚きから床を見つめるとライナーが頭を下げた。

「お察しの通りまだ誰にも言ってません。本当に村の恩人に対して失礼すぎると分かってるんですけど、これから村の中で揉め事が起きるかもしれないので。テッペツ先生にはこのことも含めてこれから許可を取りに行くつもりなので」

「わかったよ」レイモンドは悟ったと笑みを浮かべた。「これ以上問題ごとに巻き込まれる気はないからね。この村では気をつけることにするよ。特に“女性”には、ね」

「すみません」

「まあ、何にせよだ」レイモンドはサッと手を出すと、うなだれているライナーが不思議そうな表情を浮かべた。「短い間だけどこれから旅をするんだ、よろしくライナー君」

「・・・・・・はい!」ライナーはレイモンドの手を嬉しそうに握った。「よろしくお願いします」

「さあ、話は済んだ。早く戻りな。下で待ちくたびれてるであろうテッペツさんが寝てしまう前に」

「はい! ありがとうございます」

 ライナーはレイモンドの手を放し一例してから手を離し階段へと向かっていった。

「それじゃあ、おやすみ」レイモンドの小さな呟きはライナーには届かなかった。

 ライナーが階段を下りるのを見送ると、一度欠伸をこぼし扉を閉めた。


「瞑想する気にもなれん。持って来てくれたあの子には申し訳ないけど体を拭くのは朝にしよう」

 ライナーに言われた通り鍵――といっても、かんぬき――をかけると、桶をテーブルに置き、部屋のロウソクを消してとベッドの上で横になる。ベッドは天蓋付きに恥じない柔らかさで体は深く沈みこんだ。

 レイモンドはうつ伏せで横になりふと視線を感じ、体制を変えると天蓋を見て動きを止めた。驚きに目を開き天蓋に描かれた黒い龍に手を伸ばしそうになるがぼんやりと見ていたものがハッキリし出すとレイモンドは顔をしかめた。

「似てない」と、不機嫌に呟いた。「体が太すぎる。牙が多すぎる。バランスが悪すぎる。何よりもこんなに不細工じゃない。これを作ったやつに才能は絶対にない。龍の体はもっと黒くて、もっと綺麗で・・・・・・何よりもっと優しいんだ」

 隅から隅まで見て、つまらなそうな顔でため息をつくと、腕をパタンとベッドに落とした。途端に枕元のロウソクから火が消え、部屋は漆黒に塗り変わる。それから朝、日が昇りカーテンの隙間から光りが差し込むまで、部屋から一切音はしなかった。



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