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魔狩通る  作者: 五色ピンク
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夜Ⅰ。

171018改変

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 暖炉とロウソクで照らされた部屋で暇な時間を過ごしていた。

 応接室だろう、一人用にしては少し大きく作りの良い机が扉から見て右奥に置かれ、部屋の中央には大きな足の短いテーブルと長いソファが二つ。昼間着ていた亜麻色のマントを目の前のソファにかけ、黒い服がきらりと光る。豪華ではないが所々に高級感のある質がいい服でレイモンドは、暖炉を左右から挟むように置かれた本棚とは反対、扉のある壁で腕を組んでもたれるように立つ。

 窓の外で煌々と、天高く異常なほど燃え上がる炎を見もせず、レイモンドは意識を耳へと集中していた。


「あの黒髪を早く追い出してください」

「・・・・・・それはレイモンド殿のことか?」

「名前なんてどうでもいいんです。あんな疫病神早くこの村から追い出してください」

 こんな言い合いを聞いたのは何度目だろうか。壁を一枚隔て、青年の声が部屋の中に響いた。


 オークとのひと悶着に加え女性からの攻撃を受けてすぐ、ライナーに連れられ現れたテッペツにより一応は村の恩人、客人としてレイモンドは村には受け入れられた。

 しかし一人家で休んでてもいい雰囲気なはずはなく、村の事後処理に手を貸したのだが、村人から浮ける視線は恩人に対するものではなかった。

 当たり前だ。素性もわからぬ見ず知らずの上、魔物を倒したとあっては不気味がるのはわかる。

 だが最もな理由はレイモンドの黒髪だろう。髪を見たとたんに聞こえてきた。不気味から始まり、祟りに忌み子しまいには化け物とあからさま陰口があちこちから。中には正面きって言ってくる若い女性もいた。

 その都度、テッペツやその他の好意的な村人達に咎められて治まり、少しして再び別の者が現れてはの繰り返しだった。半日経ち夜になった今も、こうして壁一枚隔てた向こう側までわざわざやって来るあたり、相当なものだ。

 仕方のないことだと思えなくもないが、レイモンドの記憶では最近通過した村の中では一番かも知れないほどの警戒心が高かった。


 この分なら二人が来なくとも明日には出るしかないか、と考えていると扉に手を掛ける音が聞こえた。

「しかし、村の中でもそういった声が上がり始めて――」

「悪いがこの件での文句は一切聞く気はない。お前たちも、自分がどれだけぶしつけなことを言っているのか改めて考え直せ!

 誰がそれを言っているのかをわしは聞かん。だからお前の方から気に入らないと言った他のもの達にも言っておけ、以上だ!」

「しかしこのままでは村が――」

「くどいぞ!」

「ック・・・・・・わかりました」


 レイモンドは壁にもたれる体を離した。しゃんと背筋を伸ばし開く扉を見つめると、入って来たテッペツと目があった。両腕で松葉杖をつきゆっくりと部屋に入るテッペツの後ろ、苦虫を噛み潰したような表情の目の釣りあがった青年とも目があう。仕方なしにレイモンドは敵対する気はないと笑み浮かべ会釈すると鋭い目つきが返ってきた。


「お待たせして申し訳ない。

 そんなところに居らずに、どうぞ腰を下ろして寛いでください。もう少ししたらお茶もきますので」


 扉が閉められ部屋から離れる足音を耳にしながら、レイモンドは助けがいるかとテッペツへ近づこうとすると本人が手で制したことでソファの前へと移動した。

 扉が閉まる最後まで睨みを利かせてきた青年がまるでいないかのように、テッペツは何も言わずソファへ向かった。


「よっと・・・ふぅ。改めまして、この村の村長をしておりますテッペツ・ランタンと申します。村の者を代表して、この度は村を救っていただき本当にありがとうございました」

 反対のソファに腰を下ろすとテッペツが頭を下げた。平均寿命が四十代前半が当たり前の今、テッペツは見たところ六十は過ぎているだろう。背中を曲げ、歳相応に苦労を重ねた姿はある種の威厳を放っていた。しかしここの村人の対応もあってその姿がどうにも白々しいものにレイモンドは感じた。

「・・・・・・まあ、お聞きになっていた、のでしょうな。昼間の私の非礼に加え大変申し訳ない。恩人に対してあのような態度を。」

 そう言ってもう一度頭を下げたテッペツに、直球で謝罪が来るとは思わなかったとレイモンドは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「いえ、あまり気にしなくてもいいので顔を上げてください。言っては何ですがこういうことには慣れてますから、本当に大丈夫ですよ」

 テッペツとほぼ同時にソファへ座り込んだレイモンドは笑うように言い、顔が上がったのを確認すると言葉を続けた。

「まあそれとは関係がないわけではないですが、この村の若い人たちは妙に浮き足立ってますよね。まだ春先ですけどこれから何かあるんですか?」

 聞いて答えてもらえるとは思えないが、見た限りレイモンドに反抗的なのは村の若い者達だけだった。それも男女共に一番の働き盛りな成人したてといった歳の子が多く、歳が上がるごとにレイモンドに対する態度は好意的だった。

「いやはやお恥ずかしい限りで、特に何かあるわけではないんですが・・・・・・。あの子達はどうも自分達だけが村を守れると思っているようで」

「ああ、なるほど」

 反抗したい盛りか、とレイモンドはテッペツの言いたいことを察した。


「しかし、あの子らがああなった責任は我々大人にもありましてね」

 鼻下の髭を弄りながら、テッペツは視線をレイモンドから天井へと向けた。

「ここ何年か村を襲う盗賊どもの撃退に成功してまして、未だ負けを知らない村の若い衆が調子に乗っているんですよ。その都度注意すればよかったのでしょうが、守れたこともあって皆我が子可愛さに何も言えず、私も周りの思いに同調してしまいまして。今では耳すら傾けて貰えぬ状況に。・・・・・・彼らも根はまじめで村想いなんですが、どうも自分達が正しいと思い込んでるようで」

 ため息と共に頭を下げたテッペツとレイモンドは目があった。

「こう言っては何ですが今回のことで少しは村の若いのの頭が冷えればいいとも少しは思ったのですが」

「・・・・・・結果はあれですか」

 レイモンドの脳裏には先ほどの青年の顔が思い浮かんだ。

「はあ、そうですね。痛い目にもあっている者がいる中であれでは、流石に頭が痛くなってきました」


 遠まわしではあるがこれは村から早く出て行け、か、危険なので出た方がいいのどちらかだろう。目の前のテッペツの心遣いを考慮すれば後者だろうが、まあどちらにしても大して変わりはしない。

 長居はしないほうがいいと結論付け、レイモンドは明日の午後までには村を出ようと決意した。

「それにここ最近どうもおかしな宗教が流行っているようでそれのせいで拍車も掛かって」

「ああ、この髪のことですか?」テッペツの視線がレイモンドの上に向いたことで何が言いたいのかすぐに気づいた。

「気になりますか?」レイモンドは自身の黒髪を軽く握った。

「ええ、まあ、珍しいものですからつい。それに綺麗じゃありませんか、その――黒い髪は」

 恥ずかしそうに呟いたテッペツの言葉に、最初ポカンとした顔を浮かべたレイモンドは髪を握る手を離すと次の瞬間、声を上げて笑い出した。

「それはそれは、ありがとうございます。でもそういうのは女性に向かって言った方がいい」

 つられて笑みを浮かべたテッペツはまたしても髭に触り出した。

「そうですな。しかしそれだけではなくて、その黒い髪を見ていると昔聞かれたことを思い出しましてねぇ」

「昔?何かこの髪にまつわることであったんですか?」

「ええ。昔ペンデュラムで教師をしていた頃、友人から黒い髪の男を見なかったかと聞かれたことがありましてね。歳はそう、ちょうどレイモンド殿と同じぐらいで。何でも賞金付きの捕縛命令も出たとかであちこち聞いていましてね」

「ほお、それはそれは。では私も差し出しますかな?」

 ニヤリと笑みを浮かべたレイモンドは両腕をくっ付け差し出すと、テッペツが慌てたように手を振った。

「いえいえ、滅相もない。命の恩人を差し出すなんてまねはしませんよ。それにこの話はずいぶん前の話でしてね。この話を聞いてから何年かして捕縛命令自体が取り消しになったことも聞きましたから、何の問題も残っていませんよ」

「そんな昔にそれは残念、賞金を逃してしまいましたね」

「いいんですよ、あれで。理由のわからぬ捕縛命令にいいものはありませんよ」影のある言い方だ。


 いいことを聞いた、とレイモンドは思った。ずいぶん昔と言っていたがそれは十中八九レイモンドのことで間違いない。黒髪の人間も自分と仲間以外にいないことを知っているし、仲間も敷地の外へ連れて来たのは今回の旅が初めてだ。それにペンデュラムでは人から追われる理由を多々作った記憶もある。昔は良かった。黒髪というだけで物珍しい目では見られても排他的には見られなかった。だが最近はどうにもおかしな連中が敵対心を剥き出しにして突っかかってくる。やはりだめだ。最近はどうにも昔を懐かしむことが多くなった。


 レイモンドは話題を切り替えるべく大きく息を吐いた。

「それで一体どういう理由でお呼びになったんですか?まさか世間話に花を咲かせたいなどとは言いますまい」

 途端に部屋の空気が変わった。曲がった背中がしゃんと伸び、好々爺といった雰囲気だった目の前の老人が一変して、冷たい冬のような雰囲気を纏った。

「あなたは旅のお方でしたな」抑揚のない声で言った。「この村を出たらどちらへ向かうのかご予定はありますかな?」

 この感じには覚えがある。村に来て初めて、テッペツと相対したときもこんな雰囲気を纏っていた。

「あとから仲間が来るはずなので合流次第街道をこのまま西へ進みますけど」レイモンドは動揺することなく答えた。

「街道を西にですか?」

「ええ、まあ西に」

「・・・・・・ということはペンデュラムにも寄ると?」

「まあ、寄る寄らないは別にしても、街道を道なりに進むので必ず行き当たりますね」

 ペンデュラムといえば国無しの土地の都市国家の一つであり、数少ないエンデブル王国の残った城塞都市の一つでもある。王国健在時に各都市を結ぶために作られた街道だ。西に進んでいけば、次第に街道の向きが北の方へ変わり最後にはペンデュラムへ着くことをレイモンドは知っていた。

 返答はしばらく返ってこなかった。テッペツは髭を幾度となく触りぶつぶつと小言を呟くとようやく口を開いた。

「でしたらあの子も、ライナーも連れていってもらえないでしょうか?」

「それは連れ去れということですか?私は人買いではないのですが・・・・・・」

「いえそうではなく。言い直させていただければ正確には、あの子をペンデュラムまで護衛していただきたいと」

 冗談だ。レイモンドも理解している。しかし急に子供を運べとは何かの冗談だと思いたくもなった。


「もちろん謝礼のほうもお支払いします。あの子をこのまま村に置いておくわけにはいけないのです」

 厄介ごとだ、と初めからなんとなく分かっていた。しかし今回のことはこれはこれで何かの縁なのではないかと考えずにはいられない。

 ペンデュラムか、これは何とも都合がいいと言うべきか、とレイモンドは思った。

 きっとテッペツとして再び魔物に襲われる前に連れ出してほしいのだろう。だがここで魔物が出たこと自体おかしい。ラインの効果が消え始めていることなど今までに一度も起きていない。

「ああ、そうでした。・・・・・・こちらをどうぞ」

 レイモンドの迷いを知ってか知らずか――たぶん気づいたのだろうが――テッペツが上着の胸元から麻袋を一つテーブルの上に置いた。

「これは?」

「謝礼です。どうぞお受け取りください。何なら中身を確認していただいても構いません」テッペツが麻袋をレイモンドの前に置いた。早く持てとでも言いたいのか、何も言わなくなったテッペツを見てレイモンドは渋々麻袋に手を伸ばした。

 こぶし大の麻袋だ。当たり前だが置かれたとき金属音が聞こえた。手に持ってみれば中身の大体が察せた。袋の口を開けば想像通りの金貨だった。しかもメッキ製の小金貨ではなく純金の純金貨だ。見たところ五〇枚前後か、質素という前提が必要だが、これだけあれば国無しの土地では五十年は確実に暮らせるだろう。

「こんなに?」素直な思いがポロリと口から出た。

「いえ、それは別、村を救って頂いた分です。もし受けていただけるのでしたらこれをもう二袋、お渡しいたします」テッペツが再び上着から麻袋を二つ取り出すとテーブルの上に置いた。

 これには驚くしかなかった。たかが子供の護衛程度、それもきこりの子供にそれほどの金貨を出すなど正気の沙汰とは思えなかった。

「ですがこんなに出されてもペンデュラムへは行けませんよ」

 これが一番大事だ。街道は都市に近づけば一度は砦を通る。砦での免状によって部外者は都市の門を潜り抜けることができ、一度入ってしまえば次からは通行手形の発行でスムーズに入れる。しかしレイモンドは滅多にいない旅人だ。

「わかっています。これでもペンデュラムではそれなりに名が通っていると自負しています。砦と門兵双方の紹介状もこちらで用意させていただきます」

 一村長にそんなことは無理なのだが、金貨のこともあるがテッペツが嘘を言っているようには見えない。いや、それにもし無理でもその分の金貨も出すと言いかねない雰囲気だ。

 あとはレイモンドの気持ち次第だった。

「お願いします。あの子を、こんなところで失うわけにはいかないんです!」

「もしその治療でライナー君の才能とやらが消えるとしてもやるんですか?」

「ええ!」

 レイモンドは熟考する。金貨は考えなくていい。大金だが必要性はあまりに少ない。しかし厄介ごととペンデュラムを天秤にかければ答えは考えずともすぐ出た。

「わかりました。引き受けましょう」

「おおお。ありがとうございます」テッペツが好々爺のような雰囲気に戻り頭を下げた。「でしたらこちらも」出していた二つの麻袋をレイモンドの前に置くと気が抜けたように背中が曲がった。

「ではお受けしていただけるのでしたら、今回の護衛の理由のほうもお伝えさせていただきます」


「いや、これ以上はお互い――というより私の――利益にならないので仰らなくても結構です」レイモンドは素っ気なく言った。

「いえこれから話すことはあの子状況とは深く関わりはありません」今度は雰囲気が変わることはなかった。「今回お願いする理由はあの子の生まれ持っての気質が関係しているのです」

「・・・はあ。わかりました。聞きましょう」

「これから話すことはある種、あの子の才能と関係あると思っていただきたい」

「才能、ですか?」

「レイモンド殿がご存知かはわかりませんが、ライナーは大変賢い子なんです」嬉しそうな口調だ。「未だ十歳にも関わらずすでに上級文官用の研究書も読破し理解も終え、ならばと出した王宮文官用課題も多少苦戦しても数日ほどで解いてしまう。若い頃私がペンデュラムで教師をしていたときのどの生徒よりもあの子には学問の、取り分け文学に対する才能があります。それこそ後世に名を残す逸材だと思うほどに。しかし――」悔しそうな言い方に変わった。「その分、脆い。脆すぎるんです。その才能が原因と思えるほど精神が特殊で、泣かないんですよあの子は。感情を押し殺しているとか、我慢しているとかではなく、まるで存在していないかのようにその兆候を一切見せない」


 テッペツが言うとおりライナーのことも不審な点が多々あった。

 昼間、ライナーを連れ添って彼の父の遺体を回収しに行った際も、これといった感情の変化はなかった。悲しいや寂しいという感情が表に出ているにも関わらずどこか嘘くさい反応だったのを覚えていた。テッペツの言葉でようやくレイモンドは森で出会ってから感じていた違和感の合点がいった。


「まあでもそんな人間居るわけないがないんです。」テッペツが歯軋りしながら呟いた。「今回と経緯こそ違うんですがね、五年ほど前ライナーの母親が病死したことがあったんですよ。その時もあの子は何事もなく生活していたんですよ。なのに半年ほど経ったある日、まるでぷつんと糸が切れたように母親のことで泣き出して、そこから二月の間父親がそばに居ないと不安定になる日々が続きました。本人にあとで聞いたらわからなかったと言ったんです。その時初めて知ったんですよ。あの子にも悲しみがあると。まあそれ以降他の村人の死でも何回か起きたので対応にはなれましたが」

「ということはそれが今回も起こると? なら今すぐ私に依頼せずとも落ち着くまで待ってからでもいいんじゃ」。

「いえ、それが今回は今までとは経緯が違うんですよ。今まであの子が経験してきたのは病死や老衰なんかの、ギリギリ前もって心の準備ができる死でしたが、今回のように誰かに殺されて死ぬということがまだ一度も起きていないんです」

「つまりは」レイモンドは何となくだが全貌が見えた。「今まで見たいに前もった準備をしていないから、何時起こるかわからないと」

「はい」テッペツが弱々しく呟いた。「それに当然ですがあの子にとって大切であればあるほど起きたときの深刻さも重くて長い。今までは父親がその都度世話をしていたんですが今回はその父が亡くななり、あの子にはもう親族が他に居ないので、成長した今では下手をすると命を絶ちかねないと」

「それが今回のペンデュラムまでの護衛の理由ですか」

「そうです。向こうの知人に丁度そういう、一般とは異なった精神について専門的に治療してる医師が居りまして。ライナーの父親と共に前々から治療できないかと打診していたところ、あの子がペンデュラムの寄宿舎に合格したのを機に、治療も同時に行なえるとようやくこの冬に決まり、来年向かわせることが決まっていたので」

「急に連れて行って向こうの医師の方は受け入れてくれるんですか?」

「ああ、それは確実に」苦い笑みがテッペツからこぼれた。「というよりも寄宿舎に入るまで預かるから来年なんて言わずにすぐにつれて来いと再三手紙が来るので」

「あ、そうですか」

 水を一杯にしたいつ割れるかもわからない瓶を運べということか。これは弱いや脆いではなく異常と捉えたほうがいいとレイモンドは思った。限度も深刻さもわからない以上、不用意にオークだの父親だの話題は振れない。

 レイモンドは今まで握ったままだった麻袋を上着の中にしまうと、テーブルに置かれた他の二つを掴みそれぞれ中を確認してしまった。


「延々と話を続けて申し訳ありませんでしたな。部屋へご案内する前に少し休んでいきましょう。まあ、出せるものといってもハーブティーしかありませんがよく眠れると思いますので飲んでいってください」テッペツが三度、手を叩いた。「すまんが茶を頼む!」

 最初反応はなかったが、しばらくして廊下からミシミシと音が鳴るのが聞こえ、丁度部屋の前で止まると扉が叩かれた。

「テッペツ先生、お茶の方お持ちしました」レイモンドにとっては、今一番聞きたくない声だった。

 テッペツに目をやれば、同じく驚きに顔を変えているあたり知らなかったことだろう。しかしもう一度扉が叩かれ、レイモンドへ一度目配せするとテッペツは沈黙を破った。

「入れ」テッペツが言うと、「失礼します」と返事が続き、ライナーが笑顔で部屋に入ってきた。

「おお、ライナーか。すまんな」テッペツが引き攣った笑みを浮かべた。

 器用にティーポットとカップを三つ、小さな小瓶が二つ置かれたお盆を片手で持ち、扉を開け閉めするとテーブルの上へと置いていく。

「お前さんどうしてここに? 今日はもう家でやすんどれと」

「いえ、そのつもりだったんですけど」申し訳無さそうに言った。「今警戒で壁を回ってる人しか動いてなくて、ここの手伝い誰も居ないと思ってきたら案の定だったんで、誰か来るまで待ってたんですよ」

「ほ、他の皆は?!」

「今は皆、広場の火柱に集まって火眺めてますよ」

「何?!」テッペツが見たのにつられてレイモンドも窓の外の火柱を見た。部屋からは高く上がった火柱しか見えなかった。


「それで、レイモンドさん」ライナーが嬉しそうに言った。「今日は本当にありがとうございました」

「ああ、森で助けたことかい? 大丈夫だから。テッペツさんからもお礼は言われたし」

「いえそれだけじゃなくて、父さんのことも、義母さんのことも助けてもらったので」

 先ほどの話のせいか、やけに注意深くライナーを見てしまうが、またこれだ。必要もないところで悲しそうに見せてくるせいでどうにも所々嘘臭く感じた。

「母さん?」

「それはこの子の父の血の繋がっていない後妻のことです」テッペツが血の繋がりの部分を強調するように言った。

「なるほど義母さん、ね。でも村に来て助けたかな?」

「先生と一緒に追いついたときレイモンドさんの前で倒れていたのが義母さんです」

「・・・・・・ああ、あの」熱烈な信者か、といくらか時間がかかったがレイモンドは口に出さずに思い出した。

「大丈夫だったのかいあの人は?」

「はい。まだ起きてはいませんが、寝かせとけばすぐに目を覚ますと――」

「そ、そうかよかったよ」

 石を投げつけてくるという強烈な印象があったが、その後の村人からの陰口ですっかり忘れていたとは言えず心配と言葉をかけたが、最後まで顔は思い出せなかった。

 レイモンドは前に置かれたお茶に口をつけた。ハーブティーというがそこまで薬草くさくない、飲みやすいお茶だった。


「それで聞きたいんですけど」カップを受け皿に置くと同時にライナーから質問が飛んできた。「オークとか魔物に対する具体的な対抗策ってあるんですか?」

 自分から瓶を割りに来るような言動に自重すべきと思ったレイモンドも諦めにも似た気持ちを持って答えた。

「ないよ」レイモンドは冷たく言った。「そんな都合のいいものは」

「やっぱり」

「まあ、でもオークに限って言えば撃退は無理でも、この村に近寄らせないだけの素材はある」

「・・・・・・それってまさかオークの死体、ですか?」と、ライナー。

 まさか答えられるとは思ってなかったレイモンドは素直に驚いた。

「君は本当に頭がいいね。私じゃなくてオークのほうに答えがあると気がつくとは」

「い、いえ」ライナーが照れくさそうに頭をかいた。「あれを燃やすようにって言ったはテッペツ先生でしたけど、たぶんレイモンドさんが助言したんじゃないかと思って」

「ほぼほぼ正解だよ。まあ実際は死体じゃなく遺灰が必要なんだけどね。それを砕いて粉状にして、村の四方の地下深くに混ぜ込めば数十年はオークに襲われる心配はない、安全だよ。だから今あれを燃やしているんだ」レイモンドは火柱を指差した。丁度火柱が大きく燃え上がったと重なり、村人たちの雄たけびのような声が聞こえた。


「ではやはり無理なのですね」とテッペツ。「本当に言い伝えどおり魔物にはなすすべがないんですね」

「そうですね」今はまだ無理ですね、とレイモンドは口に出さずに思った。

「やはりこの村では無理か」テッペツが誰に話しかけるでもなく髭を弄りながら呟くとパンッと太ももを叩いた。

「レイモンド殿、確か出立は旅の仲間が合流次第と仰いましたな。それは何時頃になりそうですか?」

「まあ分かれた時間から考えても一人は明日にでも合流できますが」

「では出るのは明日の可能性もあると」

「まあ」確証がないためレイモンドは答えを濁すだけに留めた。そしてこのあと言うであろうテッペツの言葉を予想してライナーへと目を向けた。

「ならば、ライナー!」テッペツの雰囲気がまたしても変わった。

「は、はい?!」テッペツの強い口調に驚いたのか片膝立ちだったライナーが勢いよく立ち上がった。

「行き成りで悪いが今すぐ、旅支度をしろ」

 想像通りの言葉にレイモンドは驚きはしなかった。

「え?・・・・・・なな何で?!急にどうしたんですか」しかしライナーは体全体で驚いてみせる。流石にこれには嘘くささはなかった。

「お前には、早ければ明日にでもペンデュラムへ向かってもらう。今レイモンド殿とそのように約束ととりつけた」

「なんでですか?!」今度はレイモンドとテッペツを交互に見てきた。

「わかっているだろう」芝居がかった言い方だ。「今日村の者の多くが死んだ。数日の間は何も始まることはないだろうが、村の復興が始まれば人手は更に足りなくなる。そうなればお前の寄宿舎行きはすぐに、いや必ず潰えることとなるだろう。これを逃せばお前は一生この村で過ごすことになる。次はないのだ、次は。元を言えばこれはお前の母が、五年前に死んだ母が願ったこと。それをお前の父が継ぎ、私が再三願い出たから叶ったこと。お前は母と父の思いを無下にしたいのか?違うだろう。父の遺体は明日朝一番で燃やす。それに今の義母のほうも心配はいらん。どの道、父の遺言であやつの死後は婚姻関係の継続はなく、お前さんの母でもなくなると彼女自身も同意している」

 レイモンドに言った理由とは違うがこれもまた事実だろう。しかし最後のは嘘だ。確信が持てる。人を見ただけで石を投げつけるような狂信者は何事も簡単には引き下がらない。だから何かしらの対処をするのだろう。ライナーが出た後で。

「だが、お前さんも考える時間が必要だろう。どうしても。どうしても、行きたくないというならばレイモンド殿には申し訳ないが今回のお話はなかったことにしてもらう。

 そういうわけですので、先ほどの話は申し訳ないがなかったことにしていただきたい。もちろん謝礼のほうはそのまま迷惑料と思って受け取っていただいて結構です」

 芝居代込みでの謝礼だと思えばいいか、とレイモンドは思った。もしライナーが行かないのならば、それならそれで遠回りになるが一度西に回ってラインへといけばいい上、金貨も本当に迷惑料として受け取ればよかった。

「そうですかではありがたく頂かせてもらいますよ」レイモンドが自然に見えるようわざと麻袋を服から床の上に落とすと、金貨が数枚袋からこぼれた。途端にライナーの顔が固まったのが拾ったときに見えた。

「ではお前ももう家に帰れ。さ、レイモンド殿、お部屋のほうへご案内させていただきます」

 ライナーの顔色を無視してテッペツが立つと、レイモンドも亜麻色のマントを持ちライナーの横を通り抜けた。助けを求めるような顔だった。

 テッペツがカツカツと松葉杖を鳴らしライナーの横を過ぎるとき小さく呟いたのが聞こえた。

「お前さんに渡したいもんがある」優しい口調だ。「いつでもいい、心が決まったらわしの部屋に伝えに来い」

 そこから部屋からは音が消えたように静かになった。レイモンドが扉を開ける音がやけに大きく聞こえた。

「ふう、開けてもらってしまいすみませんなレイモンド殿。ささ、お部屋は二階のほうでして、階段はこちらに」

 レイモンドは扉を閉めるとテッペツのあとに続いたが、いくら遠ざかっても部屋からは音一つ聞こえることはなかった。





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