村。
171018改変
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蹄の音をリズムよく刻みながらレイモンド達は疾駆していた。ライナーの指示を元にラランが走る道は整備はされていないが踏みならされた道だった。
森を駆けていたレイモンドよりも遅いがそれでも風切り音で声が聞こえにくくなるほど、普通馬では出せないほど段違いなペースで進むララン。
しかしその馬上は驚くほどに揺れていない。馬具の一切ないなかで出す速度ではないのだが、鞍すらない馬上のレイモンド達はほとんど揺れず、体勢を整える必要すらなかった。とはいえ恐怖が消えないわけではなくたてがみを掴むライナーの力は速度を増すごとに強くなる。
「次の道は右です」
「右か、分かった」
ライナーの若干震えた声の指示を聞きレイモンドは右足でトントンとラランの腹を軽く蹴る。ラランからの返事はないが、意思疎通はしっかりだ。速度を落とすことなく分かれ道を右へと進んだ。
木材運搬のためある程度幅――人がすれ違える程度――はあるものの何度も訪れる分かれ道は、案内なしでは村まで行くのは無理だったなと、レイモンドに実感させるには十分だった。
ライナーが道を示し、それに従いレイモンドがラランへと指示を出す。レイモンドの仕事はほぼないが、ラランがレイモンドの指示でしか動かないのだから必要だろう。即興にしてはなかなかに息の合った連携をレイモンド達は取れていた。
「あの、そろそろ出ます」と、ライナーが指差したのは、先を隠すように手入れされていない茂み。
「んん?もう村に着くのか?」
「いえそろそろ――」
振り向きこの先の説明しようとするライナーの声は途中で止まり、代わりにレイモンドの体は右へと曲がった。一瞬驚きに思考が停止しかけるが、だからといって落馬することはなかった。
ほぼ九〇度、落ちるだろ、という体勢で眼前に広がる石畳を目にしながら、レイモンドは左腕を伸ばすと空を掴み、からの手で何かを引くように起き上がった。
何ごとか、と周りを見れば見慣れた景色を見て、なるほど街道に出たのか、とレイモンドは気がついた。
振り返れば街道の脇、茂みのなかに一本の道が露出していた。
街道に急に出てこの場合直進しなかっただけでも偉いものだ。レイモンドは空いている左手でラランの首を撫でようと腕を伸ばした。
その時だった。もごもごと腕が動いたことでレイモンドもう一人の同乗者を思い出した。
「あ、ごめんごめん!」
落ちないように絞めた腕が気道を抑えたようだ。レイモンドの腕を胸から腹へと動かしたことでライナーが咳き込んだ。
「急に曲がったもんだから強く締めすぎた。大丈夫か?・・・怪我とかなかった?」
「大丈夫です。ゴホン・・・すみません助かりました。」返答が返ってきたのはすぐだった。だがまだ咳き込み息は若干荒かった。
「あと説明が遅れてすいませんでした」
「いや、それはいいんだけど。本当に大丈夫?」
「・・・・・・はい、なんとか。もう落ち着きましたから大丈夫です。それより」
暗に自分はいいから早く行けとレイモンドへ訴えかけるような眼差しで、少なくとも自分ならそう思う。レイモンドは話題を切り捨て話を戻した。
「わかった。ならこの後はどっちに?」
「あとはこのまま道を西へ向かってください」
「ララン」と言葉と共にトントンと両足で腹を蹴って指示を出す。右なら右足。左なら左足。前なら両足。止まれはたてがみ。とはいえ決めてからまだ一度もたてがみを掴んだことはないのだが。
指示に従い再びの加速ラランが動き始めてすぐたてがみを掴む力が強くなるライナーがポツリとレイモンドの前で呟いた。
「歩きなら森を抜けた方が速いですけど、馬なら、こっちの方がいいですよね」
「・・・・・・ああ、そうだね」
走り出してすぐ、珍しく起きた振動で左右に大きく揺れながら、レイモンドは、本当にかしこい子だ、と思った。
※※※※
街道へ出て一〇分ほど過ぎた頃、ようやくラランの疾走は終わりが近づいてきた。
「そろそろ見えてきます」前に座るライナーが語った。「あれが僕の村です!」
ライナーが指した指の先、弧を描くようにゆるく曲がる街道の先でレイモンドの目に映ったのは五mほどの木で作られた壁だった。
「へえ、あれが・・・・・・きれいな村だね」
レイモンドはきれいな村と言ったが当然壁で村の中は見えない。唯一見えるのは壁の上にひょっこりと頭を出した屋根と木組みの塔ぐらいだ。
あれが国無しの土地に共通する町村壁ちょうそんへきに他ならなかった。
この土地にある町村には共通して一つのものが作られている。街道沿いであることが最低限の条件だが、それは町村を三六〇度囲む形で木や石、岩などで壁が作られていることである。
かつての天変地異以降、超大国と言えるエンデブル王国の消滅によって加護を失った町村は外敵から身を守る手段として壁で囲むという防衛手段をとった。盗賊や野獣の外敵に加え当時はエンデブル傘下の国々が主国消滅に伴い侵略に来ると、まことしやかな噂が国無しの土地に流布され壁の建設が町村独自の判断で行われた。そのため壁の形状や高さに統一性はないものの、その考えは未だ廃ることなく年々月日を重ねるごとに厚く頑丈なものへとなっている。
しかし統一性がないからこそ村の特色がそこにはよく出た。街道沿いも旅して見てきたレイモンドからしても、ライナーの村の壁はきれいと言えるものだった。
太さ、長さ揃えられ真っ直ぐ縦に打ち立てられた木壁と、壁より若干小さいが街道直上に着けられた左右開閉式だろう門。ただ積み重ねことも多い町村壁のなかではこれでも十分きれいに入っていた。
眼下のライナーには今、村のことしか頭にないようだ。そんなレイモンドの呟き程度の小声に返答は返ってこない。
「あの門閉まってるみたいだけど、外から開くの?」
「おかしい」ライナーが目を凝らして呟いた。「門を閉めるときは誰か必ず物見に立つはずなのに」
ライナーが言っているのは門の後ろの木組みの塔のことだろう。人が立てる空間が確かに上に作られていたが、現状そこには誰もいない。
村の門が開いていること自体この土地では少ないことだがライナーの言葉通りなら。レイモンドは直感が当たっていたのだと確信した。
レイモンドの確信と同じくして誰の指示もなくにラランが速度を落とし、街道の中央から脇へと走る位置を移した。
「誰もいないようだな。・・・・・・あの門、外からは開くか?」
「無理です!何人居ても内側からしか開かないようになってます。壊すにしたって時間がかかります」
「ここ以外に入り口は?」
「・・・壁ぞいに左へ行ってください」村外の人間に入り口を知られることに危機感を持ったのだろう、一瞬躊躇するように口ごもりながらライナーが答えた。
「左に行けば僕たち用の裏口があります。あそこなら鍵が開いていれば外からでも入れますし、もしだめでも門よりは壊しやすいです。それに壊してもまた作り直せます」
壁の左右は森に隠れて当然見えない。何か意図して残してあるのか不明だが、普通壁の近くに高いものは残しておかないはずだ。現に今はそれが邪魔でしかなかった。
「仕方ない、わかった。じゃあそこへ行こう。壁ぞいに罠は?」
「ありません!」今度の返答に躊躇はなかった。
「なら上々。ラランそういうことだ頼む!」
左足を振りラランへ指示を出す。途端に減速したラランが再び加速しライナーの言葉通りに門まで近づくと弧を描きながら左へ曲がった。
「――――?!」
壁と平行になり曲がるために倒した体を戻したときレイモンドの耳に微かに悲鳴が聞こえた。男か女か、子供か老人か、判別はつかないが確かにそれは悲鳴だ。聞こえなかったのだろう、ライナーに変化はない。
急がなくては、とレイモンドは思った。しかしライナーが言う裏口へ行く必要はなくなった。
悲鳴を聞いてすぐ、前を見つめるレイモンドの視界に影が映った。行き先で何かが壁から剥げ落ちた。ライナーから声が上がらない以上、裏口にはまだ着いていない。
見ていたラランが速度を落とし、ライナーが不思議そうな目でレイモンドを見てきた。
「あれ」とレイモンドは指差した。つられてライナーが前を見る。
するともう一度、木壁から何かが落ちた。先程より大きい、こぶし大の影だ。
「・・・・・・何だあれ?」
ライナーの呟きと同じくして再びもう一個、いや今度のは一本と呼称したほうがいい、木壁の木が一つレイモンドたちの進路上に倒れてきた。
しかしラランが止まるにはことが起きるのは遅すぎた。
続けざまに二、三と、先ほど落ちてきた影が糸を引いたかのように、奥の木も落ちてくる。
(すまないララン)
レイモンドは思いながら、ライナーを抱いている手をそのまま強めると、ラランの上から後ろへと飛び降りた。途端に背中から重みがなくなったラランがほんの少しの距離を加速した。頭を若干下げ短い助走を使い、すでに倒れている最初の木の手前で跳躍した。
危なかった。背中から地面に落ちた時見えた跳躍は、高さも、速度も、飛距離もギリギリ。あのまま乗っていたら、ただではすまなかった。
ふう、とレイモンドは一度ため息を吐くと、胸の上のライナーを横へ下ろし立ち上がった。
「何度も何度も悪いね、ライナー君」
レイモンドが伸ばした手を目を白黒させながらライナーが掴んだ。
「い、いえ大丈夫です。でも一体何が?」
「飛び降りたんだよ、ラランから。
木が倒れてきたのは君も見ていただろう。あのままだとみんな危ないと思ってね、咄嗟に君を抱いたまま後ろに飛んだんだ。流石に人が乗った上での跳躍じゃあ間に合わなさそうだったから。
あのまま行ってたら大怪我してたよ」――君だけは。と最後だけ声に出さずレイモンドは心の中で言った。
「見たとこ怪我はなさそうだね。
それでここ、君の言った裏口かい?」
近づいてきたラランにすまないと今日何度目か言葉をかけ、倒れた木の先でレイモンドが見たのは木壁が無残にも爆ぜた姿だった。
「違います!裏口はもっと、いやそうじゃなくて壁が、一番厚いとこなのに壁が?!」
外から壊されたのは一目瞭然。一本直径六〇cmほど、厚さも幾本も重なり二m近い壁は破片のほとんどが内側へ飛んでいる。
何故村に戻ってきたのかを考えれば、何が起きたのかは言うまでもなかった。
「わかったからまずは落ち着いて。
理由はどうあれこれから村に入るけど、俺の指示には従ってもらう。
まずは絶対に俺かラランからは離れないこと。」
「・・・・・・はい」
本音を言えば中へ連れて行きたくない。だが部外者のレイモンドだけでは何かと面倒が起こりやすい。
顔を青褪めさせるライナーからの生返事を耳にし、彼に対する少しの思いやりと自分のための多大な打算を持ってレイモンドは足元に少しだけ残った壁を乗り越えた。
村は驚くほど静かだった。音は確かにするが、人のいる気配が感じられない不気味な雰囲気だ。
「さてライナー君、村の中心、人が多いのはどっちだ、って言ったそばから・・・・・・」
ライナーが早速離れた。向かった先は一番近い民家だろう。しかし走り出してすぐ、レイモンドから見えない物置小屋の裏を見て跪いた。
魔物か、と急いでみれば跪いた理由がすぐ分かった。ライナーは吐いていた。その前には人が一人、倒れていた。頭を潰され、本来あるべき手首から先が片腕だけない。残った腕も肉が噛み千切られ骨が見え、下の血溜まりの中に指先が一つ落ちていた。
服や体格から見て男性。後で戻るつもりなのか、気に入らなかったのか定かではないが喰われたことに変わりはない。
苦しそうにしているライナーに見かねて、ではなく、時間が惜しい、理由でレイモンドはラランを見た。
「ラランあとを頼む。俺は先に行――」
「ギャアアァ?!」
しゃがれた声の悲鳴が響いた。途端にライナーも顔を上げた。
「俺は行く。君はラランの近くにいろ」
「はぁ・・・はぁ・・・僕も・・・」
胃酸で喉が焼かれたのか、かすんだ声のライナーを無視してレイモンドは走り出した。
見える範囲に人は居ない。二度三度と悲鳴が響き、出所はすぐにわかった。レイモンドはライナーが向かおうとした家の裏側へと向かった。
襲われていたのは老人だった。もう一人、オークに腹を潰されている男性もいた。そっちは息をしていなかった。
着いて早々、またしてもレイモンドはオークと目があった。しかし目の前のオークは森のとは違い警戒心をみせない。ただ笑みを見せてくるだけだ。
オークはすぐに壁を背にした老人に視線を戻した。
タイミングがいいことにオークと襲われていた老人の距離は遠い。
オークが瞬きをした時を見計らい、レイモンドはすぐさまオークへ近づいた。再び手には銀の剣が握られていた。瞬きの刹那の間にレイモンドが飛び込み、オークは初めて警戒心を露にしてほえようと口を開いた。だが声はでなかった。代わりに喉から血を噴出すと背中から踏んでいた遺体の上に倒れた。
剣を振り、付いた血を飛ばすとレイモンドは振り返った。
おおよそ辺鄙な村に似つかわしくない短いオールバックの髪と鼻の下に髭を蓄えた老人が、苦悶の表情を浮かべながらレイモンドを睨みつけてきた。
「何者だ、貴様」重く低い声が抑揚のない冷たい言葉と共に出た。「急に現れて一体何をした。この騒動の原因はお前か」
この口調の人間が悲鳴を上げるとは思えない。さっきほどの悲鳴はオークに潰されたものの断末魔かとレイモンドは察した。
「それが恩人に対する態度かご老人」
「テッペツ先生!」
間にオークの死体を挟みながらレイモンドと老人の放つ険悪な空気は遅れて現れたライナーによって霧散した。
「ライナー?!お前さんどうしてここに」
「そんなに泥だらけになって。一昨日から森へ行ったはずだろうに」
「それが僕も森で襲われて」
「何?!なら怪我は?!それに父親たちは、息子はどうしたっていうんだ」
「け、怪我はないけど、父さんたちは・・・」
「そうか、よく頑張ったな。お前さんだけでも戻ってきてくれてよかったよ」テッペツは森に居た二人の死を察したようだ。
「・・・・・・うん。
それであの方に助けてもらったんだ」
レイモンドは二人から顔を向けられた。ライナーにはオークの下の遺体は見えていないようで、オークに対する嫌悪を露にするだけで止まりレイモンドを見てきた。ライナーからは尊敬の眼差しで。テッペツからは申し訳無さそうな眼差しで。
レイモンドは仕方ないと老人へ近づく。
老人は村人にしては身なりがよかった。煌びやかさはないが金の掛かったしっかりとした衣服と、整えられた髪。
見てみれば足を怪我しているようで、幾度か立ち上がろうと体を動かしたが、無理と悟って動くのをやめた。
「僕を襲ったこの化け物を倒してくださって、それで村も襲われてるかもしれないってここまで」
「・・・・・・そうでしたか、先ほどは失言申し訳ない」
「それはもういいですよ。それよりオーク達はどこに?」
「オーク?!やはりこれが・・・・・・。すみません、わしもここで襲われたもので」
「そうですか。まあ村の中心に行けばわかると思います。
二人はラランと一緒にここに居てください。その怪我じゃ無理でしょう。」
「しかし!」
「先生やめましょ。あれは僕たちじゃあ何もできませんよ。」
レイモンドは肯定する意味で首を振った。事実足手まといでしかない。
「誰かを守って戦えるほど私も器用じゃないのでね。ライナー君の言うとおりそうしといてください。
ん、何だ?」
レイモンドが喋る最中地面が微かに揺れた。続けざまに今度は女性の悲鳴がレイモンド達の耳に入った。すると静かだった村が騒音に包まれた。地面を叩く音。何かが壊れる音。人の悲鳴に動物たちの叫び。目の前の二人の顔も驚きに変わっていた。
(本格的に動き始めたか)
音のする村の街道方面へ顔を向けた。
オークの狩りが始まった。しかしそんなこと言えないし、言う時間ももったいない。
レイモンドは手に持つ銀の剣を握りなおすと、何事かと背後から問いかける二人の声を無視して村の中心へと走った。
※※※※
レイモンドはため息をつくと辺りを見回した。オークがいるのは村の中だ。たいした距離はない。家を出て細い農道だが通ってみれば流石にすぐ着いた。
街道を避けるように左右に別れ人を襲うオーク達は、蹂躙の真っ最中だった。見る限り森で最初に倒したオークほど大きいものは居らず、右に六体、左に三体、先ほど倒したのを含めれば一〇体。
しかし内容は危惧していた本格的な狩りではなく遊びだった。レイモンドも初めて見るほどの乱雑さだ。愉快そうに声を上げ、殺さないようになぶるもの、殺した人間の首をもぐもの、しまいにはすでに人を喰い始めているものまでいた。どれかが暴走を始め、他が同調するように調子に乗ったといった感じだろう、群れで動くものとしては珍しく統率はなかった。
悲鳴と怒号が飛び交う中、レイモンドは一度剣の握りを確認すると走り出した。
背中を向けているものに策を弄する必要はない。
音を立てず静かに、一番近い右のオークへ後ろから近づくと、無防備な首元へ飛びつき剣を立てて突き刺した。棍棒も持たず首をもいでいたこのオークは後頭部の首の上から喉にかけての一突きで絶命した。膝を着き、背後へ倒れるように支えながら剣を抜くと、静かに地面に降ろす。
このレイモンドの登場に、動きに気がついた者はオーク人間双方にいない。人は恐怖から前しか見えず、オークは興奮から前しか見ない。しかも辺りは騒音で小さな音など聞こえず、風も味方し、鼻のいいオークも風下のレイモンドには気づかなかった。
あとはこれを八回繰り返せばよかった。血で足元が汚れる前に、レイモンドは次の標的の元へ移動した。
気づかれたのは残り三体まで行ったときだった。それまでは助けた人もほとんどが安堵から気絶し、意識を残す者も口を開けるものはいなかった。
倒したオークが棍棒を落とし、その音で残りのオークが振り振り返った。右に二体と左に一体残ったうち、近づいてきたのは左右から一体ずつ。
気づかれたことにやっとか、とレイモンドは思いながら軽く走り出す。
近づいてきたオークは同時に攻撃することに慣れていた。笑みをやめ雄たけびを上げながら駆け寄るオークは、レイモンドが近づくと止まり、棍棒を振るった。
レイモンドは避けられぬよう左右から、上下に重なる形で振られた棍棒を、滑るように下を掻い潜ると、すれ違いざまに片手で右のオークの腹を剣先で切り裂いた。
急所ではないが確実に動きは止めた。血が噴水のように飛び散り、腹から臓物がずるりとこぼれた。
レイモンドは勢いを殺すため右足を前に出し、体の向きを逆転する。
振り返れば残った左のオークは、振りぬいた棍棒の勢いを止め切れず体を捻じった状態で体勢を崩していた。
オークが悲鳴を上げ、こぼれた臓物が地面に落ちるのを端に捉えながら、レイモンドは両手で剣を握ると右足に力を入れ地面を蹴った。ねじれ振り返ったオークと目が合うなか、喉に剣を突き立てると、本日七回目の骨を折る感触が手に伝わってきた。そのまま足が着くまでに剣の半分までが喉に刺さった。
ようやくオークの腹に両足が着くと、レイモンドは剣を抜くついでにオークから飛び退いた。空中で二回転半、体を捻じると最後のオークの方を向き着地した。
見れば最後の一体、他のオークより小さくレイモンドより頭二つ大きい程度のオークは、レイモンドに背を向けていた。
一度はこっちを見たことから、レイモンドに気づいたあと再び遊びに戻ったようだ。オークの先には女性が一人転んでいる。
「ブレインか」
レイモンドは小さく呟くと、振り向かせるため剣をその場で振り下ろす。石畳とぶつかった銀色の剣が村に金属音を響かせた。
見事効果を発揮し振り返ったオークは、レイモンドを見ると目を見開き、背後のオークの死体を見て悟ったように雄たけびを上げた。
それよりも奥の女性がレイモンドを見て、驚くように手を口に当てたことの方が引っかかったが、今は気にしないことにした。
剣を構えてみたもののオークに動きはない。
経験は逃げようとしているが、本能は攻めようとしているのか、はたまた逆かはわからぬが、目の前のオークは棍棒を構えることもせず、レイモンドとその後ろをチラチラと見るだけ。葛藤があるのがわかった。
攻め時だ。しかしレイモンドも攻められなかった。オークと後ろの女性が近すぎた。下手に攻めれば矛先が女性へ向くことは確かだ。
相手が攻めあぐねていることはわかっている。ならばとレイモンドは一歩後ろに下がった。
明らかな誘いだがオークは乗ってきた。レイモンドが再び一歩下がると、オークがニヤリと三日月のように頬が上がった。
もう一歩下がるとようやくオークは動いた。レイモンドもそれに合わせて走り出す。
途端にオークがレイモンドの虚を突くべく棍棒を投げてきた。その後を追うようにオークも続きレイモンドへ駆けて来る。
そう来たか、とレイモンドは思った。
かわしたところを仕留めるつもりか左右に避けるよう、縦に回る棍棒を見て、一瞬面を喰らったが立ち止まって対処する。
それを見たオークが更に顔を歪めたようには見えたが、レイモンドは剣を正眼に構えると両手で振り下ろし棍棒を切り裂くと、そのまま下から剣を振り上げた。
想定外と驚き、足を絡ませつんのめったオークの顔面を、顎下から頭上へと一太刀入れると左に避けた。
オークはそのまま五歩ほど走り、二体のオークの間に入ると地面の臓物に足を取られて滑って転んだ。起き上がることはもうなかった。
「おわった」ため息が同時に出た。「お嬢さん、大丈夫ですかおわ?!っと・・・。」慰労のためと、先ほどの驚いた顔が気になり振り返る。
しかし次の瞬間レイモンドへ向かって何かが飛んできた。
咄嗟に飛んできた物を左手でそれを掴み取った。手を開き見るとそれは石だった。小石なんて言えない、こぶし大の、よく見れば石畳の石。
レイモンドは投げつけてきた女性を見た。
「出て行け。この黒髪の化け物め!!」
開口一番レイモンドは、助けた村人から言われたのは感謝の言葉でなく、拒絶の一言だった。
決して助けた人間に向けるものではない殺気が篭った目とともに。
女性はレイモンドを睨み付けるが、レイモンドがただ睨み返しただけで意識を失いその場で倒れた。
「ここでもまたこれか」
もう一度ため息をつき、レイモンドは掴んだ石を握りつぶした。