枕中生
【第86回フリーワンライ】
お題:
彼の枕
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
「我が君、これにあるのがご所望の、人の生を体験出来る夢見枕にございます」
と使者が言った。使者の捧げ持つ物を見て、稜盛は感嘆の吐息を漏らした。
彼のことを周りの者たちは小王などと呼ぶが、稜盛自身が自称したことは一度もなかった。天子に対して礼を失するからだ。
ただ、殊更に小王と呼ぶことを咎めることはしなかった。
「おお、これが……これがかの枕か」
左様、と使者が頭を下げた。捧げ物を取り上げる稜盛の手には無数の金細工がはめられている。稜盛の支配する鉱山から出た金の細工物だ。指は使者のそれより一回りほど太かった。
些か古ぼけてはいるが、そう言われれば気品のようなものを感じられる、高台様の枕だった。足に渦のような細工が施されており、じっと見ていると引き込まれそうになる。
この枕は、ここ数年来、稜盛が追い求めていた物だった。
遠国領主の使者の辞去への労いもそこそこに、稜盛は枕を持って寝所に向かった。
「かの枕の魔力、早速試してみよう」
夜を待つつもりはなかった。彼を縛る時間などこの世界にありはしない。天蓋付きの寝台へ横になると、侍女に香を焚かせた。
枕は不思議とよく首に馴染んだ。眉唾だったが、夢見と言われるほどのことはあるのかも知れない。侍女の扇のそよぎに乗って、全身を香がまとわりつくのを感じながら、稜盛は眠りに落ちた。
目が覚めた時、稜盛は暗い部屋の中にいた。いつも目覚めの時間には明るくなっているはずなのだが。
「誰ぞ――」
言いかけて、口ごもる。呼ばれて出てくる誰かがいるはずがない。なぜ、誰を呼ぶつもりだったのか、わからなくなった。
竹の粗末な寝台から起き出すと、下履きだけ履いて出かける準備をした。早く薪運びを始めなければ、また親方にどやされてしまうだろう。
外に出ると、遠方には霧がかかった山が見えた。墨を溶かしたような急峻な景色には初め圧倒されたものだった。彼は地方領主に奉公へ出されていた。
背負子を負ぶって山を一つ越える。子どもの足では片道二刻はかかった。まるで棒のような手足で、棒そのものの枯れ枝を集め、また二刻かけて戻る。
切り立った崖のような帰り道で、きつく縛ったはずの背負子から枝が崩れそうになった。ほんの一瞬、稜盛の意識が背中に向いた。その時、足を踏み外した。滑るように落ちる。背中の背負子が壊れ、枝が飛び散った。稜盛はその枝や背負子の残骸を上手い具合に下にして、幸いにも怪我一つしなかった。
さらに幸運だったのは、崖の下が川だったことだ。派手に水浴びすることになったが、地面に叩きつけられるよりはいいだろう。
崖を滑り落ちて恐慌状態だった稜盛は、水に叩きつけられ、底の方まで沈んでからようやく目を開いた。
するとそこに輝きを見た。最初は水面の日の光かと思ったが、違った。それは砂金の粒だった。
もしも稜盛が愚かだったならば、砂金を隠し持ち、適当に使い果たしたことだろう。あるいは、所持を見咎められ、取り上げられたかも知れない。稜盛は、だがそうはしなかった。稜盛は直接領主に砂金を報告した。
賢しい彼はすぐに気が付いた。川はいつもより増水していた。先だって続いた長雨のせいだ。砂金はどこか上流から流れて来たに違いない。どこか上流に金の鉱脈があるのだ。そしてそれは、小さな子どもが一人で探せるものではないし、一人の力で掘り当てられるものでもない。
忠実な奉公人として領主の覚えを良くし、そうしてゆくゆくは取り立ててもらうのが賢明だと判断した。
領主は稜盛の助言に従って、金脈を発見した。気を良くした領主は稜盛を養子に迎え入れた。稜盛は地方領主の息子として学を修め、跡継ぎとなった。
かつての領主が亡くなると、跡目の稜盛は辣腕を振るったが、同時に浪費家であることも露見した。金を使って大いに遊び、それに飽きると人を買った。金を使って他人を弄ぶことを覚えた。
晩年に差しかかるころ、他人を弄ぶことも、やがては飽きた。
贅沢をし、常人よりも一回りは肥えた稜盛が思うのは、自分の生についてだった。もう一度人生を謳歌したい。
そんな時、一生を体験出来るという枕の話を耳にした。
『枕中生』
お題は「“かれ”の枕」ではなく「“か”の枕」と読み替えて、なんか曰く付きの枕の話を、と考えてこうなった。
枕に関する逸話をちょっと調べて、『枕中記』という古典小説が出てきたので少し参考にした。あと、最近ちょっと話題になったろくごまるに先生の『夢の涯』も(たぶんこの話は『枕中記』が原点なんだろうな)。どっちかというときちんと読んだ後者の影響が強い。