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首吊り桜  作者: 一崎
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 とある日、先輩と羽山さんが私を呼び出しました。そこは何処だったのか、私は記憶できていません。そんな場所、思い出したくもない。


 そこで先輩達は恥ずかしそうに頬を赤らめて、揃って私に告げるのでした。


「付き合うことにしたんだ」


 はて、意味がわかりません。一体何を付き合うのでしょうか。最初は意味を理解できなかったのですが、話を聞いていくうちのだんだん分かっていきました。


 どうやら先輩達は恋仲となったようなのです。


 とても信じられませんでした。どうしてこんなことになったのか、私には理解できませんでした。先輩と最も仲が良かったのは私ではないですか。


 先輩の成長に最も貢献したのも私です。旅行にも行ったではありませんか。共に語り合ったではありませんか。


 私の方が先に会いました。私の方が先に好きでした。


 先輩は私を裏切ったのです。私は自分の持てる最大の力で、先輩の手助けをしてきました。だというのに、先輩は羽山さんを選んだのです。


 憎かった。


 いきなり現れたくせに、先輩の恋人になった彼女が憎かった。私とずっといたくせに、羽山さんを選ぶ先輩が憎かった。


 そして、先輩を憎んでしまう自分が一番憎かった。


 確か、私はその場を執筆があると言って逃げ出しました。それは嘘ではありません。書きました。


 自分の恨みを綴りました。溢れだす憎しみや怒りを文字にしました。昔先輩は言いました。美しさを表すのに、文字は最適だと。


 その通りでした。


 私の憎しみも怒りも、全ては文章に変わりました。スラスラと淀みなく、憎しみの文章は出来上がります。それは一応小説の体をなしておりました。


 けれど、私にはどうしてもそれが小説には見えませんでした。こんなに最悪なものを見たことはありません。何度も止めようと考えました。無様だと、そう思い込もうとしました。


 ですが、無理なのです。今この時も、貴方と羽山さんが恋仲にあると想像すると、私は手を止めることができませんでした。


 私の憎しみは小説へと昇華しました。


 当てつけのように、それを例の小説賞に出しました。もうすでに、先輩達が受賞してから一年が経過していました。


 私の作品は何故だか高く評価され、最優秀を獲得することに成功しました。嬉しくはありませんでした。褒めてくださる先輩も、喜んでくださる先輩も、祝ってくださる先輩も、全てはもう羽山さんのものなのですから。


 代わりに泣きました。先輩達は嬉し涙だと思ったことでしょう。違います。あれは悔し涙でした。


 私の本が出版されました。それと時を同じくして、我々三人はテレビに呼び出されました。それもその筈、同じサークルから数年の間に三人もデビューしたのです。


 その三人ともが最優秀賞だったり優秀賞だったりを貰っているのですから、文学界では有名にもなります。


 最初、私は嫌でした。テレビに出ることにはデメリットしか感じませんでした。


 だってそうでしょう。テレビはあざとく先輩達の関係を暴露して、お茶の間に先輩達の関係を通達するのですから。そうなれば、もうお終いです。


 世間が公認するカップルとなってしまえば、もう私に付け入る隙などございません。そんな所を現場で見たくはありませんでした。

 私が渋り続けていると、テレビの方は仰いました。


「キミが出ないと、他の二人も出せなくなっちゃうんだ。二人に申し訳ないとは思わないのかい? それに良い宣伝の機会だしさ」


 それはそうだと思いました。先輩の作品が評価される機会なのです。これを逃す手はありません。 


 この当時、作品の売り上げ一位は羽山さんでしたね。その次が私で、最後が先輩。


 この状況が気に入りませんでした。それを打開すべく、私はテレビ出演を了承したのです。


 後から、私はあのテレビに出たことを後悔しています。


 あの番組は最低でした。司会は羽山さんや私ばかりを褒めるのです。それもセクハラめいた質問ばかりを投げてきます。


「いやあ、それにしてもキミや羽山さんは美人だなあ! どうかな、小説家なんか辞めて、俺と付き合わない?」


 下卑た冗談です。そんな調子で、司会はひたすら最悪な進行を滞りなく行いました。

 司会は私達に数個ずつ質問するのです。羽山さんや私には、プライベートなことばかり尋ねます。いくつも下種な質問をされた後、司会は羽山さんに問いました。


「そういや、羽山さん。あんたは恋人とかいちゃう? そりゃあ、美人さんだし、恋人の一人や二人はいるよねえ」


 それに対する羽山さんの返答は冷ややかなものでした。


「はい。隣にいる男性が、私の恋人です」

「おいおい、テレビ的にはいませんだろー?」


 そんなことを言いつつも、司会は先輩に対して難癖をつけました。まあ羽山さんは美人なので、男ならば嫉妬してしまうのは分かります。


 今度は私に、司会が尋ねました。同じ質問でした。


「いいえ、いません」


 すると、司会は妙に食いつきました。それがうざったくて仕方ありませんでした。やがて作品についても訊かれるようになりました。


「そういえばキミの作品は今時の若い子から、かなりの支持を集めているそうだね」


 それは私に対する言葉でした。当時――今も、どうしてだか私の作品は女性からの支持が多かったのです。感想は、リアルだとか、分かるだとか、共感できる、などでした。


 その感想も憎かった。お前達に一体何が分かるというのだろうか。


 普段読書もしない癖に、私の思いなど知らない癖に、分かったような顔をされるのが嫌いでした。私くらい大きな想いを持った人間が、本当にいるのか。


 司会は続けます。


「やっぱりテーマとか、伝えたいものとかあるの? キミの作品は今時の子が共感できる話だって言うけれど」


 そんな物、ある筈がありません。私にあるのはただ先輩への憧れです。先輩への憎しみです。自分への憎しみです。


 けれども、私は嘘をつきました。精一杯の美辞麗句を述べ立てて、まるで自分には深い考えがあるかのように言葉を綴りました。それは一心に、先輩に軽蔑されたくなかったからです。


 私の綺麗すぎる感想に満足して、司会が羽山さんに話を移します。同じような質問をして、羽山さんも羽山さんらしい見解を述べました。


 そして、最後。先輩の出番です。私はワクワクして事の成り行きを見ていました。ですが、結果は最悪でした。


 司会は先輩に対して、私達との出会いや慣れ染めを訊くばかりです。先輩は無口な人ですから、その質問にたじたじでした。やがて番組も終わりに近づいてきたというのに、先輩の小説の素晴らしいところがまだ述べられていません。


 だというのに、司会者は話をこちらへと戻したのです。私も羽山さんですら、それが不愉快だったのです。必死に先輩の話に触れようとするものの、司会がそうはさせてくれません。


 先輩の話が十全に終わらないまま、番組は終了しました。


 終了後、司会者は私の元へとやってきて食事に誘いました。誘いに乗る筈もなく、私は一直線に帰宅しました。


 その後、電話などで羽山さんと司会への不満を漏らしあい、その日の出来事は終わりました。ですが、その日から私の生活は一変しました。

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