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首吊り桜  作者: 一崎
2/8

 私がサークルに入って、一年の月日が流れました。

 先輩はその頃、三つ目の作品を執筆され始めていましたね。その作品は悲しいお話でした。先輩はその作品を書くに辺り、よく私の意見を求めました。


 私は思った通り、ありのままを告げました。


 先輩はそれに同意してくださったり、反論をなさったり。お互いに意見を出し合い、よりよい作品が出来上がっていきました。

 それは私にとって、至福の時だったのです。


 先輩と話しあって作る小説は、何よりの宝でした。無地の紙に黒いインクが足されていって、それがやがて小説となる。それだけのことなのに、当たり前のことなのに、私には新鮮なものに見えました。


 その時からでしょうか。


 私が小説を書かなくなったのは。

 書く必要がなかったのです。執筆は何よりの娯楽でした。だけれども、その時はそうでもなかった。


 先輩と話すことに勝るものなど、存在しなくなったのです。


 初めは苦悩致しました。これは自分の趣味ではなかったのかと、小説家になることは自分の夢ではなかったのかと、悩みました。


 それは杞憂でした。


 先輩の第三作が半分まで完成して、私の悩みは吹き飛びました。貴方の作品の中に、確かな私を見たからです。


 私は執筆もせずに、貴方だけを考えました。 


 先輩に唯一アドバイスができるということが、どんな素晴らしい作品を創り上げることよりも重要に感じました。


 どんな質問にも対応できるよう、本をたくさん読みました。たくさん勉強をしました。


 先輩は私を熱心だね、と褒めてくださります。それが嬉しくて、どんどん頑張りました。

 もはや、私にとって文学は二の次でした。

 苦しいなどと思ったことはございません。本来ならば苦しい筈の事も、先輩の為と考えれば喜びと同じでした。


 先輩の作品は完成に近づいていました。しかし、私の作品は白紙のままです。けれども、もはやそれは塵芥同然でした。


 三月も終わりにさしかかった頃の事でした。爽やかな季節だというのに、先輩の表情がだんだん暗くなっていったのです。

 それから先輩の執筆の手が止まるのには、そこまでの時間を要しませんでした。

 ひたすらに執筆されていた手が止まり、頬杖を付く回数が増えました。そして、貴方は窓の外を遠い眼で眺めるのです。


 もちろん、心配しましたとも。


 何があったのかしらと、そう疑問に思うのも当然のことです。先輩に近づいていき、どうしたのですかと尋ねました。


「スランプというやつかな? どうしても風景が分からない。この話のこの場所には、情景を交えた描写が必要だと思う」


 先輩が迷っているのは、作品の見せどころ――クライマックスでした。

 そのシーンは桜の花が散っていく中、主人公が苦しみを叫ぶというものでした。


 先輩はどうしても、その風景が想像できなかったのですよね。それを悟った私は、すぐさま作戦を立案しました。


 貴方の為だけの作戦を。


 作戦といっても、そこまで大層なものではないのです。それはただの旅行でした。季節は丁度春でしたから、桜見をしようと誘ったのです。


 私は初心でしたから先輩をお食事に誘うことはあれど、旅行にお誘いするのは初めてでした。旅行へ行きましょう。それだけの言葉を発するのに、多大な勇気を振り絞りました。


 断られたらどうしよう。私の心中はホラー映画を見ている時のような、恐怖からやってくる激しい心臓の呻き声に満たされました。


 先輩はしばらく顎に手を当てて、熟考の素振りを見せました。


 その直後、先輩は優しい笑みを湛えて、旅行の件を快諾してくださいました。それにほっと胸を撫で下ろして、旅行先を決めました。


 少しだけ遠出して、鳥取県へ出向くこととなりました。私達が出向いた、その場所は日本でも有名な桜の名所でした。先輩が見るに相応しい桜なのです。


 夜には大小五百本のぼんぼりが点灯して、夜桜が幻想的に演出されるようです。先輩の作品の参考になるのですから、千思万考の末決定した場所です。

 そうして、私達の旅行は始まりました。電車に揺られて、道中は文学についての話に花が咲いたものです。


 夢中でお話する先輩のお顔は、とても可愛らしかったです。何て言うと、貴方はお怒りになるでしょうか。

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