壁に描いた少年
俺は未完成の絵に色を一色一色乗せていく。キャンバスは俺の前に立ちふさがった壁。白かった壁は沢山の色に彩られ、余白はもう少ししかない。多分もう間もなく完成するだろう。俺は神経を更に尖らせて色を重ねていく。色は大事だ。ここはこの色でいいのだろうか? 一々自問自答しながら描く。色だけじゃない。絵は五感全てが大事だ。身体全体で描かないと良い作品は出来ない。俺が描くのは、今俺が描く事が出来る最高の絵。そのためには呼吸一つにすら、気が抜けない。
「できた……」
ついに完成した。なぜか完成までの記憶が飛んでいるが、それは集中していたらよくあることだ。
完成した絵はこれ以上ないくらいの出来だ。自画自賛でも自惚れでもなく、素直にそう思えた。でも、まだ作品が完成しただけで、完了していない。俺は絵筆を一本取り出す。かなり長い年月使い続けていたそれは手によく馴染む。そんな絵筆を両手で持ち、力を込める。
ベキリ。
軽い音と共に絵筆が真っ二つに折れる。次の一本も、その次の一本も。
俺は気付いてしまったんだ。俺はこの壁を超えて先に進めない。ここが俺の限界だ。立ち止まってしまった俺に、もう絵筆を握る資格はない。
パキン。
最後の一本を折る。これでもうお別れだ。俺は最後に壁に向き合う。俺の最高で最後の作品。
「一緒に行ってあげられなくてごめんな。…………サヨナラ」
俺は壁に背を向けて歩いていく。
(限界を悟った少年は先に進むことを諦めた)