夏が終わるというのに!
このごろ沙羅が気になっていたことがあった。友人の悦子の事だ。彼氏と海外旅行に行くというので、悦子の代わりに着ぐるみバイトに行ったらから、今の人形娘の姿の中に閉じ込められたからだ。もしかして彼女はこうなる事をあらかじめ知っていたから、人に押し付けたのではないかと思っていたからだ。
そういえば、悦子はフリーターをしながら役者になることを目指していたから、この仕事を知ったのかもしれない。それにしても自由のない人形に改造されるぐらいは言ってほしかったところである。まあ、夏場に新しい仕事を探すのも一苦労だから、案外これはこれで良かったと思うしかなかった。
もし、ここに来ていなければ、仕事も無くクーラーすらない暑い自宅アパートから脱出して、ずっといても問題ならないところで涼しいところといえば、区立図書館だろうけど、この時期夏休みの学生に占拠されて座ることは出来なかったぐらいしかやることは無かったかもしれない。それに、不本意であるが自分が”人形化フェチ”になりつつあるようだ。いわば人形になっているのが快感になっているのだ。
八月もお盆が過ぎて遊園地のピークも過ぎつつあった。そのため、一日に十二公演もしていた舞台が少しずつ減らされていた。その分だけ空き時間が生じるわけだが、その間は誘導係りといった別の仕事をやらされている。
元々ジョアンナはサブキャラなので出番がすくなかったのでジョアンナαの一体だけが稼動していたが、そっちの着ぐるみの”中の人”が急病で辞めたのであった。そこでジョアンナβの私が休みなしで働くようになった。
舞台では様々なプログラムが演じられるが、最近ようやく友人らしい彼女ができた。”機械人形マリア”である。彼女は以前人間から人形に改造させられるところを目撃していた。ここにきたときは金髪に髪を染め、まるでアバズレの不良であったが、今ではガイノイドそのものにしか見えない姿になっている。
彼女の肉体は、黄金に輝くメタリックボディの外骨格に覆われ、その顔は能面のように表情を変えることはなく、胸は生身の人間では絶対無いような膨らんだ金属質のドームで構成されている。また関節は球形というか蛇腹というか判らないが、特殊な接続部で構成されている。背中には用途のわからない装置がついているが、ステージ上で蒸気を出したり様々な光の帯を放ったりしている。そう、彼女は舞台を盛り上げるための舞台装置のひとつであった。
彼女の名前は櫻田麻里というが、機械によって人格まで矯正されているようで、いまでは”マリア”そのものになりきっているかのようである。「麻里だったときの私って本当の自分ではなかったみたい。いまはこうして肉体が包み隠されることで、感覚が鋭くなり快感に包まれている今が幸せ」だという。麻里は機械人形に改造された境遇を完全に受け入れているようだ。
それにしても夏は終わろうとしている。そうだ雇用契約が終了するはずだ。そうすれば「益山沙羅」の姿に戻してくれるのだろうか? しかし、ここにきて人形の姿にいることを幸せと感じるようになっている。そうマリアいや麻里のように人間の姿を奪われた、今の姿が一番だと思っているのだ。
夏が終わろうというのに、人形の姿を辞めたくないというのはどうしたものだろうか?