妖怪さん、ご苦労様です!
沙羅は六歳の女の子の亜実を両親の許に送り届ける途中だった。いま二人がいるのは夏季限定のアトラクション「廃墟の本手戸病院」で要はお化け屋敷だ。ここの売りは恐ろしい光景と人間の姿をしていない妖怪やお化けが動き回る光景であった。しかも中には客が有料で「コスプレ」でお化けや妖怪に変身しているのだから収拾が付かない状況になっていた。そのため沙羅のようなエスコート役が必要になっていたのだ。
しかし沙羅の着ぐるみは「マロンちゃん」でその場にはふさわしくないのかもしれなかったが、小さいお客様が怖がらないためという理由で抜擢されていた。そのため亜実は「マロンちゃんのお姉ちゃんと一緒に見て回れて嬉しい」と喜んでいたが、沙羅からすれば一緒にお化け屋敷を楽しんでいるようで、一体何をやっているのかわからなかった。亜実の両親から「自分達ふたりの時間を楽しみたいので、時間をかけてきてほしい」というリクエストがあった。要は短い時間とはいえ沙羅にベビーシッターを押し付けたわけであった。
ようやく亜実の両親が待つ病院の中庭エリアに近づいていた。しかしそこに行くまでには「妖怪出没エリア」を通らないといけなかった。設定によれば入院しているのが妖怪で病室をのぞくとそれらを見ることが出来るし一緒に遊ぶことも可能というふれこみだった。しかも追加料金なしというサービスだった。いわば沙羅は亜実の付き添う係りというわけだ。このような濃厚なサービスが出来るのも、このネヴァードリームランドの入場料が日本一高価だからだ。
ここの妖怪も「特殊衣装室」で着ぐるみを装着させられた労働者達であったが、作り物とは思えないほどのリテールでしかも自力では脱ぐことが出来なかった。つまり沙羅が人形娘の姿に閉じ込められたように、彼や彼女らも妖怪の姿に閉じ込められていたのだ。
その妖怪やお化けの群れの中にいる何人かはバイトだった。それらのバイトは三日妖怪をすれば一日VIP入場券が手に入るという条件で働いていた。もっとも働くといっても着ぐるみに閉じ込められるというものであったが。
これら妖怪やお化けなどは沙羅が閉じ込められている「マロンちゃん」よりもはるかに性能が劣るのでうまく体温調整も出来ないしコントロールシステムもないので、「仮装」しているだけであったが生身の身体と着ぐるみが完全に融合しているので着ぐるみとはわかりにくいものであった。
それらは河童や蛇女、天狗といった古典的なものから、最近の妖怪アニメなどに登場した妖怪キャラクターまであった。それらは人間に戻れるとは思えないほどであった。しかし、沙羅とくらべて簡単に人間に戻れるのは確かだった。その場を後にする際沙羅は心の中でこうつぶやいでいた。「妖怪さん、ご苦労様です! あなたたちはすぐ人に戻れるからいいけど、わたしはもう少し頑張るからみてらっしゃい」