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お化け屋敷怖いよ!

 沙羅はいま”マロンちゃん”の姿をしている。人形娘と呼ばれる着ぐるみの中に閉じ込められている。ただ、この着ぐるみは従来の衣装を着るようなものではなく、着ぐるみの中に身体が固定化される代物だった。文字通り沙羅は着ぐるみの”内臓”になっている。そのうえ自力では脱ぐことも出来ないし、着ぐるみのコントロールシステムが稼動している間は、自律した行動はできなかった。文字通り沙羅は”人形”であった。


 ある日、沙羅ことマロンちゃんは夏季限定のお化け屋敷の係りをしていた。彼女の仕事は迷子になったりしたお客様のエスコートだ。このアトラクションは巨大病院の廃墟という設定で、一部が迷路になっているので、団体客の中にははぐれる方も多いので、集合の時間に間に合いそうにない客がいれば外に脱出するお手伝いをするものだった。


 このアトラクションの迷子係りは最初はゾンビ女性看護師がやっていたが、あまりにも怖いしイメージが崩れるということで、別の適切なキャラクターが出来るまでのツナギでマロンちゃんが抜擢された。そもそもマロンちゃんはこの遊園地のナビゲーターという設定なので、ツブシがきくキャラクターだったからだ。


 廃墟の中のナースセンターが彼女の詰め所であったが、ここには数人のゾンビ女性看護師も一緒だった。彼女らもバイトで、特殊なメークでゾンビにされていたが、沙羅のように肉体が人形と融合させられるようなことはないので、沙羅よりは幾分自由度が高かったが、耳に中央管理センターからの指示を受けるイヤフォンマイクをつけていた。彼女らの顔のメイクは、「死人」のような血色が悪い顔色、脂のようなものが凝り固まったこうなボロボロの髪、ナース服は汚れたり破れたりして血がついていたりしているかのようで、服の下からみえる肌はボロボロに崩れ落ちそうなもので、所々がひび割れて血や膿が噴出しているかのようだった。たしかに気が弱い人が助けに来られても彼女らゾンビだったら引いてしまうのは間違いなかった。


 お客さんが見ている前では私語は出来ないが、営業開始前に少しした雑談では、彼女らのメイクも着ぐるみ用とは別の措置室で行うという話だった。それによると服を脱いで裸になってカプセルに入るとインクジェットのように化粧などが噴出してきて二十分ほどで「ゾンビ」になるのだという。後はナース服を着れば完成というわけだ。なんでもメイクの度に「快感」だというから沙羅にはその気持ちが判らなかった。


 「あの子なんかメイクをしていなければ結構美人じゃないのかな? なにも気色悪いゾンビになる事もないのにお金に目がくらんだのかな? 」と沙羅は考えていたが、この時彼女は、変身願望でわざわざメイクをしたり着ぐるみに入ったりするフェチがあることは知らなかった。そう、いつもとは違う格好をすることで別の人間に変身できる事を喜びとする嗜好があることを。


 それはさておき、マロンちゃんに途中で迷子になっている女の子がいるので保護してほしいという連絡があった。沙羅の目の前のスクリーンに経路と保護対象の情報が映し出されていたが、それに関わらずマロンちゃんのコントロールシステムが先に沙羅の身体を動かしていた。今は沙羅の体はマロンちゃんのものであり、沙羅は傍観者に過ぎなかった。


 沙羅はお化け屋敷内をスタッフ専用通路を通り目的地についた。そこにいたのは六歳の亜実という少女で両親とはぐれていた。両親はまだアトラクションの中にいるので両親のところに彼女を送り届けるのがミッションの内容だった。マロンちゃんは両親が待つ別のエリアまで亜実と一緒に行動することになった。本当ならスタッフ用の通路を使えば早く目的地につくのであるが、それではお客様がアトラクションを楽しむ機会をそぐことになるという理由で、目的地までアトラクションを体験しながらいくことになった。ただし最短コースでいくのには変わりないが。


 沙羅は今勤めているネヴァードリームランドに来た事がなかった。入場券が高価で契約社員の給料からすれば贅沢だし第一遊園地に行きたいと思わなかったからだ。だから、どのようなアトラクションがあるのかを知らなかった。一緒に行動している亜実の方が詳しかったぐらいだ。


 途中、沙羅と亜実は「地獄の解剖室」を通った。そこには腐乱死体や妖怪や宇宙人の死体という設定のお化けがいたが、沙羅は全て着ぐるみを着た人間だということを知っていた。このアトラクションは夏季限定なので殆どがバイトの学生かフリーターであったが、みんな身体を素材にして「改造」されていた。


 その中にいた「腐乱した貴族の女性のゾンビ」などは、腐乱遺体をイメージした肉体を素肌の上に被せていた。この「内臓」の姿を特殊措置室で沙羅は見たことがあった。彼女は明美といい、学費稼ぎで応募した専門学校生だった。沙羅からすれば、もっとよいバイトがありそうだったが、手っ取り早く稼ぐ手段としてはホステスのアルバイトよりも良いからという事だった。水商売の世界に入ったら抜け出せなくなるかもしれなかったが、ここなら夏季限定なので問題はないのかもしれなかった。


 彼女の美しい顔は崩れた皮膚に覆われ、手からは骨も見えるような着ぐるみだった。まるで本物の死体が動いているかのようだった。彼女は沙羅のマロンちゃんに気付いて仕事とばかりに襲ってきた。本当は怖がりの沙羅は叫びたかったし逃げたかったが、マロンちゃんのコントロールシステムはそれを許さなかった。わずかに後ずさりをして亜実をかばうようなポーズをした。もちろん沙羅の顔はマロンちゃんの変わらない笑顔のままであったが、その下の沙羅の表情はかなり引きつっていた。


 「どんなに驚いても悲鳴さえ出せないのね、明美なんか死体そのままの姿なのによく平気でいられるわね」と感心しつつも次のエリアに向かった。亜実の両親が待つエリアがまだまだ遠かったからだ。 

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