人形娘なんて本当に憂鬱だもう!
今日は台風が接近し猛烈な嵐が襲っていた。。当然このような日は営業しても客はあまり来ないので「お客様の安全のため」営業中止になった。夏休み期間中の稼ぎ時であり休園日などなかったので、着ぐるみの沙羅も久しぶりの休みだった。
人形娘の着ぐるみに閉じ込められて十日間、毎日遊園地で働かされていたので、働かないのは久しぶりだった。しかし「人間」のときのようにテレビの前で横になって好きなDVDのドラマを見ることは出来ない。いまは「マロンちゃん312号」だからだ。休みだからといって買い物に行きことも友人と遊びに行くことも出来ない、だいたいこの姿で遊園地の外に出ることは出来なかった。
しかたなく「人形棚」でまったりしていると、自宅に離職票が郵送されているはずだということに気づいた沙羅はどうにかしなければならないと思った。この時、マリンちゃんのコントロールは外れていたので、「宿泊施設」のなかなら、動けたので運営会社のスタッフにどうしてもアパートに帰らせてくれと頼み込んだ。
スタッフは、こんな雨の日に出ることをためらったが、雇用契約書に「やもうを得ない事情がある場合には、運営スタッフと同伴で帰宅することが出来る」という条項があったので、しぶしぶ応じてくれた。この雇用契約書のせいで沙羅は人形のままなのだから、こちらの要求だってたまには聞いてもらってもよいといえる。罰はあたらないだろう。
スタッフは地下駐車場に大型のワゴン車を用意したが、沙羅の着ぐるみは「マロンちゃん」の「制服」といえる衣装を脱がした上に黒い保護用の全身タイツで覆われ、なぜかメイド服を着せられた。スタッフの趣味だろうか悪趣味だねと思っていたところ、助手席に座った方が「大事な着ぐるみが雨に濡れたり破損したりしないために保護カバーで覆いました。あと行き帰りで怪しまれないように大型の人形ということにさせてください。それでメイドの格好にさせました」といった。これを聞いて一安心したが。大きな人形の振りをしなさい、という事はいつも変わらないと思った。実際、園外に出ると「人形モード」に勝手になっていた。
大雨なので、交通量は普段よりも少ないが、その分スピードが出なかったので、なかなか着かなかった。途中で最寄り駅に止めていた通勤用の自転車をワゴン車にピックアップしてもらったが、次に「人間」の姿で自転車にまたがるのはいつのことだろうと思った。
沙羅の自宅は古いアパートの二階だ。スタッフは躊躇したが、できる限り雨に濡れないように階段近くに車を止め、沙羅いや「マロンちゃん312号」とスタッフの二人は降りた。沙羅はあまり親しくしていない住民に出会わないで欲しいと祈っていたが、スタッフが「マロンちゃんでの機動モード」にしていたのでスタスタと階段を上り「203号室」に入った。十日ぶりに戻った部屋はすさんでいた。郵便受けに郵便やチラシが山のように入っていたのは当たり前だが、冷蔵庫の中の食材は腐り、流しに置いたままの洗っていない食器にはカビが生えていた。また仕事ではきっちり整理しているのに家事は駄目な沙羅の性分のため部屋の床に洋服や下着が散乱し、いくつものゴミ袋にゴミが入ったまま捨てていなかった。
これが、若い独身女の部屋なのか?と幻滅していたスタッフは、何を思ったのか「マロンちゃん家政婦」のモードに入れてしまった。するとマロンちゃんのコントロールシステムが稼動し、効率よく早く掃除を始めた。沙羅は驚きながら綺麗になっていく部屋をみていたが、自分の身体が掃除しているのに指示を出しているのは機械だった。なるほどメイド服はこのために必要だったんだと気が付いた沙羅であった。
あっという間に綺麗になった部屋で、沙羅の健康保険証や年金手帳を持ち出すようにして、大家に連絡してしばらく留守にするので宜しくお願いしますと電話で伝えたりした。ゴミはサービスで運営会社が処分してくれることになった。
帰路、またしてもトラブルがあった。ワゴン車が線路のガード下を潜ろうとしたところ警察官に制止させられてしまった。警察官は運転席の窓を開けさせ「あのう、お急ぎのところすいません。先のガードしたですが冠水で通行できません、迂回してください」といってところで、後ろの座席に大量の家庭ごみと大きなぬいぐるみのマロンちゃんを見つけて、「いったいあれはなんですか」と職務質問をしてきた。
運転席に座っていたスタッフは「この雨のなかご苦労様です。ネヴァードリームランドの者ですが、あれは社員寮にあったゴミとついでに修理に出していた着ぐるみを積んで戻る途中です。見てもらってもいいですよ」といって案内した。警察官はマロンちゃんの着ぐるみだと思い胸や腰などを、まるで子猫をさわるような手つきでナデナデするように触っていた。内心沙羅は「いやらしいわねえ、警察官といっても許せないよ。これじゃセクハラよ」と思っていたが、またしても「人形モード」なので体は嫌だと思っても人形化した表面は動くのを許さなかった。警察官は「よく出来た人形ですね、この先冠水している道路もありますので気をつけて行って下さい」といった。
沙羅は「この会社は労働者を人形化して強制的に働かしているのよ。どうにかしてください、助けて」と言いたかったが、それも言えず、しかも大きな人形だと思っていた。今日の大雨といい人形娘なんて本当に憂鬱だわもう!」と考えるのが精一杯であった。