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中の人なんかいない!

 沙羅ことマロンちゃん312号は今日も真夏の強烈な日差しに満ちた炎天下の遊園地で働いていた。312号は家族連れや団体客相手にいつも変わらぬ笑顔を浮かべていたが、中の人になった沙羅の身体を起動用生体マシーンとしてコントロールすることによって活動していた。


 沙羅の身体は312号のコントロールシステムが出す信号によって動いており、発言も全て行っていた。その時沙羅がやることといえば、身体を委ねるだけでありその精神は傍観者に成り下がっていた。また着ぐるみに必要な電力は蓄電池に溜められていたが、大部分は沙羅の体温を使い発電したものである。すなわち沙羅は動力炉でもあった。


 着ぐるみに覆われている沙羅の身体自体は強力な体温調整機能によりある程度快適な環境にあり、強い拘束感を除けば従来型の着ぐるみと違い熱くてすぐに脱ぎたくなるようなことはなかった。しかし脱ぎたいと思っても完全に身体と着ぐるみが融合してしまっているので、自分では脱ぐことが出来なかった。そのうえマロンちゃんのコントローラが稼働している遊園地では何一つ身体の自由が利かないので、沙羅の意識は眠っているかボーとしているかであった。その一方で身体は炎天下でも暑さを感じず、母体の羊水にでも浮かんでいるような感覚であった。


 「遊園地は夢の国とはいっても、今のあたしには現世と来世なのかわからない感覚だわ。なんか意識がフワフワしている感じ。312号が見ている映像を見ていると人間観察しているようで、暇つぶしにはいいな」と思っていた。沙羅の瞳には312号の視線が映し出している上、どの様な反応をするかのコマンドが逐一映し出されていた。そのため312号の活動を傍観していた。


 「でも今は子供相手に遊んでいるだけだからつまらないなあ。いっそカップルがイチャツクところでも見てみたいな」と考えていた。312号は小さなお友達と遊んでいた。しかし中には大きなお友達もいて家族連れの父親が「きみ、よく出来た人形だね、本当にお伽話から出てきたようにかわいいね、それにアルバイトにしちゃ演技うまいね」とほめてくれる人もいたが、いやらしい目で見たり写真を撮られたりすることもしばしばだった。


 小さいお友達でも同じように悪い子はいるもので「この人形、中の人がいるんだってパパが言っていたよ。きっと中の人はゴッツイ小さいおっさんがやっているんだってさ」といって、スカートの中に入り込んで股間を確かめようとして着ぐるみの肌を触りまくるイタズラな子もいた。


 マロンちゃんのスカートの下にはパニエを着用しているので直接股間を触ることは出来なかったが、大きな秘密があった。股間には排泄用のプラグが二つと別の老廃物の排出口があった。そのうち排泄用は休憩時間の際に着ぐるみ用「トイレ」で排泄プローグに接続して排泄していたが、その姿は人間ではなく乗用車のエンジンの潤滑油を交換するようなものだった。その時必要な水分や栄養素が入ったドリンクを着ぐるみの口の供給弁から補給していたからである。


 もうひとつは皮膚から出た汗といった水分などを排出するもので、長時間炎天下にいると表皮が覆われているため蒸発しないの着ぐるみの下にある人工皮下組織の作用によって集められていた。いわば犬が舌から発汗するように着ぐるみも発汗するわけだ。しかし業務中にむやみやたらと排出していたらお客様の迷惑になるので腰に溜め込む袋を提げていた。


 そのひちょっとしたハプニングが発生した。いつものようにイタズラする子がいたのだが、こともあろうに大きなお友達で頭が逆上せた男が、マロンちゃんの足にタックルし押し倒した上で馬乗りになったのだ。マロンちゃんは襲われたのである。その時沙羅は着ぐるみの中でボーとしていたが、はっきりと目が冷めた。もし人間の姿だったら「痴漢、なんて事をするのよ、この変態、大ばか者!」とでもいって暴れるだろうが、沙羅はしゃべれないのでマロンちゃん312号は「乱暴なことをおやめください。私が壊れてしまいます。それに器物損壊の罪で警察に引き渡されます」といって、一方で園内の警備にトラブル発生の信号を送っていた。


 しかし男は「着ぐるみの中に中の人がいるのはわかっているのだ、その化けの皮を剥いでみたくなったんだ。お前の面を外してやる」といって頭部を引き剥がそうとした。しかしマロンちゃんの顔は完全に沙羅の頭に癒着しているので外すこともずらす事もできなかった。ただ着ぐるみの表面に張られている強化人工皮膚に傷が付き、その下のウレタンのような緩衝材が見えるようになったぐらいだった。また下腹部をマロンちゃんの腰の部分に強く押し当てたので、汗などが入ったパックが破れ股間の所が濡れた。そのにおいが汗臭かったので男は「なんだ、濡れているじゃん。やっぱり中に人間がいるのじゃないか。ようし、着ぐるみを壊して中の人の面をみてやろうじゃないか」とますます乱暴なことをした。


 マロンちゃんの仲で沙羅は「外してくれたらいいのよ、本当!でも、このままでは私も着ぐるみのように壊れてしまう」と感じていたところでようやく警備員が駆けつけて強制排除してくれた。警備員は「暴力行為をしていた男一名を確保しました。312号ですが顔面に表皮剥離があり衣装も破れたり汚れたりしています。ただちに修理担当者の派遣を要請します」と会社に連絡した。すると「判りました、312号をA15回収ポットに搬送します」と言った。


 312号の破損着ぐるみは近くの公衆トイレの裏にある道具入れのような扉の前に連れて行かれた。すると扉が開き、中からカートが出てきた。一緒に乗っていた係員は「312号の回収に来ました。やはり修理が必要ですね。代わりに308号を連れてきましたので先ほどのエリアに連れて行ってください。312号は修理工場に連れて行きます」と言った。


 それにしても沙羅は312号になった時点で、この遊園地の遊戯道具と同じく備品扱いにされている事に気づいた。マロンちゃんは襲うと「器物損壊罪」になると警告したし、そして今は「修理工場」に連れて行くのだという。少なくとも「中の人」はみんなと同じ人間のはずなのにである。ここでは着ぐるみに入れられた人間に人権などはないというのだろうか。などと考えてしまった。そう「中の人」などいない。いるのは「着ぐるみ」を稼動させる「生体駆動装置」なのだ。早く人間に戻りたかった。


 しかし、今日のところは無理のようだった。修理工場では破れたり汚れたりした衣装を脱いで、技術者が着ぐるみの表面で破損や汚損したところの強化人工皮膚を張りなおし、その境目がわからなくなるように塗装していた。そしてマロンちゃんのコントローラーのデータファイルにアクセスして先ほどの一部始終の画像や音声をダウンロードしたうえ、プログラムの修正が行われ危険を察知したときは可能な限り早く逃げても構わないというコマンドが加えられ、新しい衣装を着させてくれた。


 この課程でも沙羅は気が付いた。襲われてアフターケアされるのは着ぐるみばかりで、同じように襲われた沙羅のことは一切対処されることはないことだ。312号の修理が完了し現場復帰をしたが、もう人間扱いされないことが悲しくなった沙羅であった。

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