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人形にされた!

 夏真っ盛りの中、古いビルの中にあるプロダクションを尋ねる女性がいた。彼女は普段は派遣社員で派遣先企業の業務手伝いをしていたが、最近派遣先の都合で契約が打ち切りになった。「会社都合」なので失業保険を手続き後一週間程度から支給されるが、失業保険の手続きに必要な離職証明書が郵送されてこないので、彼女の友人が夏に彼氏と海外旅行に行くので代わりに行ってみたらと勧められたので、このプロダクションを尋ねていた。


 プロダクションの脂ののったデブ氏が言うには「今回のお仕事ですが8月いっぱい遊園地で『マロンちゃん』人形になっていただくものです。このバイトですが時給は1000円ですが24時間完全拘束なので遊園地で人形にいる間はお支払いします。30日間働けば72万円になりますよ。是非やっていただきたいです。ただし文字通り『お人形さん』になりますので、遊園地の外に出るのは難しいですし、決して外出しようなどとは思わないでください」という。なんでも新開発の着ぐるみに入るもので宇宙服のように長期間脱がなくても全く問題ないという。


 『マロンちゃん』の着ぐるみの写真だけを見せられたが、肝心の着ぐるみの構造が何のことがさっぱり説明してもらえず、どのような形で着ぐるみを着ることになるかがわからなかった。しかも一日二十四時間ずっと着用するという意味が理解できなかったが、高額のバイト料に目がくらんでしまい沙羅は承諾してしまった。それが一体どんなことになるかも考えていなかった。


 沙羅は、派遣先になる遊園地につれてこられたが、すぐに衣装を着てくれといわれた。しかも、よほど人手が足らないらしく、すぐ働いて欲しいというのである。しかし面接当日のズブの素人が連れてこられたにもかかわらず先方はかなり切羽詰まっていたようで、ようやく人手を確保したと安堵の表情を浮かべていた。沙羅はこの期に及んで不安になったが、先方の着ぐるみ部署の担当者は「大丈夫。背格好の条件さえクリアすれば、着ぐるみが演技をサポートしますし台詞も自動でしゃべってくれます。あなたは内臓に徹すればいいのですから。それと食事と宿舎は当方が費用負担しますが、何よりも衣服は必要ありません。あなたはこれから人形そのものになるのですから」


 ここで、沙羅はいわゆる人格が否定された着ぐるみの「中の人」のバイトで、しかも一ヶ月間も脱がしてもらえない事にようやく気づいた。そう「中の人」は「そんな人間いない」とされ、沙羅などこの世から消えてしまうことと同じであった。しかし、失業状態で彼氏に振られてしまい半ば自暴自棄になっていた沙羅はそのままお人形さんの姿にされるのを追認してしまった。


 沙羅がつれてこられたのは遊園地の地下にある「特殊衣装室」で、ここは人体を着ぐるみと融合させる施設だった。いわば「夢の国」にある観客には見せられない「秘密基地」だった。なんだって「中の人」を閉じ込めるところだからである。ここにはあらゆるキャラクターの衣装があったが、中にはリアルな動物や宇宙人のようなグロテスクな人型まであった。ここで従業員から本当は君の彼女を人形にしようとしたけど、彼女が逃げ出して代わりに君を推薦したのだということを聞かされた。友人は沙羅を代わりに差し出したというわけである。


 いよいよ沙羅が人形にする作業が始まった。まず言われるままに「人間洗濯機」にはいった。すると機械は猛烈な勢いで洗浄してしまい、入っていなかった頭部以外の皮膚が洗浄され毛がない姿になっていた。そのうえ得体の知れない樹脂を身体の表面に塗られてしまった。その樹脂は脂のようであったが不思議と身体の熱が篭らず気持ちの良い感覚であった。しかし生まれたばかりの姿に還元された彼女がこれからリボーンさせられる序章に過ぎなかった。


 同性の作業員であるとはいってもこのような露な姿をさらすことに抵抗を感じながら、沙羅は手術台のようなところにねかされていた。この時何故か両手両足が金属具で固定されてしまい、沙羅はこれから人体改造手術でも始まるのだろうかと不安になったが、それは半分ただしかった。そう手術台の脇には裸の少女のような物が横たわっていた。これが実寸大のマロンちゃん人形だった。沙羅の身体をこの中に閉じ込めるのである。


 「これから、あなたは前にあるマロンちゃんのボディに入って内臓になっていただきます。無論、内臓ですから今月中の仕事が最終的に終了するまで人形の外には出れません。もっとも双方が希望すれば契約延長しても結構ですが、もしかするとあなたは脱ぎたくなくなっていて延長を希望するかもしれません。それとあなたは完全にマロンちゃんになりますので、完了後はその着ぐるみの固有名称マロンちゃん312号とよばせていただきます。なんだって中の人などいませんから」と沙羅の存在が無くなることを示唆するような発言をした。この作業はマロンちゃん312号が活動出来るように動力源である内臓を供給するものであった。沙羅はそんなの嫌だと気分は泣きそうであったが、金銭欲に負けてしまい受け容れてしまった自分に後悔していた。しかし身体の自由が利かずもう後戻りが出来なかった。手術台の上では沙羅の身体を人形の内臓にする作業が始まった。


 まず沙羅の下腹部の前後に管が挿入されてきた。その管は前は子宮や排尿管に挿入され、後ろは肛門から消化器に挿入された。このとき沙羅は激しい苦痛と変な快感に襲われていたが、手足を金具で固定されていたのでどうすることも出来なくなっていた。これは内臓の老廃物を人形の外に問題なく排出させるための措置で、人形本体の排出器官と直結させるものだった。そのうえ体内に得体の知れない管のようなものがどんどん挿入された。どうやらこれは人形によってコントロールできるようにするための接続装置のようだった。さらに頭部も目の部分にバイザーが被せられ耳と鼻がプロテクターのようなもので覆われ、口も管のようなものが挿入され、やがて沙羅は自分の声を失ってしまった。


 ついで沙羅の髪の毛がジェルのようなもので打ち固められ頭部にヘッドギアのようなものが被せられたうえ、目の前に水中眼鏡のような物がはめられた。するとその目の前に様々な情報が映し出されていた。すると作業していた一人が「なんでしたら、あなたがどの様な姿になっているのかお見せしましょうか?」というので、何のことだろうかと思ったがうなずいてしまった。すると目前に手術台にのる自分の裸体が映し出されていた。その頭部はすでにロボットのようになっていたが、身体の表面に得体の知れないゲル状のものが塗られていた。そのゲル状のものの色が赤色だったので沙羅の身体は人間ではなく人の形をした肉の塊のようだった。内臓そのものになっていた。ものすごく気持ちが悪かったが、この姿では沙羅ということは誰も認識しないだろう。


 その沙羅だった肉の塊のような上に隣に寝かされていた人形の部品が次々と運ばれてきて、はめられていった。まず手足の関節部分にはめられ、次いで手足を人形のようにした。そして胸にはラジエーターをかねたバストカップを載せられ、胴体も人形の部品を載せられた。このように首から下は人形そのものに変貌したが沙羅はこれほど厚着をしているのに暑さを感じていなかった。これは表面に塗られたゲル状のものが沙羅の汗や体温を吸収して外部に排出していた。排出された汗は腰にある穴から排出され熱は胸から放出されていた。「新陳代謝システム稼動、異常なし。これから一体化作業をはじめます。固着剤タンクを用意」といった。


 最後の仕上げとばかり、沙羅の身体と着ぐるみの隙間を埋めるかのように大量の固着剤が流し込まれた。この固着剤は沙羅の肉体と着ぐるみの表皮を一体化する役割があった。溶けたロウソクの様に熱いため沙羅は苦痛の感覚を受けていたが、悲鳴を上げることができなくなっていたため、頭を左右に振るのが精一杯だった。固着した事を確認した作業員は人形の表面を人肌のような全身タイツで身体を包み頭部に特徴的な笑顔を浮かべたマロンちゃんのパーツをはめて作業が終了した。この時被せた頭部にあるコントロールシステムが沙羅の意識の上書きをしてマロンちゃん312号として必要なコマンドを送り込み、人形と生身とのネットワークを構築した。こうして沙羅はマロンちゃん312号に生まれ変わった。


 作業員から演技部の従業員に引き渡されたマロンちゃん312号は次の舞台でパレードに参加させるため調整を始めた。「312号、排泄の必要があったら腰にある排出ポットに放出するように。帰ってから処理するから。それて必要な水分と栄養はここで補給するように、頭部の口の部分に補給口があるから」といって人形に向けて説明していた。彼女は生まれたばかりの人形娘だからしかたがないことだった。そしてイブニングドレスに着替えた312号ことマロンちゃんはパレードに出発した。


 この時、沙羅の意識は存在していたが、マロンちゃん312号人形に憑依した霊のようなものであった。必要に応じて会話をしているがそれは頭部のコントロールシステムが行っており、身体を動かすのもそれが行っていた。心身ともに人形に主導権を奪われていた。ただ沙羅の意識には外の遊園地の光景を認識しており、大勢のキャラクターとともに来園者に見られていた。「これが有名なパレードなの、綺麗だけどひょっとして他のキャラクターも私のように人形に改造された人間なの?」考えていた。実際この遊園地のキャラクターで生身の顔が見えていない役者の大半が人形に改造されていた。これも熟練した役者が不足したため、人形に洗脳することで確保していたのだ。


 その後、312号は人形達は戻っていったが、衣装を脱いで箱のような部屋に入り眠りに付いた。中の人を休息させるためであったが、人形が逃げ出さないための措置だった。人形姿に閉じ込められた契約労働者ばかりがここで寝ているようだ。しかし人形が逃げ出してもまともに世間は取り合わないだろう。なぜなら「中の人」などいないのだから。人形の中で「どうしてこんな人形になってしまったんだろう。これでは家に帰れないし遊びにいけない。ましては失業給付手続きも出来ないわ。こんな私であって私ではない姿はいやだよう」と沙羅は泣いていたが、その様子はマロンちゃんの笑顔に隠されて誰も気がづかなかった。あと29日辛抱しないといけないようだ。


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