違い 6 計人
俺の疑問に、美奈が呆れたように答える。
「だって、上流階級のマナーどころか、学校の明示された規則すら守れない子なのよ? そのままで生きていけるわけがないじゃない」
「……おぉ、そういえば金持ち校の頂点に君臨する二人だったな」
「そう。そのお相手ともなれば、家の看板を共に背負ってることになるわけ。一挙一動が注目されているし、学校卒業後は殆ど会うことはなくなったであろう今までとは違って、学校の生徒達と今後もお付き合いをしていかないといけない」
「それは……」
無理だろ。難しいってレベルじゃない。
「つまり、小百合さんを不幸にした、と怒り心頭の生徒達とそつなくこなし、海千山千の相手とも対等に威厳をもって接することが必要になるわけ」
「……」
「勿論、見ていて微笑ましい小百合さんと玲人さんの結婚は社交場で確定とされていたから、それを覆し破局させた者への好奇と憎悪も受け流して、ね」
いやいや絶対に無理だろ、そりゃ。出来るんならまず、学校全体が敵になってねぇって。
「だから、そのための教育は絶対に必要。ヒーローを好きなら、主人公の根性があれば乗り越えられるはず、と小百合さんは思ったわけ」
……性善説を体現してるんじゃなかろうか、という至れり尽くせりぶりだな。
だが、根性でどうにかなるレベルは超してるだろ。普通に一般社会でもKYって言われるレベルだぞ、そいつ。
「その際、自分がいるといたずらに場が混乱するだろうから、そこからは逃げることを許してほしい、と両親に願い出たの」
それって、こっちが逃げなきゃならねぇ話なのか?
「家族は勿論、家にいるまま社交の場に出なければいいから思いとどまるよう説得したんだけど、『身勝手に逃げ出すのも悪いことだと分かっているけれど今はどうしても立ち向かう心がもてない、どうか我が侭を許してほしい』と泣きながら頼まれて、最後にはおれた」
「『法的な絶縁状は作らない。対外的に離縁したとはするが、落ち着いたら必ず戻っておいで。いつでも待っているから』と、泣きながら抱きしめて送り出し、小百合さんも、必ず戻るし連絡もする、と離れていったのよ」
「それをヒーローはのうのうと見ていたのか?」
阿呆か?
「勿論、色々思いとどまらせようとしたわよ? それこそ、自分が勘当されて目の前から消えるから、とも」
ふるふると首を振って言う美奈。
「だけど、『皆の前に姿を現すのが辛いし、貴方を知らない場所に追いやるなんて嫌なの。もう少しして心が落ち着いたら、きっと貴方の幸せを見たくなる。その時に貴方の居場所が分からなかったら、私は幸せになれないの』と言われたら、ねぇ?」
うへぇ……。辛いな、これ。一番くる。何より、そんなことを言ってくる相手を自分には慰める資格がもうないって思い知らされるな。
「玲人さんはそこまでのことをしたせめてもの責任として、そうまでして選んだ主人公は守って幸せにする、という悲壮な決意を固めた訳ね」
「……その時点で、主人公に対する想いは残ってるのか?」
「……まぁ、主人公はヒーローに『小百合さん蹴落として』とか『小百合さんが不幸になればいい』とかそういうことを言った訳じゃないから。最初に面白い子だと好印象を持ったのも嘘じゃない訳だし。――それが恋とは限らないけど」
――前途多難だな。
「俺には続編で主人公とヒーローが喧嘩して、いじめっ子にヒーロー盗られる悲劇が浮かぶんだが」
「その後、知りたい?」
「いや、今はいい。……いつか聞くかも知んねーけどな」
「了解。いつでも聞いて」
俺は、こった体をほぐすように、うーん、と伸びをしながら、素朴な疑問を口にした。
「しっかし、そんな状態で何で『今世紀最大の泣けるピュアラブストーリー』なんて言われんだ? 少しの罪悪感もねーのかよ」
「うーん、だって、主人公は知らないし」
「は?」
「主人公は、ただ『小百合は実家と縁を切って外へ出て行くことにした』としか聞いていないの。だから、たとえいじめられても貴方への愛は変わらない、と健気な愛を見せていたら、いじめの元凶をヒーローが排除してくれた、というだけなのよ」
そりゃまた……
「すさまじーな」
「ね? 結構印象変わるでしょう?」
「そうだな、よーく分かった」
サンキュ、と言って話を終え、すっかり忘れられていたマドレーヌへと手を伸ばした。




