眼前のまな板
城の前のベンチで倒れた勇者は迎賓館の来客用寝室に運ばれ、手当てを受けています。
気がつくと、目の前が白かった。
明るさに目が慣れるとどうやら天蓋つきの大きなベッドに寝かされていることがわかった。
見知らぬ天井ならぬ天蓋。
頭上には赤と青そして水色の光る玉が浮遊している。
だれかに右手を握られている。すごくしっとりとあたたかく心地よい手触りがする。
さっきハンバーガーをたべていた娘がベッドの上に座って両手で僕の手を握っている。
玉座の横にいたときより体も胸も大きくなかった。まな板に戻っている。
無意識のうちに左手で自分のほっぺたをつねっていた。
いたひ・・・。
「さっきのは夢?」
思わず声を出してしまった。
女の子と目が合った。
「よかった!勇者様、無事に精霊の加護を受けられたのですね!」
僕の顔に女の子が抱きつき、僕の視界を白いドレスにつつまれたまな板が覆う。まな板は言いすぎだな。やわらかくていいにおいがする。低反発まくらだ。
まだ体の自由が利かず、されるがままにふがふがしていると、別の人の声が聞こえる。声の感じからするとさっき見かけた女性騎士のようだ。
「勇者様、お体は大丈夫でしょうか。姫さま、勇者様が困っていらっしゃいますよ。」
「ふぁい(はい)」
「いーやー!」
顔面の低反発まくらがいやいやと動くせいで声がうまく出ない。
「詳しいご説明は後からさせていただきますが、「預言書」に現れた新しい頁によれば勇者様の体をこちらの世界に満ちるエーテルといわれる魔力の源に順応させるため、姫様のもつ精霊を使い、加護の力を与えよとの事でした。姫様がその部分を誤解してご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。その・・・おてんばな姫さまご自身を食べさせても勇者様が食あたりをおこすのが関の山です!」
食あたりの件は聞き流すことにする。
「んふ、ふがふが、もがもが(ちなみに順応しないとどうなります?)」
いまだに女の子の胸が顔を覆っているのでしゃべりにくい。
どうやら照れ隠しで顔を上げられないようだ。
女性騎士はマニュアルのようなものを見ながら説明をしているのか、なにかをあわててめくっている音が聞こえる。
「ええっと、「預言書」の写しによりますとエーテルが消費されずに体内に蓄積し、毒となり死んでしまうそうです。今は姫さまの精霊が勇者様の体内にあるエーテルを吸い上げ魔力に変換し放出することで蓄積を防いでいる。との事です。」
「むほ(Oh!)」
「勇者様は大丈夫なの?マーガレット」
「そのため、勇者様には近いうちにご自身専用の精霊を持っていただく必要があるそうです。それまでの間は姫さまのおそばからあまり離れないようお願いします。姫さま、今の状態はくっつきすぎです。」
「むほほほむほむほ(了解しました)」
女の子は無言で抗議している!
頭上から、まにあった、よかった、ほんとにゆうしゃか?と子供っぽい声が聞こえる。
女の子が「正真正銘の勇者様ですわよ!」と抗議の声を上げる。
顔面から女の子をすこしずらして女性騎士に質問してみる。
「あの、ベッドの上のほうから子供の声が聞こえるんですが。」
「おそらく姫さまの持つ精霊の声です。今は3色の光の玉として姿を現しています。勇者様が眠っていらっしゃる間、姫さまが精霊から子供の声が聞こえると興奮されていたのですが、わたくしを含めほかの者には声は聞こえませんでした。勇者様に聞こえるのは加護の力の影響でしょうか?」
首をかしげる女性騎士。
「もしかして勇者様にも精霊の声が聞こえるのですか!私とおそろいですわ!」と女の子が喜ぶ。
女の子の言うおそろいとはペアルック的な能力のことでしょうか。
ふとあたりを見ると女性騎士のほかにいかにもメイドといった感じの女性がドア付近に控えていた。
よく訓練されているのか姫さまのご乱心にも眉1つ動かさずにびしっと立っている。
ガーターベルトに暗器を隠し持っていてもおかしくない雰囲気だ。
「騎士さんやほかの皆さんも精霊を持っているのですか?」
「この国の住民は生まれながらに精霊の分身を1つだけ宿していると古い言い伝えにあります。ただし見たり触れたりはできないので実のところよくわかっていませんでした。姫さまのように複数の精霊を宿し、顕現させるというのは聞いたことが無いと宮廷魔導士が話していました。」
女性騎士さんは説明を続ける。
「「預言書」に勇者様の召喚に関する新たな記述が現れるまではエーテルが毒になるとは知られておらず、魔力を研究していた宮廷魔導士の間では大変な騒ぎになっているそうです。精霊に関する研究もやりなおしになるとか。勇者様の命に関わることですので後ほど専門家である宮廷魔導士長から説明をさせます。」
僕がこちらに呼ばれることになってからいろいろあったようだ。
アンダーパスを抜けた後に人の気配が無かったのは、そういったごたごたがあって出払っていたのかもしれない。
まぁ、いまさら何が起きても驚かないぞ。
3色の球体にお礼の意味も含めて手を振ると赤以外は回転数があがった。よろこんでるのかな。
赤い玉からすごくにらまれてる気がする。さっきのゆうしゃじゃない発言は赤い玉なんだろうか。
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そういえば、自己紹介がまだだった。体の痺れが取れたのでベッドから体を起こし、顔面から女の子をはがしてとなりに座らせる。
改めてみるとかわいい。文句なしにかわいい。
ハンバーガー食べてたときは涙と鼻水がすごかったけど。
真っ白なドレスもいいけれど、水色のエプロンドレスも似合いそうだ。
さっきまでベッドの上を飛んでいた精霊が女の子に戻ったようで女の子の後ろに3色のオーラが見える。これも加護の力か。
「はじめまして。僕は益田衛登といいます。か、会社員です。」
はなみづまみれから一転してかわいくなった女の子に見つめられ、緊張してどうでもいいことまで言ってしまう。
「ゆ・・・勇者様、私はライスリッチフィールド国の王女、シルフィール・サファイヤと申します。さっきはごめんなさい・・・ところで勇者様、カイシャインってなんですの?」
「会社員とは職業のひとつです」
答えになってないな・・・。
「勇者様のごしょしょぎょーは勇者様じゃないんですの?」
姫さまかみました!あえてつっこまないのが紳士!
「会社員というのは自分のいた世界での職業です。」
世界というキーワードにシルフィール姫の表情がまた輝く。なにかとっかかりをみつけたという感じで。
「勇者様の世界のこと、今日のお夕食の席でゆっくりきかせてくださいませ。」
さて、どこから話したものか。道路が陥没しはじめたあたりかな。
今思えばあれも引き金になっている気がする。
などと考えながら見詰め合う二人だけの世界。女性騎士は自分も名乗りたいのか必死にアイコンタクトを送ってくる。
姫さまがフォローする。
「彼女は城の警備主任でマーガレットというの。」
「マーガレット・スターレットと申します。姫様の護衛とお世話をさせていたいだいております。先ほどは姫さまがご迷惑をおかけして大変失礼いたしました。以後お見知りおきを、勇者様。」
なにか大事なことを忘れている気がする。
あ、車をお城の前に置きっぱなしだ。
どこかに停めさせてもらえればいいなー。
そこに息を切らせて兵士らしき人物が走りこんできた。
「失礼します!大変です!勇者様の乗り物が暴走しています!」
外から甲高いエキゾーストサウンドが聞こえどんどん近づいてくる。
どうする!勇者!
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気絶した勇者が目覚めたちょうどそのころ、勇者の乗ってきた車には厳重な警備が付き、魔導士による調査が行われていた。
最初は見るだけのつもりが、車体にうっかり魔力を流してしまったばかりに更なる悲劇?が訪れるとは誰にも予想できなかった。
次回:走れ!勇者暴走特急!(仮)
災難続きの勇者にさらなる試練が!




