境界の地で板前になる勇者
「この窓はタングラートの街並みが見えるだけですので…」
高層建築物の窓と言えば異世界に通じていると信じている日の出荘のみなさんに安全だとアピールするのを忘れずに。
ジャグジーの窓はそのまま外界に接している。
亜空間にどうやって窓を接合しているのか非常に謎なのですがそれを言うと「おおえだちゃんのおうち」出入口の原理も解き明かす必要が出てくるので。
男女別となった更衣室で水着に着替え、シャワーで体を洗ってからジャグジーへと飛び込むみなさん。
よっぱらいは居ないので全員入浴ということになり、広いはずのお風呂も若干混雑を。
微細な泡が浴槽内にジェット噴射され、内部は七色に光り輝く。
これでお酒の入ったクーラーボックスでもあれば完全パリピ仕様となるのだが、残念ながらお酒はカットさせてもらうことに。
その代わり、新たに生やした自販機で各自ジュースを購入、お湯につかりながらちびちびと飲んでいる。
ちなみに日の出荘の監視も同時進行中。
透明な壁の一部をモニタに切り替え、監視カメラの映像を流しているのだ。
今のところサブロニア、ファンタジー側とも特に変わった様子は無い。
サブロニアの代表からも特にこれといって緊急案件は流れてこないが日中のあいさつ程度は交わしている。
メッセンジャーの仲間が一人増えた感じで早速姫さま主催のグループチャットに放り込まれた様子。
ちなみに僕には参加権は無い。
通信内容は双子が言うには極秘らしいので。
一応大人の方、オパール王妃もチャットに参加しているというので多分問題は無いと思うのですが…一体何の話をしているのやら。
あまり長湯をするとのぼせそうなので早めに上がることに。
---
「おじゃまします」
「小僧、あの刺身というのはここでも食べられるのか?」
「そうですね…ちょっと自販機を調べてみますけれど」
さすがに刺身の自販機は…。
まぁ、何でもありの境界の地なのでちょっとだけ期待をしておくことに。
いつものように十六夜さんのおぱんてぃらに話しかけてから外に出ると、既に温泉ホテルへと移動を開始していたみなさん。
あちらのコース料理を頼めばお刺身が出てきそうだけど、今から食べるかと言われるとちょっと微妙なんですよね。
コースは日を改めることにして、境界の地のバックヤードにアクセスし、目的のブツがあるか確認を。
「あ、ありましたね!刺身の自販機…というかやっぱり何でもありだよな…」
刺身だけでは足りない。わさびの自販機も生やすことに。
醤油は以前、焼きおにぎりを作った際に生やしているのでそちらを使うことに。
しかしここはいったい何処を目指しているのだろうか…。
---
「刺身の盛り合わせと日本酒になります」
十六夜さんと無月さんにお刺身と日本酒を提供する僕。
白米が欲しいところだが、あくまでお刺身メインなので今日はそのまま。
「わさびは様子を見て適量お願いしますね」
「この緑色のペーストがわさびというのか…ふむ。この鼻の奥にツンとくる香りが独特な…」
「つけすぎると大変なので本当に少量で大丈夫ですよ」
僕はわさびを醤油に溶かす派という異端なのだが、十六夜さん達にはお刺身にごく少量のわさびをのせ、醤油を軽くつけてもらって味わってもらうことにした。
「んん!これは!」
「お酒によく合いますわ…」
お二人とも脂ののった刺身を味わい、日本酒でリセットをするというのを繰り返す。
お酒の消費が半端ない。
一升瓶に入った冷酒がどんどん減っていくのだ。
二人とも大丈夫か?
「わさびはもっと多くても良さそうだ。この鼻に抜ける辛さがなんとも言えぬ」
見た目少女のお二人が酒豪のごとく浴びるようにしてお酒を。
お刺身も最初に出した分はとっくに食べきり、自販機から出しては盛り付けるという作業を繰り返す僕。
何と言うか食の方面で変なスキルが開花しているようで、お刺身をこんなに上手に切れるとは自分でもびっくりである。
板前サブローとでも名乗ろうかな…いつ使う称号か謎ですけれど。
『勇者さま、本日は洞窟温泉にしましたのでご連絡を』
「はい、後で合流します」
今日はお風呂に入っている時間取れそうもないんですけれど…。
「サブロー、何してるにゃ?」
振り返るとシロさんの姿が。
「十六夜さん達からお刺身のリクエストがありまして」
「ここでも食べられるにゃ!」
「ええ、自販機がちょうど良い感じでありまして」
じゅるりという音が。
お客さん一人追加ですよええ。
---
「サブロー!この「最大往生」ってお酒追加で!」
しかし危なっかしいネーミングだよな。大魔王とかそんなお酒があった気がするけれど。
どう見てもふぐ刺しに合いそうなお酒をぐびぐびとあおるシロさん。
さすがにふぐ刺しの自販機は無かった。
まぁ、免許とか五月蠅そうですし。
「わしらもそれをもらうとしよう」
一升瓶の自販機は初めてみた気がする。
ワインセラーみたいな作りの冷蔵庫を開けて、ロックを外して瓶を抜くしくみになっている。
一人板前をやっていると姫さま達が戻ってきた。
今日はお風呂短めなんですね。
「益田がまた妙な事を…」
今日は社長もお見えのようで。
「ますだっち!何してるの?それもしかしてお刺身?」
ああ、のんべい二人に見つかってしまった。




