ビールを持参するオパール王妃と勇者
「自販機と言えば今日の分のお酒欲しいにゃ」
「シロさん、今日はあきらめてください。時間遅いですし」
「もうビールの口になってるにゃ」
校長がシロさんを見る目つきが変わった。
「シロマリアさん、あなた…」
「校長先生ごめんなさいにゃ。高校時代、ずっと「猫」かぶってたにゃ」
「生徒の本性を見抜けなかったなんて…それにその耳、しっぽ。本物?」
「そうにゃ!」
僕も2年間ずっと騙されというのは言葉が悪いが、良いところのお姫さまだと本当に信じてましたからね。
「益田、それよりもこの自販機は」
「こっちで数千年ほど前に栄えていたと思われる古代遺跡を発掘しまして、その力を使って」
「益田、他にも何か作っていたりするのか?」
「はい。良かれと思っていろいろと」
一番のやらかしは例の一番星のアレだろう。
全長70mのロボを所有しているなどとどう説明したらよいやら。
大海原を渡る民の話をするとさらに混乱を招く恐れがある。
時間のある時に説明したほうが良いだろう。
「先ほどビールと聞こえた気がしたが」
「アルコールの自販機もあるのですがのんべえを量産しないようとある方の管理下に」
シロさんと精霊女王、ユークレスさんがあぶないからな。あと国王さま。
「エイト様、お客様がお見えと聞き…」
その管理者が姿を現した。
「オパール王妃、起きていて大丈夫なのですか?」
「先ほどまで公務を。まだ起きている時間ですので」
本当にいつ寝ているんだろうか。
オパール王妃の後ろには隠密メイドさん達が数名。
何か持ってますけど。
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ということで食堂へとやってきた僕達。
「ビールにゃ!」
王妃はシロさんの為にビールを運んできたという。
それにしてもどんな国家機密を話したのだろうか。ここまでの待遇をされるとは。
「校長先生は何か飲まれますか?」
「体が衰えてからはアルコールを断っているのでな…」
しかし校長先生の視線はビールやお酒に釘付けとなっている。
「今の校長先生の体は魔素という粒子で形作られた仮初のものです。飲食に関して実際の肉体には影響しない事を確認していますので」
こちらでどれだけ飲み食いしても本体には影響しない。
あえていうならこちらで満腹まで食べると戻った際に極度の空腹感に悩まされるという点があるが。
おつまみは先程自販機でいろいろと買ってある。
フライドポテト、ハッシュドポテト、ポテトチップス…イモばっかりだな。
ビーフジャーキーも山盛りにしてあるのでバランスは取れているだろう。
それにしても誰だこんなにイモを仕入れてきたのは。
隠密メイドさん達も席に着き、おつまみを齧っている。
彼女達はオパール王妃の護衛中なので飲酒厳禁なのだが、その代わりにソフトドリンクを。
「こちらは山本校長先生、高校時代にお世話になった方です」
「ライスリッチフィールド王妃、オパールと申します。エイト様にはいろいろと助けられております」
校長はビールを飲むのをやめ、席を立つとオパール王妃に深々と頭を下げた。
「S県立〇×高校、校長の山本と申します。知らぬこととはいえ大変ご無礼を」
「ここではただのオパールです。どうか頭を上げてください」
普通国家の要がひょこひょこ遊びに来るとは思わないよね。
これは後から僕が怒られるのだろうか。校長から。
そういえば校長のスマホに双子が作ったアプリインストールしたっけな?
多分お風呂に入っている間に終わっていると思いたい。いつもの事なので。
アプリの説明は薫先生に丸投げで良いだろうか?
そういえば今日の滞在時間、割と長めな気がする。
こちらに来られる人が増えると何か実績解除されるのかもしれない。
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深夜午前3時過ぎ。
地球のとある民家で起き出す影が一つ。
頭部に装着されたヘルメットを脱ぐと実年齢よりもかなり若い人物が顔を覗かせる。
「夢…では無かったか?」
山本は部屋の明かりをつけ、ヘルメットをサイドテーブルに載せる。
「ん?スマホにメッセージ?こんな時間に…」
一瞬震えた端末を手に取ると、それは益田からの物だった。
『益田です。校長先生のスマホですが、おそらく数種類のアプリが新たにインストールされていると思われます。使い方は薫先生に尋ねてください』
世界を跨ぎ届いたメッセージに山本は目を丸くする。
「益田、こんなことまで…」
異世界で見た自販機やゲーム機にも驚いたが、通信手段まで整備していたとは。
「気が動転して気付かなかったが、異世界人、いや地球外生命体とのコンタクトに成功したということか!」
そんな荒唐無稽な話をしても誰も信じないだろう。
メッセージと共に送られて来たのは益田とシロマリアが一緒に写った写真。
シロマリアの留学がフェイクだったというのも驚いたが、あちらの世界の住人ということが判明し、余計に混乱をしている。
「建国に獅子の精霊が関わっているから猫耳としっぽを身につけなければならないという話も…」
アトーリアという国ぐるみでのお芝居に日本は乗せられていたということか。
何年越しかで判明した驚愕の事実に頭を抱える山本。
「まさかあの耳としっぽが本物だったなんて」
もう一度寝直そうとしたがなかなか寝付けず、朝までそのまま過ごした山本。
朝一番で薫を捕まえ、詳細を聞こうと早くから出勤の準備をするのであった。




